三
みんなが笑い終わると、ワゴットがヨゼフに言いました。
「おい。若いの。お前さんも何かやってみせないか。」
ヨゼフはとまどいながら言いました。
「いいでしょう。皆さんがやったんだ。僕もやってみせますよ。でも、困ったな。僕は若者というだけで、これといった特徴がない。ただの若者なんだから。」
騎士のピピンが助け舟を出します。
「なに、困ることはない。君は君のまま、ありのままをやればいいんだ。」
ピエロのジベールも言いました。
「そうさ。誰だって最初はそうなんだ。みんなただの若者なんだ。それから、何かになっていくんだから、最初の姿を恥じることなんてない。」
それを聞いてヨゼフの顔が明るくなりました。そして自分に言い聞かせるように言いました。
「そうだね。僕は何かしなければいけないっていうだけで、緊張してしまった。でも、何かしなければいけないって、無理に作る必要はないんだ。僕は僕のままでいれば、それが一番なんだ。」
それから、ゆっくりと月の中に進み出ました。両手を広げてゆっくりとした調子で歌い出しました。
僕はまだ何も知らない
ほんとうの喜びも悲しみも
だって僕はまだ本当の世界を知らない
ただの若者なんだ
だけど誰だって
はじめは僕と同じ
恋の喜びも別れの悲しみも
何も知らない
ヨゼフが歌い終わると、一呼吸おいてみんなの拍手がヨゼフを包みました。
「俺だって知らないさ。本当の世界なんか。」
ピエロのジベールが言いました。
「教えてやれよ。アンナ。恋の喜びも悲しみも。」
ワゴットさんの野次が、突然アンナに向かいました。それでアンナは真っ赤になって、前に進み出てきました。そしてみんなが静かになると、綺麗な声で歌い出しました。
恋をしたらそれは
どんなに素晴らしいことでしょう
春は自分のための春になり
夏はあの人のための夏になる
でも秋はかわいそう
だって誰のためのものでもない
そして冬が来たならば
すべてが雪に閉ざされる
「なんだか悲しい歌だね。」
ジベールが小声で言いました。
「しっ、静かに。」
ピピンが叱りました。
ヨゼフはといえば、アンナの歌に聞き惚れています。
「まだ二番がある。」
ワゴットがつぶやきました。
恋をしたらそれは
どんなに切ないことでしょう
春はどこかへ迷い出て
夏は心を焼かれそう
でも秋は安心
だってどこへも行かれない
そして冬がきたならば
二人で家にこもります
「誰が作った歌なんだい?」
ジベールが訊ねると、ワゴットが突然みんなに警告しました。
「しっ、作者が来るぞ。」
扉の開く音がして、誰かがこちらに近づいてきました。フランクおじいさんです。
人形たちは慌てて元いた場所へと駆け戻りました。そして命を失ったように、最初にあったとおりにそこに転がったのです。
月明かりの射す部屋は、途端に静かになりました。
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