第9話 食生活
里美は古府中に戻り晴信へ報告をしました。1556年、四郎は10歳になっています。晴信は自分が10歳の頃何を考え何を成し遂げようとしていただろうかと振り返りました。我が息子ながら末恐ろしい才能です。里美の見た物は頭がおかしくなったのかと疑いを持つ程奇天烈な話ばかりです。すぐにでも諏訪へ向かいたいところですが、各地で戦の火種が発生しており諏訪に向かう事ができません。
晴信は里美に
「暫く諏訪に住んでくれ。四郎を頼む」
と言って出掛けて行きました。この年は川中島の第2次と呼ばれている200日仲良くお見合いしてました!と後世に伝わっている戦いの翌年にあたります。水面下であっちもこっちも調略や小戦が起きており、晴信の気の休まる暇はありません。と、言いながら古府中にはお妾さんが多数いて、時間があれば子作りに励んでおります。
里美はその人脈を使って四郎を補助する事に決めました。この際だからと、完全に諏訪に引っ越したのです。
諏訪では里美を歓迎しました。元々里美は信濃の人間です。南信濃では女武者里美の名は有名でした。里美はその人脈を使って四郎の求めるがまま、資材や人の調達に力を入れました。
1557年、第三次川中島の戦いで武田家が忙しい中、四郎勝頼は軍師と会っていました。面会場所は諏訪神社、月一回のミーチングと言うのだそうです。
「勝頼。約束の米の作り方だ。信濃は水がいいし、朝晩の寒暖も激しいからいい米が取れるはずだ。山本勘助に言って越後から稲穂を仕入れてもらえ」
「本当に飢饉が起きるのですか?」
「再来年、その翌年と関東を未曾有の飢饉が襲う。夏は雨が降らず田畑が干上がり、秋には大型台風が何度も遅い川は氾濫し実った食物を流してしまう。備蓄でなんとか堪えても翌年も作物が取れず、強奪が始まるのだ。武田家は領民含め統率が取れているから皆我慢するが、上杉や北条は大変だったそうだ。まあ、彼女の知識なんだが」
「彼女さんにも会ってみたいのですが?」
「横にいるんだけどな。どうも勝頼と話をしている間は時が止まっているみたいなんだ。動けるのはこちらの世界では俺だけみたいだ。で、やる事はわかってるな?それと豚は見つかったか?」
豚。この時代は肉といえばイノシシでした。たまに鹿もですが。勝頼はソーセージの作り方を軍師に教わって密かに工場で生産をしています。そう、戦の時の保存食です。ただ、狩をして獲るのには限界があります。軍師は豚の畜産を勝頼に勧めているのです。
この時代に豚?豚の歴史は古く、元々は中国から渡ってきたと言われています。その名を弥生豚。弥生時代からいたと書物には記されています。ただ、食糧用に繁殖させてはおらず野生のものしかいませんでした。
「イノシシに似て鼻が違って丸っこい奴ですよね。諏訪というか高遠の山で何匹か捕まえました。その、畜産とやらを始めています」
「それでいい。豚肉は栄養もあるし、すぐに増えるから狩をするより効率的だ。ただ、狩もしないとイノシシが増えすぎるからそれは怠らないように。なんにしても備蓄だ。それと、武器の方だが………」
軍師から与えられる情報は有意義で価値のあるものばかりでした。ただ、それをこの戦国で実現できるかは勝頼にかかっています。
ある夜のこと、勝頼は里美と食事をしていました。新メニューを食べた里美の反応が見たかったのです。
「勝頼殿。こ、これは何という食べ物なのですか?箸が止まらなくなります。このような物を食するのは初めてです」
「はい。これは豚の生姜焼きと申しまして………」
大好評でした。翌日の昼食にはまたまた見たことのない物が食卓に。
「四郎殿、いや勝頼殿。これはどう食すれば?」
「そのままガブッといっちゃって下さいませ」
軍師の言っていた通りに説明したが意味が伝わらないようです。ですので勝頼が見本を見せてかぶりつきました。そう、これはパンです。信濃は米よりも蕎麦や小麦の栽培に向いています。軍師は場所を選べば美味しい米が取れると言っていてそれは実験中ですが、今日はパンです。小麦を使って天然酵母を利用して柔らかく焼き上げた、恐らく日本で初めての本格的なパンです。
小麦を食べる習慣は古くからありましたが美味しいものではありません。今回はパンに蜂蜜をかけてあり、この上なく美味なものとなっています。
「美味しゅうございます。これも工場でですか?」
「はい。里美様が私の要求に応えて色々と用意してくださるので捗っております。この食事はそのお礼でございます」
「これはそのままお屋形様へお伝えしてよろしいですか?」
「もちろんでございます。お屋形様に隠すことは何一つありませんので」
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