第13話



「「ガァァァァ!!」」


 ダブルヘッドパンサーは両方の口の牙を剥いて飛びかかってくる。私はそれを《縮地》で横に移動して回避する。


「《跳躍》と合わせてないから移動速度は低いけど。回避ぐらいなら問題ないね」


 《跳躍》と《縮地》の合わせ技は高機動プレイヤーの十八番なんだけど、子どもの身体は負荷が大き過ぎて多用厳禁な技。さっき2回も使ったけどあと何回か使ったら筋が切れるかも……


「できるだけ使わないように立ち回らないと。【コロージョン】」


 私はボルトに【コロージョン】を乗せてダブルヘッドパンサーに放った。ボルトはダブルヘッドパンサーの身体に刺さったがすぐに抜けてしまった。やっぱり通らないか……


「「ガァァァァ!!」」


「擦り傷程度で怒り過ぎ……いや、元から怒ってたか」


 私は更に怒りの表情を浮かべたダブルヘッドパンサーの攻撃を跳んだり走ったりしながら避けて逃げ回る。怒ってくれてるおかげで動きが単調……ゲームの時の冷静にこっちのミスを誘うような戦い方じゃないから避けやすい。


「「ガァァァ!!」」


 ダブルヘッドパンサーは逃げる私に向けて口から炎を吐き出した。私はそれを既に燃えている建物を遮蔽物にして防御する。


「戦闘が既に燃えている場所なのはありがたいね。火事を気にする必要が無い」


 こいつと戦うにあたって一番心配して居たのは山火事。山の中で戦ってたら辺りが火の海になって大変なことになっていた……


(川に誘き寄せて倒そうとも思ってたからね……ここなら遮蔽物も多いし)


 火のブレスは他の属性に比べて範囲は広いけど貫通力はそこまでない。だから遮蔽物があれば炎ブレスは割とどうかなる……村には教会以外にも石造りの建物が何個かあるからそれを活用していこう。


「よっと」


 私はダブルヘッドパンサーから逃げ回りつつも【コロージョン】を纏わせたボルトを撃ち込んでいった。


(【コロージョン】で相手の防御力を低下……ついでにボルトに塗ってある毒で体力も削る)


 火力の無い私が勝つには【コロージョン】と毒であいつを弱らせる必要がある。元々あいつを倒すのに毒を盛った餌で弱らせようとしてたし……どうやって毒を気づかせないか試行錯誤する予定だったからその準備が無くなったのは僥倖かな。


(燃えるのを気にしなくて良いし……煙の臭いで隠れたらバレにくい)


 戦場としては100点だね……気を抜くと私も煙を吸ったり燃えたりして死ぬけどさ。水被っておけば良かった。


「これでも喰らえ」


「「ガァァァァ!!?」」


 私は一旦ダブルヘッドパンサーの視界から外れるためにアングリーボアの牙から作った香辛料の粉を投げた。唐辛子に似た粉を喰らったダブルヘッドパンサーは大きく怯んで目を瞑る。その隙に私はスッ……と身を隠した。


「「ガロロロロ……」」


 香辛料攻撃から立ち直ったダブルヘッドパンサーは私を探し始めた。私はそれを隠れてジッと機会を窺う。そしてダブルヘッドパンサーとの距離がある程度縮まったところで仕掛けた。


「【ノイズ】」


 私が魔法を使うとダブルヘッドパンサーがバッ!と私と真逆の方を向いた。その隙に私は首筋にボルトを撃ち込んでササっと移動した。


「「ガァァァァ!!」」


 攻撃されたダブルヘッドパンサーは私が居たところに飛びかかった。しかしそこには私が仕掛けた罠……近くの家にあった小麦粉の袋があり。盛大に小麦粉が舞った。


「「ガホガホガホ!」」


 小麦粉を吸ったダブルヘッドパンサーは咳き込んで苦しむ。私はそれを見ながらもボルトを放った。今度のは毒じゃなくて油を塗ったボルトで撃つと周りの炎に引火しダブルヘッドパンサーに刺さる。そして何故か爆発した。


(あれって……粉塵爆発?)


 空気中に燃えやすい物質の粉が舞ってる時に火の気があると爆発するっていう……周りが燃えてるから舞った小麦粉全部燃えたと思ってた。とりあえずラッキーだね。


「「ガァァァァ!!!」」


 私におちょくられていると感じたのかダブルヘッドパンサーはどんどん怒りのボルテージを上げていく。近くの家を次々に破壊し私を炙り出そうとしているようだった。それ地味に困る……


(私の《隠密》だと遮蔽物無しは普通にバレるからね)


 あれ格上相手にはバレやすい。しかも猫系は気配に敏感だし余計にね……邪魔してやろう。


「【ノイズ】」


「ガァァァァ!?」


 私は左側の頭に【ノイズ】で思わず耳を塞ぎたくなるような音(黒板を釘で引っ掻く+発砲スチロールを擦り合わせる)を耳元で放った。【ノイズ】を喰らった頭が悲鳴を上げ耳を押さえようとしバランスを崩し転倒した。


「ガロロロロ!」


 【ノイズ】を喰らわなかった方の頭が『何やってんだ!』という風に耳を押さえでいる頭に喝を入れている。そこに私は香辛料の小袋を放り込む。


「ガァァァァ!!?」


 聴覚で苦しんでいたところを更に嗅覚に攻撃を食らったせいで片方の頭がパニック状態になる。2つの頭で1つの身体を動かす……片方の頭が混乱すれば動けないよね。私は移動し《陽動》や【ノイズ】で撹乱しながらボルトを撃ち込んでいった。流石に手持ちの数が危ういから回収できるやつは回収して再利用する。


「ガロロロ……ガァァァァ!!!」


 このまま倒せるかと思った時、混乱していない方の頭は忌々しく鳴くとパニックしている方の首を爪で深く切り裂いた。混乱していた方の頭がぐったりと動かなくなると傷口を炎で焼いて塞ぎダブルヘッドパンサーは立ち上がった。


「凄い力業で立ち直したね……あの頭死んだのかな?」


 頭が沢山あるモンスターには何個か頭が死んでも動くことができるやつがいる。ダブルヘッドパンサーも片方の頭が機能停止しても問題無いやつみたいだね。


「ガァァァァ!」


 ダブルヘッドパンサーは口を開け炎を撒き散らし周囲を火の海へと変えていく。私は一旦距離を取って作戦を立て直すことにした。あれ撃ったボルト燃やされるだろうからどうしようもないし。


(あれパニック起こそうとしても傷の痛みで正気になるだろうからなぁ……)


 かなり【コロージョン】を与えている。毒も蓄積しているしあと一押し……息の根を止められる一撃を加えられれば勝てる。時間経過でも多分殺せると思うけど……それまでにこの辺が火の海になって逃げられずに焼死しそう。焼死しなくとも倒したあとにあいつの素材回収しにくそう。


(確実にやるなら心臓かな……あの頭まだ生きてるかもしれないし)


 心臓を狙うとなるとクロスボウじゃなくて短剣の方が良い。このクロスボウの貫通力じゃまだギリギリ届かないだろうし……黒鉄の短剣ならいけるかな。


「そうなると動きを封じないと……何か使えそうなものは」


 私は辺りを見回す。使えそうなものを探して頭の中で成功率の高い作戦を組み立てた。

 

「これならいけるかな……」


 パズルのように作戦を組み立てられた私は準備を始めた。即席のトラップ……成功率は五分五分ってところかな。


「失敗したら終わり……ミッション開始だね」


 私は手始めに【ノイズ】を発動。今回のは陽動よりも意識を向けさせるために花火のような音を出した。


「ガロロロロ……」


 ダブルヘッドパンサーはゆっくりと音の方を見た。そしてまだ燃えていない建物の屋根の上にいる私を見つけた。


「ガァァァァ!!!」


 イライラの元凶を見つけたダブルヘッドパンサーは一気に私の方へ駆け出してくる。私は屋根から飛び降りてトラップの方へ走った。


バキバキ!メキ!ゴシャ!!


 ダブルヘッドパンサーは障害物を力任せに破壊し私を追ってくる。毒で弱ってるはずなのに速い……火事場の馬鹿力ってやつかな。


(…… 《跳躍》《縮地》を使うしかないかな?)


 トラップの寸前で横に一気に移動する必要があるから1回限りの2連続を使うしかないね。使ったら筋やってしばらく走れなくなるだろうから……トラップが失敗したら死だね。


(まっ、そのくらいのリスク考慮済みだけど。そもそも考慮してなきゃ逃げてるし……)


 それじゃ大勝負に出ますか。私は冷静にダブルヘッドパンサーとの距離を見極めてタイミングを見計らう。


「ガァァァァ!!」


 口から血を吐き最後の力を不絞るかのような咆哮を放ちながら迫ってくる。完全に怒りに飲まれていて私さえ殺せれば後はどうでも良いと思ってそうだね……


「悪いけど……死ぬなら1匹で死んで」


 目前に爪が迫ってくる中、私はそう言いながら《跳躍》と《縮地》で距離を一気に離した。そして着地してすぐに横に跳んだ。ダブルヘッドパンサーはそのまま真っ直ぐトラップ……崩れかけている建物へ突っ込んだ。


ガラガラ!!


「ガ、ガァァァァ……」


 建物の崩壊に巻き込まれたダブルヘッドパンサーは弱々しい声を出してもがいていた。動かなくなっていた頭は千切れ転がり毒が回りきって気力も尽きたからか最早動くことすらできずにいる……これなら心臓は狙わなくて良いし。目をクロスボウで撃ち抜いて殺そう……至近距離から撃てば脳まで貫けるはずだし。


「それじゃあ……さようなら」


 ドス!


 私はほぼゼロ距離でクロスボウを発射した。ダブルヘッドパンサーの右目に深々とボルトが刺さっていきダブルヘッドパンサーは素材を残して消えていった。


(ターゲット始末完了)


 私はふぅ……と息を吐いた。中々に骨が折れる相手だった。だけど……


「こいつ普通の奴と比べるとアレだね……温いね」


 ゲームの時に戦った奴らはこいつよりも狡猾で冷酷だった。村人を一気に皆殺しにしないで嬲るように襲ったり。陽動に簡単に引っかかったりブチギレたりなんてしない心の無い怪物。


「山で格下ばかりと戦っていてダメになったのかな……何はともあれラッキーだね」


 こいつの素材は手に入ったし、私の今の強さを実感することができた。攻撃の直撃を喰らわないという暗殺者として1番大事にしたいことも守れた。


(それじゃあ素材を回収して帰ろう……)


 生き残った村人に見つかると面倒そうだからね……最悪私のせいにされかねない。あの子が私のこと言いそうだけど、大人たちは恐怖故の幻覚とでも考えるでしょ。


(足痛……帰ったら薬草で簡易湿布でも作って貼っておこう)


 私は素材を回収し村を去った。拠点に帰る途中で雨が降り始め火を消しつつも村の今後を示唆しているように私は感じたのだった……



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