第14話 自作の料理本を渡す

 月曜日の昼休みに、俺はパンを買うために購買に向かう。

 リアラに弁当を作ってもらうまでは必要ないし、自分で作ろうにも朝に弱い俺にそんな時間はない。


「焼きそばパン一つ」


 購買の焼きそばパンは、コンビニで買うよりも美味しい。週に二回は必ず食べている。

 というか、一個で俺の腹をある程度満たせるパンがこれだけいうのもある。


 本来なら教室に戻るところだが、最近は自販機でいちごオレを買って体育館裏に向かい、そこで一人で食べるのがルーティンになっている。


「……」


 一人は好きだ。何も考えることなく、楽な気持ちでいられる。

 微かに吹いている風を感じながら、俺は雲一つない空を見上げた。


「……この空ぐらい、俺の人生に不純物がなければいいのに」


 純粋に野球がしたくてこの学校に入ったのに、上本達三人のせいで俺の野球人生は狂い始めている。ただ平和に生きていたいだけなのに、悪気のないいじめが収まることはない。……いや、俺がそう思っているだけで、あいつらはすべて計算のうちなのかもしれない。

 

「いつも三人でいるぐらいだから、使えそうだとか言ってターゲットにされてるかもしれないな。……それにしても、近本はリアラ狙ってるのバレバレ。なんとか接点持とうとしてるけど、俺から見れば水溜りで釣りしてるようなもんだ」


 どうやらリアラは神様からお金を渡されているらしく、今日は自分で購買にパンを買いに来ていた。そんなリアラに近本は話しかけにいき、愛想よく振る舞って自分の印象を少しでも良くしようとする。


「みんなリアラの考えてる事分からないのか。顔見たらすぐわかんのに」


 怒られるのが心底嫌だった情けない性格から、野球をやり始めたときから人の感情を読み取ろうとする癖がついた。

 おかげで雰囲気や少しの表情の変化でも、相手の機嫌の良い悪いが分かるようになり、普段の生活から上手く立ち回ろうとしている。

 

 近本に話しかけられている時のリアラは、下心丸見えを感じ取ったのか、滅茶苦茶嫌そうな顔をしていた。


「リアラも同じだろうな。話聞いた感じは俺と環境は似てる。もっとも、リアラは何年も耐えてたらしいから凄いよな」


 俺はたかが一年程度いじめが続いているだけで、病みかけている弱っちいメンタルだ。男の俺がリアラよりメンタルが弱いなんて、一応主人として情けない。


「俺も頑張ろう」


 リアラも変わってきているはずだ。茜が刺激しない程度に話しかけたりしているおかげで、周りとも少しずつ話そうとしている。

 この調子で、リアラの人間不信が少しでも治ればいい。その手助けを俺もできたらいいと、そう思った。




  ◆




 オフの日が変更になり、今日は普通に練習があった。帰宅した俺は、いつも通り身体を軽く拭いてリビングに向かう。


 テーブルの席についた時に、リアラは晩ご飯を準備してくれた。

 リアラが来て少ししてからは、特に料理は指定していない。リアラの好きに作らせた方がいいのではと思っていた。だが、今日のさばの味噌煮の味噌の色がやたら濃い。


「……はむ」


 鯖を箸で掴んで口に運ぶと、味噌の味がドカンと口の中を刺激してくる。予想通りだったが一応言っておくと、味噌を入れすぎて鯖が殆ど感じられない。


「すみません、味噌を入れすぎました」


 どちらかといえば薄くなっていた方が対応のしようもあるが、濃い方にいってしまうと味が染み付いているからどうすることもできない。

 

 これは恐らくだが、俺が毎回目分量で調味料を入れていたせいか、計量スプーンや測りがないからだ。親も感覚で料理を作るタイプだったので、計量カップすらなくて米を炊くときも目分量だ。

 おかげでリアラが米を炊き始めてからは、多少なり硬さに変化が起きている。これは俺たち家族のせいであり、リアラは悪くない。


「リアラ、計量スプーンとか欲しいか?」


「え……あ、はい……」


 リアラは少し考えた後、悔しそうな顔をして答えた。自分の料理が上手くいっていないことに、リアラ自身も腹を立てているのだろう。


「じゃあ今度一緒に買いに行こう。ちょうどフライパンとかも古くなってきてるし」


「分かりました」


「あとついでに服もな。リアラ可愛いんだから、もう少しオシャレに気を使え」


「か、かわ……いえ、服は今あるものだけで充分です」


 最初の言葉が少し聞こえづらかったが、珍しく表情を変えて恥ずかしがるリアラを見れたのは嬉しい。すぐに戻ったんだけどね。


「似たような服ばっかりじゃないか。あとはメイド服だけ。家でメイド服着るのは目のほ……リアラが着たいんなら着てればいいけど、友達できたら遊びに誘われることもあるかもしれないだろ?」


 そう言うとリアラはふてくされたような顔をして、


「……友達なんて、できませんよ」


「こんな俺でも一応友達は作ってるんだ。友樹も茜も、リアラと話したいって言ってたぞ?」


「……」


 思い悩むリアラはどんどん表情が暗くなる。過去のことを引きずっているのだろう。


「……人と関わるのが怖いか?」


「はい、和樹様がよくお二人と会話しているのは知っていますが……」


「優しさの裏を想像して……裏切られるんじゃないかって、そう思ってしまうんだろう?」


「なっ……なぜそこまで」


 驚いた顔を見せるリアラだが、俺からすればリアラの考えを想像するなんて難しくはない。これまで一緒に生活してきて、色んな表情を見て、過去の話を聞いて……。


「大丈夫だ。あいつらは多分裏切るようなことはしない」


「言い切らないんですね」


「言い切れるわけない。友樹と茜がどんな事を思ってるかなんて分かるわけないんだから。裏では俺との関係なんて、上辺だけと思っているかもしれない。でも俺はあいつらがそんな事を思う奴らだとは疑ってない」


 今のところ、リアラは俺以外には最低限の会話しかしていない。だが、リアラが完璧すぎるゆえに、今の態度が仇となって妬みやいじめに繋がってしまう可能性がある。

 まだ俺と関わりのある友樹と茜ならリアラの過去も知っているし、リアラを邪険に扱うことなんてないだろう。リアラも人に歩み寄る時期が来たのだ。


「別に話すのは自由だ。でもなにか話すきっかけが生まれたら話してみるといい。友樹も茜もいいやつだと思うから」


「……機会があれば、話してみます」


「ああ、それでいいよ。あとこれ」


 俺は部屋から持ってきていたあるノートをリアラに渡した。


「これは?」


「俺が作ってた料理のレシピ。まあ調味料は大体で書いてるから、そこはリアラ好みにしてもいい。いらなかったら捨てていいから」


「……ありがとうございます」


 この時、リアラが微かに笑みを浮かべた。なぜ笑ったかまでは分からないが、そのリアラを見た俺は可愛いの一言しか頭に浮かばなかった。

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