第3話 諏訪三雄

 諏訪三雄37歳。静岡県島田市に住んでます。家の近くを流れるのは越すに越されぬで有名な大井川、近くには諏訪原城跡があり、川を下ると小山城があります。この近辺はその昔、今川、武田、徳川と国取り合戦をした地域で城跡が多いのです。現在残っている地名にも当時の武将や庄屋、村長の名前が多く残っています。


 例えば、藤枝や焼津にある朝比奈、岡部という町名は今川家の武将の姓ですし、善左衛門や与左衛門という町名は当時の村長か庄屋だったと思われます。三雄も一時期、善左衛門のアパートに住んでいた事があり、友人に年賀状を出したら住所を見て笑われた事があります。実在するんだからしょうがないのに。もっとご先祖様に敬意を、って俺のご先祖様じゃないけど。


 ご先祖様といえば、諏訪という姓からわかるようにこの三雄くんは諏訪家の流れの家系らしいのですが、父親はいい加減でそういった事に興味がなく、姓なんて親からもらっただけで別にただの呼び名じゃん、とルーツがわかりません。


 仕方がないのでそこそこ詳しそうな叔父さんに聞いたら大昔は直系で諏訪に住んでいたらしいのですが、江戸時代に静岡へ流れてきたと言っていました。まあ、そんなところでしょう。



 三雄も諏訪という姓が学校には自分1人しかいないので珍しいとは思っていましたが、さほど興味がありませんでした。ところが、高校時代に初めてできた彼女が歴史好きでして、どうやら三雄本人よりも諏訪という姓が好きみたいで根掘り葉掘り聞かれる物だから一応は調べて歴史の知識が少しできました。


 彼女の名前は大石恵子といいます。このあたりには大石という姓がむちゃくちゃ多いのですが、そのいわれはこの話には関係ありませんのではしょります。それはともかくこの歴史好きな彼女のお陰で詳しくなった事が役立つのだから感謝しかありません。


 三雄は高校を卒業して約20年、未だに独身であります。大石恵子は大学で静岡の歴史を教えています。大学卒業後、学校に残って教授を目指しているというちょっと普通の人とは違う道を進んでいます。三雄とは腐れ縁がなかなか切れずお互いに独身です。一応付き合ってるようないないような状態で、合えばエッチな事をいたしますが、お互いに結婚は考えていません。


 で、今回は休みの日に長野県へ一泊旅行に行く事になりました。恵子の息抜き兼旧所巡りツアーです。静岡からだとルートは山梨県を通る道が便利です。国道52号線から甲州街道に入り、今日の目的地は三雄の姓と同じ諏訪の温泉です。


「温泉行く前に諏訪大社ね」


「あいよ。前に見たけど諏訪大社っていっぱいあるんでしょ?」


「よくぞ聞いてくれました。諏訪大社には上社と下社があるのです」


「なんで別れてるの?」


「祀ってある神様が違うのよ。下社が八坂刀売神ヤサカノトメで上社が建御名方神タケミナカタよ」


「タケミナカタって聞いた事がある。ヤマタノオロチをやっつけた人だっけ?」


「ちがーーーう!それはスサノオでしょ」


 一般的な市民の知識はこんなものです。さて、ご一行は諏訪湖畔に到着。まずは上社から廻ることになりました。


「恵子、御神渡りって有名じゃん。あれって本当に神様が湖を渡るの?」


「あなたは、神を~、信じますか?  って神様なんかいるわけないでしょ!気候の関係で湖に張った氷が割れるのよ。昔は呪術が流行ったの。今みたいにSNSがあるわけでもない、情報は各地域で孤立していたわ。その中で力を得たのが呪術師であり、占い師なの。卑弥呼なんかその典型よね。諏訪は古事記や日本書記にも名前が出てくる由緒正しい地域なの。多分タケミナカタが流れついてそれを記録に残したのね。当時の神様って呪術師か占い師、力が強い人か何か当時の一般市民から見て秀でていた人のことなのよ。で、その人が死んで祀られて。御神渡りは、タケミナカタがヤサカノトメに会いに行く為に氷を渡るっていう伝説みたいな話ね。でも神様ならそんな事しなくても会えるでしょ。まあ、物語を楽しみましょう」


 ふーん。歴史学者って現実的だな。もっと夢がないとつまらないと思うんだけど。

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