翌日の昼下がり、フランクおじいさんの最後の公演の幕が上がりました。

 おじいさんが最初のあいさつで、これが最後の公演ですと宣言すると、子どもたちの間にざわめきが起こりました。そして噂を聞いてたくさんの子どもたちが集まってきました。その中には、大人の姿も混じっていました。みんな、おじいさんの人形劇を見て育った大人たちなのでしょう。


 劇はいつものように進みました。若者のヨゼフと娘のアンナはいつものように恋人同士です。おひげの紳士のワゴットは、アンナのお父さんの町長の役でした。騎士のピピンは通りすがりの熱血漢。ピエロのジベールはやっぱりピエロです。

 みんな一生懸命にやりました。走ったり転んだり、歌ったり踊ったり。だって、これが最後の公演なのですから。残っている力のぜんぶを出し切ろうと努めました。



 劇の中のヨゼフとアンナの恋は、いつものように悲しいもので終わろうとしていました。アンナのお父さんで町長のワゴットは、二人の仲をどうしても許してくれません。それを見かねたピエロのジベールが、通りすがりの熱血漢のピピンにひと芝居を打つことを持ちかけます。

 ピピンに悪漢に扮してアンナを連れ去ろうとしてもらい、自分がヨゼフをその場に誘い出して、それを食い止めさせるように仕向けるのです。お父さんのワゴットも、勇敢なヨゼフの姿を見ればきっと、彼のことを見直し、二人の恋を許してくれるでしょうと。


 しかし計画はうまく行きませんでした。悪漢に扮したピピンがアンナを連れ去ろうとすると、ヨゼフが動くよりも早く、お父さんのワゴットが飛びかかってしまったのです。それに悪いことに、ピピンが持っていたサーベルの先がお腹に当たり、ワゴットは大怪我をしてしまったのでした。


 知らなかったこととはいえ、自分たちのためにお父さんに大怪我をさせてしまったアンナは、とてもとても後悔しました。それでこれからは、お父さんの看護のために毎日を過ごそうと、ヨゼフとの恋を諦めることにしたのです。

 ヨゼフは打ちひしがれて、気持ちの沈んだ日々を送っていましたが、やがてピピンに誘われ、王国の騎士となるために村から旅立つこととなりました。


「さようなら。僕の愛する村。僕のふるさと。僕の愛した山々。仔羊たち。小鳥たち。さようなら。さようなら。僕の愛する人。」

 そう言って、ヨゼフが去り、劇は終わるはずでした。ところが、その日はなぜかさらに続きがありました。


 まずお腹を押さえて痛がっていたワゴットが、突然元気に立ち上がってこう言いました。

「この傷は見せかけだけのもの。私は傷など負ってはいない。アンナ、すべてお前が父をどれだけ愛しているかを試すためのものだったのだ。しかるにお前は、恋人を捨て、傷ついた父の看病を選んだ。おお。心優しい我が娘よ。そのような心清い娘の幸せを願わぬ父が、この世にあろうものか。さあ、もうよい。お前の愛しい人を求め、行くのだ。娘よ。お前の幸せはそこにあるのだから。」

 これには、演じていたおじいさんもびっくりしてしまいました。おひげのワゴットはいつもより格好良く、まるで本物の紳士のようなふるまいです。


 続いてピピンが言いました。

「青年よ。君は自分の幸せを見誤っているのだ。君の幸せは、王国の騎士として仕えることではない。騎士には騎士の努めがあるように、若者には若者の努めがある。自ら幸せになり、恋人を幸せにするという努めがな。さあ、村へお戻り。今頃は君の愛しい人が、君のことを心待ちにしているだろう。さらばだ。若者よ。」

 ピピンはそう言って颯爽と去っていきました。観客席も、いつもと筋が違うのでざわついているようです。


 最後にジベールが出てきてこう言いました。

「皆さん、これでこの劇は終わりです。その後、二人はどうなったかって?ご覧ください。あのように、仲良く心通わせ合っているではありませんか。まったく、うらやましい限り。いえいえ、それはこっちの話。さて、ここは一つ、この劇団最後の幕に一つ盛大な拍手をいただけませんでしょうか。ありがとう。ありがとう。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る