第4話 御神渡り

 三雄は凍っている諏訪湖上に来ています。狙いはワカサギ釣り、せっかく冬の諏訪湖に来たのだから楽しまないとなという前向きな発想なのですがまあ寒いこと寒いこと、で1人で湖の上にいます。相方の恵子は、温泉でまったりしています。このくそ寒いのに氷の上に行くなんて信じられないと、付き合ってくれなかったのです。歴史学者たるもの、風流を味合わないでどうすると詰め寄るも、そんなの関係ねえ、と軽くあしらわれてしまいました。


「全く女ってやつはこういう楽しみがわかんないだから」


 それは女性に失礼であります。アウトドアが好きな女性も多いのです、ただ自分の彼女が違うというだけなのに。さてさて、氷に穴を開けて糸を垂らします。じっとしていると無茶苦茶寒い。これは恵子さん正解だわ、とふと正面を見ると氷が隆起していっています。


「なんだあ!?」


 なぜか突然部分的な御神渡りが発生しました、科学的には湖の氷が割れて盛り上がる現象なのですが三雄の開けたワカサギ釣り用の穴に隆起が直撃し、驚いた拍子に片足が湖に落ちてしまいました。


「冷てえーーーーー!」


 慌てて片足を抜き避難します。釣りを諦めて宿に帰り温泉であったまりますがすっかり身体が冷えてしまい、その晩高熱にうなされる事になってしまいました。


「もう、何しに旅行に来たのよ。なんで温泉旅館にきて看病しなきゃならないの。プンプン」


 なぜかご機嫌斜めではなく良さそうな恵子さんでした。間抜けな三雄がおかしくて怒りはどっかへ行ってしまっているようです。その晩、三雄はうなされながら不思議な夢を見ました。


『起きろ。我が名は諏訪頼重。お主のご先祖様じゃ』


『起きろ、起きろと言っておるのに』


『おーい、起きてっちょ』


『起きろ、起きないかこのたわけが』


『いいから、もうお願いだから、お、き、て』


『てめえ、起きねえとはっ倒すぞ』


 なんかうるさい。誰だって?諏訪なんとかって、はい。おいらも諏訪です。なんちゃって。


『やっと起きたか。わしの名を覚えておけ。後で調べればわかるじゃろう。諏訪頼重じゃ。わしの娘、可愛い可愛い娘が武田晴信へ嫁いだのじゃ』


『ああ、晴信って信玄公のことね。てことはなんだっけ、諏訪の姫』


『それじゃ。もうすぐその姫が死んでしまうのだ。そしてわしの孫が残される』


『その孫も確か織田に殺される、あれ、自害だったかな?』


『それを変えるのだ。我が子孫よ、お主と孫の間には赤い糸が繋がっている。では、頼んだぞ』


『赤い糸って男同士なんですけど。て、おい、それだけかよ』



 三雄は唸り声を上げています。ものすごい汗が額を流れていきます。恵子は氷で三雄のおでこを冷やしながら汗を拭いています。全く何しに旅行にきたんだかと嘆きながらです。高校からの腐れ縁でお互いに結婚願望がないから都合のいい関係で続いている、不思議にお互いに気を使わず一緒にいて飽きない、落ち着く、まあ大事な彼氏です。


『諏訪の姫』


 寝言だ。あーらやだ、私のことを姫だなんて。もうアラフォー、いやまだ30代、若い者には負けはせんぞー。って温泉であったJKの水の弾き具合にショックを受けたのも忘れて喜んでいます。


 しかし、この時期に御神渡りとは。しかも三雄の周りだけを狙ったように。なんか持ってるよね、こいつ。


 そもそも御神渡りが起きる時期にはまだ早い。偶然なのか、それこそタケミナカタに狙われたのか、


 なんてね。


 翌日すっかり熱が下がった三雄は変な事を言い出した。


「俺は武田勝頼を殺させない、どうすればいい?教えてくれ、恵子?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る