告げる思い

鈴ノ木 鈴ノ子

つげるおもい

満開の桜の下で、

互いに顔を赤らめて、

君は僕の、

僕は君の言葉を待っていた。


互いの頬は赤らんで、

互いの視線は交差して、

互いに不安気な表情で、


口にしようとするたびに、

喉から上手く声が出ない。


君も僕が口を開こうとする度に、

薄く美しい唇を噛み締めるようにして、

次の言葉を待っている。


好きです。


たったこれだけの言葉なのに、

たったこれだけを伝えるだけなのに、

たったこれだけが言い出せない。


思わず視線が下がってしまう。

君に似合う素敵な靴が目に入る。

2人で初めて出かけて買った思い出のスニーカー。

綺麗に手入れをされていて、宝物にされているのがよく分かる。


あの日の火災で逃げ遅れ、君は生死の境を彷徨った。

幼馴染の僕にすら、君は会いたくないと突っぱねて、

家族を失った悲しみに、病室で1人で耐え続け、

誰とも会わず、誰にも言わず、誰にも明かさず、

1人ずっと暗い夜道を進むように、

孤独な時間を過ごしてた。


幼馴染だからこそ、僕はそれが嫌だった。

君の素敵な笑顔や仕草、長く見慣れていたからこそ

取り戻したいと思ったんだ。


暴れる君を抱き抱え、僕は病室から連れ出して、

近くの公園のベンチへと細くなった体を座らせた。


日の下に出た君の顔は、憤怒の表情で、僕に罵声を浴びせ続けた。

白磁のように白い肌、伸ばされたままの髪、左頬には火傷の痕、力の入らない下半身、あの日からの君の姿に思わず涙が溢れてた。


思わず君を抱きしめて、君は散々嫌がって、

しばらくすると罵声から涙の声に変わった。


優しい君があの日から溜め続けた心の雫、

優しい君があの日から苦しみ抜いた心の雫、

優しい君があの日から孤独に耐えた心の雫、


色々な思いの雫を大粒にして、

声にならない声を出して、君は立派に泣いたんだ。

そして声にならない声が収まる頃に、

君は僕の名前を呼んで、

僕は君の名前を呼んで、

幼馴染のあの頃に戻ることができたよね。


そして月日が流れ去り、お互いに今を迎えてる。

車椅子に座る君は今日のために化粧して、

一日ゆっくりあたりを周り、ショッピングを楽しんで、

あの公園の、あのベンチの、前にいた。


後ろの桜の大木があの時とは違ってて、

満開の桜の花びらがあたりを優しく包んでる。

柔らかな陽の光が幹の間から差し込んで、

あたりを輝かせるように、芽吹いた緑をてらしてる。


再び視線を合わせると、

君のその美しさに、

僕は目を奪われた。


「好きです、君とずっと一緒にいたい」


すらすらと気持ちのままに言葉が出て行く。

今先程までの躊躇いが嘘のように。


「私も」


あの時の涙とは違う、

大粒の涙を湛えた君が、

満遍の笑みを浮かべながら言った。


僕も思わず涙して、僕からゆっくり近づいて、

君の素敵な唇にそっと唇を合わせて、

ゆっくり君を抱きしめる。


君も僕の背中に手を回し、

愛しそうに抱きしめた。


柔らかな風が辺りに吹いた。

桜の大木の枝葉を揺らし、

花びらをその風に纏わせて、

2人を祝福するかのように、

フィナーレの桜吹雪を踊らせて。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

告げる思い 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ