第21話 ルイザからの手紙

 聖女ユーナ――

 いえ、聖女だったユーナと書いたほうが良いのかしら?


 あなたが教会から消えて、みんな大騒ぎよ。

 置き手紙があったから誘拐ではないとわかったけど、司祭長なんて自分を責めるあまり、役職を降りるとまで言っていたわ。

 結局それはみんなで止めたけど、彼女が先頭に立ってあなたを探している。

 あちこちの町に人探しの依頼をだし、教会を訪れるひとには情報を求め。

 まるで、消えたあなたを見つけだして謝ることが、自分の使命だとでも思っているみたい。


 同僚や後輩たちもそう。

 あなたの姿が消えて、道標を失った気持ちになっているわ。

 努力でも才能でもトップにいたあなたは、それだけでみんなの目標だった。

 すぐに手を抜きたくなる自分を鼓舞するために、誰もがあなたのことを見ていた。

 それなのに不意にいなくなったものだから、なんだか教会の床が柔らかくなったみたいに、みんなふわふわして過ごしている。

 地に足がついていないと言えばいいのかしら。


 アタシ?

 アタシはべつに、ふつうにしている。

 あなたが抜けたぶん、そりゃあ役目は増えた。

 祭事のような目立つことはたいていアタシがやることになったし、忙しいったらありゃしない。

 でも充実しているわ。


 驚いたのは、あなたが裏でこっそりやっていた、後輩育成のほう。

 日替わりのように誰かしらやってきては、「ユーナ先輩の代わりに口頭試験してください」なんて言うんだから、本当に面食らった。

 なんで司祭長から言われてもいないことを、あなたはしていたわけ?

 まあ、理由は聞かないでもわかるけど。

 あなたにとって教会は、競う場じゃなくて、みんなで誰かのためになろうとする場だったのよね。

 自分を高めるのも、まわりを高めるのも、同じこと。

 信じられない。

 いえ、信じられないくらい聖女だわ、あなたは。


 ……ここまで読んで、アタシが近況報告のために手紙を書いたと思った?

 本当はこんなのは前置き。

 なかなか言い出しづらくって。


 覚悟して言うわ。


 誰とは書かないけど、後輩がひとり、耐えきれなくなって司祭長に懺悔した。

 あなたにずっと意地悪をしていたって。

 服を汚したり靴を隠したり、いろいろ、洗いざらい全部を話した。


 あなたは後輩たちに慕われていたから、なんでって思うわよね?

 でも、彼女がアタシを応援してくれていたと聞けば、理由は納得できるのではないかしら。

 そう、彼女はアタシがもっと活躍できるよう、あなたのことを妨害していた。


 そしてここからが本題。


 アタシは、そのことに気づいていた。

 あなたに悪いことが起こるたびに、アタシに有利なことが起こるのだから、さすがに気づく。

 困るあなたを助けようとしながらも、誰かがきっとアタシのためにやっているとわかっていたの。


 だから同罪。

 しかも、あなたがいなくなっても知らない顔をしていたのだから、実際に妨害した子よりも悪質よ。

 すべてを、ただの幸運だと思おうとして罪の意識もなく享受していたのだから。

 この幸運を利用すれば、聖女ユーナより上にゆけると舞いあがっていたの。


 アタシはね、ユーナ、あなたに嫉妬していた。


 あなたは幼いころから強い加護の力があって、それが発覚してからはずっと聖女のなかでいちばんにいた。

 発覚したときのエピソードもすごいわよね。

 よそから招待された領主の息子夫婦の話。

 反乱に巻き込まれた夫婦を苦しみから解放したのも、ひとり息子へと遺した最期の言葉を聞いたのも、たった七歳のあなただった。

 あなたの力がなければ、ただ悲惨なままふたりが亡くなって、招待したティンズリー伯爵は窮地に追い込まれていたと言われているわ。


 知名度も実力も、圧倒的なナンバーワン。

 それなのに謙虚さも兼ね備えていて、自分が有名人ということをまったく鼻にかけない。

 知らないんじゃないかとすら言われている。


 同僚として憧れるのがふつうよね。

 でもアタシは、ずっと悔しかった。

 なんでその位置にいるのがアタシじゃないのかって。


 でも、もうわかったわ。

 懺悔した後輩が罰を受けて、同罪だと思いながらもそれを司祭長に言い出せない自分を見て、思い知った。

 アタシは人のために祈っていない。

 自分のことばっかり考えている。

 穢れた聖女。


 こんなアタシが聖女として、あなたの代わりにいろんな儀式に駆り出されているのよ?

 あなた耐えられる?


 謝ったりなんかしないわ。

 だから断罪しにきて。


 もういちど教会に戻って、アタシを破門させて、そして本物の聖女であるあなたが人びとのために祈って。

 待っているから。


 追伸。

 この手紙を託した彼とは、もう知り合い?

 ムーン商会の社長さん。

 あなたなら大丈夫だとは思うけど、悪人だと誤解しないであげてね。

 商人のほかに慈善事業として、親から虐待を受けている子どもを教会に預けたりしているわ。

 もちろんもう一方の親から依頼されてやっているから、人さらいなんかじゃない。

 アタシもそのひとりだから、よく知っているの。

 本当は高貴な生まれという噂があるけど、自分のことは絶対言わないし、とぼけてばかりのよくわからない人。

 でも信頼はできるから、なにかあったら彼に言いなさい。


 じゃあね。

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