仲良し運動会

来冬 邦子

秋深し しみじみ美味いカップ麺

 澄んだ青空からひんやりした風が吹いてくる。今日は村立 東水ひがしみず 小学校の運動会だ。森に囲まれた校庭には赤や黄色に紅葉した落ち葉がきりもなく舞い散って、まるで夕焼け色の絨毯じゅうたんのようだ。

 二十一世紀最後にして最強の秘境と呼ばれるこの村の最寄り駅は山並みの遙か彼方で、往復するバスは一日にたったの2本。生徒は全校で十八人しかいないから全員顔見知りの運命共同体。人間関係で失敗したら終わりである。


 わたしは 田貫タヌキ 咲月サツキ。本の虫でクイズが大好き。ニックネームのポンは御推察通り名字のから導き出されたものである。わたしを入れて四人しかいない三年生は、いま入場門に並んで、一年生の「超大玉転がし」が終わるのを待っている。在校生全員で作った発泡スチロールの玉はまさしく「超」のつく大玉で、何人もの一年生を下敷きにして校庭を有らぬ方へと転がってゆく。枯葉が積もっているから転んでも全然痛くないんだ。ゴールはこっちだとサポートしている先生たちも堪えきれずに吹き出し、場内は爆笑の渦。


「一年生は可愛いのう」

 木常キツネ今日子 がのどかな声で話しかける。歌が上手で将来はピアノの先生になりたい、この子のニックネームは 御想像通りコンである。今日は長い髪をポニーテールにしているから、きれいな一重まぶたがチョッピリつり目になって、ますますキツネっぽい。

「コン、お前なんか、ちっこいから混ざっちゃうぞ」

「やかましい、火星人はミステリーサークルでも作ってな」

「……」

 反撃されてひるむくらいなら最初から黙っておけばいいものを。この愚かな火星人は加瀬井カセイ星人ホシト。何でもかんでも口を出しては返り討ちに遭うさだめの不憫な宇宙人である。ルックスは悪くないんだが、性格が軽い。卒業までせいぜい鍛えてやろう、友だちとして。


「これこれ、弱い者を苛めてはいかん。可哀想じゃ」

 お寺の跡取りで和尚と呼ばれる金剛コンゴウ雨月ウゲツが火星人を庇った。「パワーハラスメントはいかん」

「おい! 弱い者ってなんだよお」

 和尚は九歳にして既に人徳がにじみ出ている。先生も含めて彼の言に逆らえる者はいない。

「コン、よく考えてごらん。毎日通う小学校で厭な呼ばれ方をされては気持ちよく通えんではないか。呼ぶ方は何でも無いが、呼ばれる身にもなってみよ。心が痛むぞ」

 和尚の話は身に染みた。自分がされて厭なことは人にもやってはいけない。

「わかった。、ごめんなさい」

 コンが潔く謝ると、星人が右手を出した。仲直りの握手?

 その手を握ったコンが「ぎゃあっ!」と言って、手を振りほどいた。

 ニッカリ笑った星人の手の平で背中の青いトカゲがもがいていた。

「さっき捕まえたんだぜ」

「和尚、こいつのこと許していいわけっ?」

 コンが声を張り上げる。

「これ、星人、トカゲを逃がしてやりなさい」

 和尚がいさめると星人はトカゲを草むらに逃がした。

「ちょっと、和尚! そこじゃないでしょ!」



 一年生の出し物がようやく終わり、さあ我々の出番である。

イベント名は「レンタル・アタック」なぜ普通に借り物競走と言わないのか理解に苦しむ。名付け親は担任の斉藤先生だ。カップルをアベックと呼びハンガーを衣紋掛けと呼ぶ死語の遣い手で「ダ・サイ藤先生」と呼ばれている。同情を禁じ得ない。


「次は三年生によるレンタル・アタックです」

 放送席の六年生がアナウンスする。

「コースを後ろ向きに走っていって、途中に置かれた風船をお尻で割ると、中からカードが出てきます。選手はカードに書かれたを探してゴールまで持ってきてください。さあ、ファイト!」


「位置について、用意」

 斉藤先生は笑顔でスターターピストルを頭上に構えると、ヒソヒソと私たちだけに聞こえる声でささやいた。「ヒントは一致団結」


 パーン!


 わたしたちが後ろ向きに走ったり転んだりするのを、みんなが大笑いで応援する。

もともと四人で競って一番になってもどうということもないから、わたしたちはゲーム感覚で風船を割った。――ところが。


「なんだ、これ?」

 みんながみんな首を傾げる。これって借り物競走じゃなかったっけ?

 和尚が自分のカードをみんなに見せた。「かあ」

 星人もコンもわたしもカードを見せ合った。火星人のは「きぬた」

コンのは「りどみ」わたしのは「ねつき」

「これは判じ物だな」謎の昭和語で和尚がいう。

「判じ物ってなに?」「ふむ、なぞなぞ。クイズのことじゃ」

「クイズなら得意なのはポンだよ!」と星人が言った。「なあ、ポン、なんとかしてくれよ」みんなの目がわたしに注がれる。

「そりゃクイズは好きだけど、ここでいきなり言われても」

「頑張ってよ。応援するから!」

「自分じゃ考えないのかよ!」


 もたもたしていたらアナウンスが聞こえてきた。

「どうしたことでしょう。三年生四人とも動きません。みんなで応援しましょう!」


 ――ふれー、ふれー、さ、ん、ね、ん! 頑張れ、頑張れ、さ、ん、ね、ん!


 三年が残念に聞こえるのはわたしだけだろうか。

 和尚がはたと手を打った。

「そう言えば、スタートで斉藤先生が何か呟いておったよのう?」

「そうよ。ヒントって言ってた!」

 コンが人差し指を立てる。

「なんだっけ?」「いち……なんとか」

「七転八倒?」「それ、違うと思う」

「一気食い、じゃないよね」

「性格の不一致?」

 思い出した! 「一致団結だよ!」とわたしは叫んだ。

「みんな、カード出して!」

 四枚のカードを地面に並べる。

「かあ」「ねつき」「りどみ」「きぬた」

「全部並べると意味が分かる、と思ったけど」

「けど?」

「さっぱりわからん」

「そんなあ」

「おお!」星人が立ち上がった。「俺、わかった!」

「教えて!」

「先に、もう二度とパワハラはしませんと誓え」

 コンが星人を殴っている間に、わたしにも謎が解けた。

「逆だ! 右から左に読むの! あか、きつね、みどり、たぬき」

「カップ麺だ!」全員の言葉が揃った。

「赤いきつねと緑のたぬき、非常食で買ったよね?」

「体育館の倉庫に入ってたよ」

「行こう!」


 みんなで体育館に走っていくと、斉藤先生がニコニコ顔で待っていた。

「来たな。さすが三年。いいチームワークだ」

 和尚がいった「ほとんどポンが解いたのです」

 コンが言った「でも先生のヒントに気づいたのは和尚だよ」

 星人が言った「俺が先にわかったんです」

「それで正解はなんだ?」先生が尋ねる。

「赤いきつねと緑のたぬき、です!」四人の声が揃った。

「大当たり!」

 先生は台車に山と詰まれた段ボールを指差した。どの箱にも赤いきつねか緑のたぬきの絵が笑っている。

「これをゴールまで運べば 四人とも一位だ!」

「やったーっ!」


 五人で台車を押してゴールすると、パンパパンとクラッカーが鳴った。

「おめでとう!」

 校長先生が目に涙まで浮かべて私たちを迎えてくれた。


「みなさん、どうぞ。これから昼食タイムです。たくさんありますから、御遠慮なく召し上がってください」


 お湯もたくさんの大きなヤカンに用意されていた。

 生徒も先生も応援に来ていた家族や友だちも、みんなで赤いきつねか緑のたぬきを選んでお湯を注いだ。湯気といっしょに美味しいにおいが立ちのぼる。

 ああ、あったかい。湯気の向こうでコンも星人も和尚も、応援に来たお母ちゃんやお父ちゃんも、じいちゃんやばあちゃんも、みんな嬉しい顔をしている。やるじゃないか、ダ・サイ藤先生。今日からはマルちゃん先生と呼ぼう。


                            <了>

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