第13話 メイドへの試練

 十一月に入って最初の日曜日に、今年最後の練習試合があった。少し早い最後の試合かもしれないが、秋の大会も負けてしまった俺達は時期に冬トレが始まるだろう。

 

 練習試合は二試合で、その結果は七打数二安打のホームラン一本で一打点。ホームランが打てたのは良かったのだが、上本達三人組の、ヒットが少ない人がジュースを奢るという謎の賭けに、強制参加させられていたらしい。そして三人はヒットを三本打っていたせいで全員に奢る羽目になった。


「あいつらマジでぶっ殺したいんだけど……」


 いじめられている奴なら必ず思ったことがあるだろう。俺は正直命の危険も感じているため、殴られている時は正当防衛で殺してやろうかと考えたこともある。


「そんなことできたら苦労はない」


 やり返す事も考えたが、あいつらは大抵三人で固まって行動している。やり返しても、更にやり返されるのがオチだ。


「いじめって無限ループだよな。相手にやられたからやり返して、殴った回数同じはずなのに相手はまた殴ってくるんだから、一生終わらない。こっちがやめても相手は止まらない。やり返さなくてもただやられるだけだし」


 試合が終わって一試合目に負けたペナルティを終わらせ、一人で家に帰っている俺はこんな感じで独り言だらけ。最近は独り言が増えた気がする。


「こんな時は美味いものでも食べに行こうかな。……そういえばラーメンとか全然食べてないな」


 ラーメンの味を思い出せば思い出すほど腹が減ってくる。しまいにはお腹が鳴ってしまうほどに、俺は腹が減っていた。


「そうと決まれば、帰って荷物おいたら行くか」


 既に頭の中はラーメンでいっぱいだった俺は、いつもより早めに歩いて家に向かった。




  ◆




「……なあ」


「なんですか」


「本当にいいのか?」


「問題ありません。和樹様の心配には及びませんので」


 俺は家に帰った後、リアラに外食する事を伝えた。どうせ俺には付いてこないだろうと思っていたのだが、「……私も同行してもよろしいですか? ラーメンには興味がありますので」と言って、リアラ俺に付いてきた。


 なぜ俺がリアラに確認をとっているのかは、ラーメンの種類にある。

 二郎系とあっさり系で悩んでいた俺は、リアラが付いてくるということであっさり系のラーメンにしようと思っていた。だがリアラは「和樹様の好きな方で構いません」と、俺の意見を尊重してくれたのだ。

 俺はどちらかというと二郎系に行きたかったので、一応リアラには俺が行きたい方は量が多いと説明をした。それでもリアラは大丈夫だというので、心配しつつも今は二郎系の店にいる。


「食券を買うからちょっと待ってくれ」


 ここの二郎系は食券の選択で麺の硬さと量が決まる。硬さは普通でいいのだが、問題は量だ。俺は中学の地獄の食トレのおかげで、かなり食べられる方なため、麺の量も普通にした。

 だがリアラの場合は少なめ……いや、半分にしてもいいぐらいだろう。俺は半分のボタンを押そうとしたのだが、


「普通で構いません」


「え? ……いや、これマジでヤバ」


「普通で構いません」


 真顔で言わないで! 威圧感が凄いよ!

 こう言っているが、本当に二郎は舐めちゃあいけない。リアラのこんな綺麗で細い体では、二郎の普通を攻略できるとは思えない。

 とはいえ、後ろからの圧が中々に凄いので、俺は仕方なく普通のボタンを押した。


「どうなっても知らないぞ……」


 俺とリアラは席につき、トッピングの種類を選ぶ。


「えっと……」


 俺は少し悩んだのだが、どうせなら全マシでいこうかと思っていた。しかしそんな俺よりも先に、


「全マシで」


 な、なんで注文の仕方を知っている!? しかも全マシだと……!?


「……俺も全マシで」


 ……うん、もういいや。何も考えず、リアラの好きに食べさせてあげよう。いい経験だし、俺は何回か忠告したから。


 リアラへの心配はさておき、俺は久しぶりの二郎系ラーメンで少し興奮していた。ラーメンの美味さは何物にも代えがたい。ラーメンだからこその、すすって食べるという外国ではありえない食べ方で、麺をすすると共に口の中で暴れまわるスープが堪らない。

 

 内心ウッキウキで待っていると、先にリアラの方のラーメンが来た。盛りに盛られたもやしに、分厚いチャーシューが麺を完全に霞ませて器を支配している。


「……は?」


「ぶふっ!」


 リアラの表情を見た俺は思わず吹き出してしまった。リアラの目から光が消えていて、次に見るのは俺の顔だった。


「騙したんですね。死んでください」


「なんでだよ」


「これのどこがラーメンなんですか。もやしとチャーシューしかありませんが……」


「うん、もやしの下に眠ってるよ」


 俺の言葉にリアラは唖然とする。リアラがこうなるほどに、普通のラーメンと二郎系ラーメンには違いがあるのだ。


「早く食べないと麺が伸びて食べられなくなるぞ」


 リアラは俺を疑いつつも、諦めて視線をラーメンの方に戻し、ゆっくりと箸をもやしの山に入れていく。

 そしてしばらくもやしを食べ進めたリアラは、遂に麺を口の中に入れる。


「──!?」


 恐らく美味しかったのだろう。リアラの器の中にある麺を見返す仕草は、美味しくてしているものだと大体予想はつく。


「……これがラーメンですか」


 リアラは二口、三口と表情の変化は薄いものの、美味しそうにラーメンを上品にすすっている。そんなリアラを見ているうちに俺のラーメンは既に目の前にあったため、俺ももやしから食べ進めて麺をすする。


「うまぁ……」


 この美味しさはまるで、これまでの嫌な出来事がすべて浄化されるようなほどだ。次に食べたチャーシューも絶妙な柔らかさで、更に食欲をそそる。そしてこのラーメンが意外と低コストで食べられるという、二郎系ラーメンの素晴らしさ。まさに唯一無二である。


 久しぶりの味に感動を覚えつつ、俺はしばらく食べ進めていたのだが、リアラの方は俺よりも先にギブアップしそうである。


「くっ……」


 だから反応が女騎士みたいなんだよ。俺はちゃんと忠告したのになぁ。女の子にしては結構食べられた方だけど、なんかもはや食トレになってるし。


「……」


 俺は自分の分を食べ終わってすぐに、リアラの前にある器を引き寄せた。


「あ……」


「もう食べられないだろ? 無理に食べなくていい」


 半分以上は減っている。これならなんとか食べられそうだ。 


「……すみません」


「いいからいいから。お腹きついだろうしゆっくりしてろ」


 こんなカッコつけてるけど、俺食べられんのかなこれ。ぶっちゃけ腹八分目ってところなんだよな。


 だがここで引き下がるわけにはいかず、持ち前の胃袋の大きさでなんとか耐え凌ぎ、お腹パンパンで店を出た。


「……」


「……」


 リアラは気まずそうにして何も話してこない。俺は話そうとするよりも、吐き気との戦いに明け暮れている。

 だが、そんな俺にリアラは唐突に話しかけてきた。


「あの、本当に申し訳ありません。ちゃんと忠告を聞いておくべきでした」


「さっきも別にいいって言っただろ? それより、美味しかったか?」


「あ、はい、それはとても……」


「なら良かったよ。また今度、別の見せに行こう……あっさり系の店に」


 個人的な意見だが、二郎系は何回も行くようなところではない。月に一回程度行くのが、その時の感動をより大きくしてくれる。

 肉でもなんでも、何回も連続で食べていると飽きてしまう。飽きてしまったらありがたみがなくなってしまうため、俺は外食をたまにしかしない。


 今日で分かったことは、二郎系に行くのであれば一人で行くべきだという事だ。リアラと二人で行くと、またこうなってしまう可能性がある。

 なんなら今日のリアラの残りは、たとえ小サイズであっても残っていたぐらいだ。リアラは普通の女子よりも少し食べられる、というぐらいの量しか食べれていない。


「うぷっ……」


 歩く振動で結構やばいぞ。なんとか悟られないようにしないと。


「和樹様」


「ん? なんだ?」


 神妙な顔つきのリアラは、少し躊躇うようにして言った。


「何故和樹様は怒らないのですか? 何故そんなに優しくできるんですか?」


「……」


 その質問は少し反応に困る。別にこれは、相手に対する当たり前の態度だと思っている。相手がクズであれば話は別だが、リアラのような普通の女の子であれば世間の男子はこれよりも優しくしているかもしれない。

 ただ……、


「んー、リアラが可愛いから」


「……」


 リアラは気持ち悪いと思っているのか、真面目に答えてくれてないことに対してなのか分からない絶妙な顔で俺を見る。


 だが俺はそんな顔を見ても答えは変えず、歩みを進める。

 自分の本当の考えなんて、リアラに言ったところで意味がないのだから。

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