緑のたぬきの天ぷら強奪事件
タカテン
てんぷらをたぬきに盗まれちゃった美少女
「うえーん。たぬきに私のてんぷらを盗まれちゃったよぅ」
放課後。
部室でまったりしていたら、泣きべそをかいて先輩が入って来た。
なお左手にはカップめんの『緑のたぬき』、右手にはお箸。そして今まさにそのお箸でカップの中から蕎麦を掬い上げ、花の蕾のような口へと運び込む。
「って、ここまでカップめんを食べながら来たんですか!?」
「そだよ」
「何で!?」
「だって売店でお湯を入れてもらっちゃったし、外の部室棟まで遠し、のびちゃうし、なによりお腹空いてたし」
長男だったら我慢できたかもしれないけれど次女だから我慢できなかったんだよーと、満面のてへへ笑いをかましてくる先輩。
くそう、可愛いな! でも菓子パンとかならともかくカップめんを歩きながら食べるとか、可愛いのにポンコツが過ぎる!!
「それで、たぬきにてんぷらを盗まれたというのは?」
「そう! 私ね、緑のたぬきのてんぷらは最初に半分食べることにしてるんだよ。サクサクのうちにね。で、残りの半分は形を崩してお汁に溶かすの。ところがその一口目を食べようと箸で持ち上げたところを、あいつが、あの緑の悪魔がぱくーって咥えて行ったんだよー!」
「緑の悪魔って、別にたぬきって緑色はしてませんよね?」
「そこは言葉のあやだよぅ。ねぇ、お願いだから取り返しておくれよぅ」
取り返したところで野生動物に咥えられた物なんてもう食べられないと思うんだけど。
ただ、断っても先輩が素直に諦めるとは到底思えなかった。ポンコツ美少女な上に、既に皆さんも気付かれておられるであろうが先輩はとても食い意地が張っているのだ!
「分かりました。とりあえずたぬきを探しましょう」
「やった! あ、私も一緒に探すからちょっと待ってて」
そう言ってカップの汁を一気に飲み干し、ほぅと息をつく先輩。
頬がかすかに紅潮し、目をにこーと細め、幸せそうににかーと口を開く。
うん、その笑顔を見れただけでもひと頑張りする価値はあるってもんだ。
たぬきはすぐに見つかった。
「すみません。ちょっと目を離した隙に逃げ出しちゃって」
飼育部の子が頭を下げる。
「この子が盗っちゃったてんぷら、弁償します」
「いやいや、いいよぅ。代わりにモフモフしていい?」
わきわきと先輩が両手をにぎにぎした。さっきまでの「絶対てんぷらを取り返すぞー!」という意気込みはどこに行ってしまったのだろう?
だけどそれも仕方ないよな。こんな光景を見せつけられたら。
「親たぬきの背中をさすってあげてください。くれぐれも子供に触れちゃダメですよ」
親たぬき二匹に挟まるような形で、小さな子たぬきがもぐもぐとてんぷらを咀嚼していた。
飼育部もしっかり餌をあげているはずだ。だけど子供がもっともっと食べたいとねだるのは、人間も狸も変わらない。そしてそんな子供に何か食べ物をあげたいと思うのも、やっぱり同じなのだ。
「うわーい、もふもふー。あ、そだ、クッキー食べるかなぁ」
先輩がポケットから取り出したクッキーを子たぬきが興味深そうにくんくんと鼻で嗅ぎ、ぱくっとひと噛み。
美味しかったのだろう。きゅんきゅんと鳴く。
「かわいー。よしよし、お姉ちゃんがもっと食べさせてあげるから早く大きくなろうねぇ」
そう言ってクッキーをあげながら、ふと先輩が物欲しそうな顔をして僕を見上げた。
はいはい分かってますよと小さく開いたその口へ、食いしん坊な先輩がいつお腹を減らしても大丈夫なよう常に持っているチョコを一粒放り込む。
「きゅーん!」
嬉しそうに鳴き声をあげる先輩。先輩それズルい。そんな声を出されたら、こっちも思わずキュンですよ!
かくして『緑のたぬきてんぷら強奪事件は、子たぬき・先輩・僕のキュンキュンにて無事解決した。
しかし安心してはいけない。
先輩はいつだってお腹を空かしているし、ポンコツなのだ!
「うえーん。今度はきつねに私のおあげを盗られちゃったー」
今度は『赤いきつね』を片手に泣きながら部室へやってくる先輩。
ほらね。
(おしまい)
緑のたぬきの天ぷら強奪事件 タカテン @takaten
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。緑のたぬきの天ぷら強奪事件の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます