第3話 冷たさの中にあるギャップ

 ゲームをして二時間ほど経ち、友樹と茜は昼ご飯を食べに行くと言って帰っていった。ちなみに勝負はしっかりと負けて奢りが確定してしまった。


「前も負けてるんだよなー。負の連鎖ってやつ?」


 いじめを思い出してしょぼくれる俺。ここまで精神的にダメージをチクチクと与えられると、しまいに崩壊してしまいそうだ。だからといって親に相談して心配させたくない。


「昼飯作るか。何作ろっかな」


 冷蔵庫の中身を見ながらぼやきつつ考えていると、扉が開く音がした。リビングの入口の方を見ると、リアラが入ってきて俺のところに向かってくる。


「どうしたんだ?」


「一応昼食の時間なので。私が作ります」


「え? 作ってくれるの?」


 あれだけ嫌いオーラ全開にも関わらず、なんで昼ご飯を作る気になったんだ?

 よく分からなかったが、リアラがすぐに答えをくれた。


「メイドの仕事なので。そんな事も分からないのですか?」


「あ、いえ、分かります、はい」


 そんな怒らなくてもいいじゃん。もしかして神様は俺にドMになれと告げているのか?


「何が食べたいですか?」


「……じゃあオムライスで」


「分かりました。では期待せずに椅子で待っていてください」


 リアラは期待するなと言っているが、メイドが作るご飯なら上手いに決まっている。そう信じ込んでいた俺はリアラの言葉に反して期待して待つことにした。


 そして二十分経ち、待ち望んでいたオムライスが運ばれてきた。


「お待たせしました」


 念の為に言っておくと言わんばかりの声とともに、オムライスがのった皿がテーブルにコトリと置かれる。

 だが、それは俺の予想とは遥かに違うものだった。


「……」


 形は整ってない。ケチャップライスの色が明らかに濃い。そしてグチャッと申し訳程度にケチャップライスの上に乗せられた卵。この料理を強いて言うなら、ケチャップライスの卵乗せである。


「私は料理が得意ではありませんので。前も他のメイドに任せていました」


「そ、そうなんだ」


「別に食べられるのだからいいでしょう」


「……そうだな、ありがとう」


 卵をスプーンで切り、ケチャップライスと共に口に運ぶ。

 

「げふっ!」


 口に入れた瞬間に感じられるケチャップに、多めにかけられたであろう胡椒。半生で辛く感じる玉ねぎと、焼きすぎている卵。全ての要素が言っては悪いが俺よりも駄目駄目だった。


「……別に完食しなくても構いません。前に私が作った料理は皆さん一口食べてあとは放置でしたから」


 男が嫌いなのは分かるのだが、今ここでオムライスを食べている俺の様子を伺っているリアラを見ると、何処か悲しげに思っているような感じがした。

 自分が作ったものを食べてもらえないのは、俺もそうだが誰であろうと多少は悲しくなるはず。それは例え嫌いな俺に対しても同じ事のようだ。


「……食べるよ」


 俺は二口目、三口目と口にどんどんオムライスを運んでいく。確かに味は濃いが、水を飲みながらなら食べられないほどではない。


「……好きにしてください。食べるのは和樹様の勝手ですから」


 リアラの発する声が冷たいのは言わずもがなだが、俺はこんな事で少しでも関係がいいものになってくれる事を願っている。

 折角一緒に暮らしていくのに、雰囲気が悪ければストレスが溜まってしまうからな。


「ごちそうさま」


 俺がそう言うと、リアラは何も言わずに皿をキッチンに持って行って洗いだした。よく見ると、俺が昨日に面倒くさくて水につけたままの食器も洗ってくれている。どうやら料理以外は普通にこなせるようだ。


 五分もすれば洗い物はなくなり、リアラは食器を食洗機に入れて乾燥のスイッチを押した。


「また何かご用があれば呼んでください。あと、冷蔵庫に食材が少ないので買い物に行きます。メモを渡すのであれば私が出ていく午後四時にお願いします」

 

「スーパーの場所は分かるのか?」


「既に把握済みです。では」


 少しでも態度が柔らかくなる事を期待していたが、冷たい態度のままリアラはリビングを出ていった。


「……ふははっ、似ているなぁ。俺達は」


 リアラの目は俺とよく似ている。形や目の色が似ているとかそんなものでは無い。

 俺が人生のどん底に落ち始めた時の、誰も信用したくないような諦めた目にそっくりだ。


「俺はまだ友樹とか茜がいるけど、リアラは特に酷いな」


 俺も酷いときは誰とも話したくなくて、少しでも自分が嫌いなタイプの人が目に入ればすぐに避けていた。その時に鏡で見た俺の顔も目も本当に似ている。

 今ではなんとか慣れてきて、作った表情で乗り切ってはいる。だが、リアラの場合は今すぐにでも崩れそうだ。


「……せめて、俺だけでも」


 リアラに優しくできたらと、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る