第4話 夢幻の君

「大賞に選ばれたご感想は?」


 絵画コンクールの授賞式にて司会者が声を弾ませて女性に話を聞いていた。30代ぐらいの女性が落ち着いた様子でインタビューに答えている。


「とても嬉しいです。故郷で私の絵が評価されるなんて思ってもみませんでした」

「ご謙遜を。いつ頃から絵をお描きになられてるんですか?」


 女性は遠い目をして少しの間の後答えた。


「物心ついた時からですね。本格的に描き始めたのは確か中学生の時でした。両親と衝突して私は反抗期で……。絵画道具を捨てられたりしたんですから!学校を抜け出して絵を描いていたりしましたね」


 女性のやんちゃな一面に会場から笑みがこぼれた。


「中学生の時に○○絵画コンクールで佳作を取っていますね。さすがその頃から才能がおありで。美術大学を卒業されていますしね」


 女性はくすっと笑った。男性があまりにも自分の人生を綺麗なもののように語るから可笑しく思ったのだ。


「そんなに輝かしいもんじゃないですよ。2度浪人にしていますし、バイト三昧でしたし……在学中にこれと言った結果は残せていませんがいい経験でした。それでも私は働きながら今日まで絵を描き続けています」


「それにしても見事ですよね。この庄内川と……少年でしょうか」


 立派な額縁に飾られた油絵は夕焼けに染まる庄内川が描かれている。その中に奇抜な装いをした少年が立っている。現代の風景の中に着物を身に付け髷を結った少年がいるという不思議な絵だった。


「この絵とタイトルを見た時にピンっときたんですけど、もしかして若かりし日の織田信長を描いたんじゃないんですか?名古屋と言えば信長、秀吉、家康の三英傑の出身地ですしね」


 興奮したような男性のコメントに女性は困ったように笑った。


「ご想像にお任せします」

「信長だとしても甲冑姿でもなく、冷酷無慈悲な戦国武将ではない姿が珍しいですね。何故少年の姿なんです?」


 女性は暫く考え込むような素振りをみせるとにやりと笑って答えた。


「私が子供の時に出会ったのが少年の姿の織田信長公だったからですよ」


 会場が一瞬ざわめいたがすぐに女性は「冗談ですよ」と言うと遅れて笑いが巻き起こる。


「いやあ歴史のロマンも感じさせる作品。素晴らしいですね!こちらの作品は期間限定で名古屋城の特設ブースにて展示させて頂きます。……これで授賞式を閉幕いたします。本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございました」



 賞状と花束を手に女性は庄内川を歩く。


「今授賞式終わったから帰るわ。実家に寄って、明日の夕方には東京に着くと思う。うん。ちゃんとあかりの面倒見ててよ。なんかあったら電話して。じゃあね」


 女性は電話を切ると改めて夕焼けに染まる美しい庄内川を見つめる。川沿いを走る人や子供達の声が遠くに聞こえた。


(本当にこの世は夢幻ゆめまぼろしごとくだったよ。すぐに私は年を取ってしまった。でもだからこそ自分がやりたいことをやる。これからも)


 女性は心の中で呟いた。すると突然強い風が女性の側をどうっと通り過ぎって行った。女性は懐かしい感覚に囚われる。


「え?」


 川の中で楽しそうに遊ぶあの絵に描いた少年と、他の少年達が見えたからだ。

 思わず女性は口元を手で覆う。少年に向かって足を踏み出そうとして止めた。


 庄内川で過ごした日々の映像が自然と頭の中に浮かんでくる。


 絵を描き続けるために2人で作戦を立てたこと。雨の中で決意表明したこと。自分の好きなことを好きだと言えるようになったことを。


(賢く立ち回ろうとしても結局子供の頃の私に戻ってきてしまうのよね)


 もうずっと前のことだ。あの時のように気楽に話せる仲ではないと女性は悟った。

 

 再び強い風が吹いてすぐに静かな現代の庄内川へと景色は変わってしまう。


 女性はため息を吐くと庄内川を背に呟いた。


「ありがとう。三郎」


 名古屋城の特設ブースに女性が描いたあの少年と庄内川の絵が飾られている。

 その絵のタイトルは……『夢幻ゆめまぼろしきみ』。

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夢幻の君 ねむるこ @kei87puow

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