第18話 走る
ユーナは走った。
洞窟を出て、来るときは上流へと遡ってきた川沿いの道を、今度は下流へと全力で走る。
途中で、来た道を外れて獣道に入った。
問題ない。
村のなかを通りたくなかったので、直線的に屋敷をめざしたまでだ。
村には男たちを呼びに行った者がいる。
ユーナが捕まることはないだろうが、会いたくなかったし、なによりこっちのほうが近い。
「あっ!」
一瞬つまずいた。
が、持ちこたえる。
聖女としての日々の鍛錬には足腰を鍛えるものもあったから、きっとそれが助けてくれたのだ。
とにかく走る。
クロードを助けなければ。
丘の上に、屋敷の姿がすこしずつ見えてきた。
こっちから見るとあんなに高台にあったのかと驚く。
冬の厚い雲をバックに、大きくそびえ立っている。
立派な屋敷だ。
クロードと出会った、大切な場所だ。
ずっとそばで彼を助けたいと思っていた。
でもそれも、これで終わり。
きっと終わりになる。
屋敷に着いた。
玄関は壊れているので勝手口にまわる。
クロードに初めて出会ったのは、ここを通ったときだった。
洗濯物を一緒に干したことが忘れられない。
あれからもう、ひと月と一週間が経っている。
廊下でクレアと鉢合わせた。
「どうしたんだい?
そんなに息を切らせて、忘れもの?」
「はい、そうです!
話はあとで!」
それだけ答えて自分の部屋に向かう。
あとがあればいいのだけれど。
部屋に入ってすぐに、目的のものを探す。
あった。
ここに来たときにしまって、ずっとそのまま。
「どうか、よろしくお願いします」
そう祈って、すぐに着替えた。
誰に言ったのだろうとユーナ自身もふしぎだったが、これからすることを思うと、自然と口から出た。
まさしく神頼みだろう。
「よし」
頬を叩いて気合いを入れる。
パンパンと良い音が鳴った。
叩いたところがじんわりと熱くなってくる。
気合い充分。
さあ、行こう。
部屋を出ると、今度はゴールディに見つかった。
結局、彼女のことを「おっかさん」とは呼ばずじまいだった。
カイルやクレアが呼ぶように、一度はそう呼んでみたかったのだけれど。
いま呼んでみようか?
いや、それはさすがに気恥ずかしい。
「あら? ユーナかい?
どうしたんだい、その格好は。
なんだかすごく、さまになってるじゃないか」
「ありがとうございます。
おっか……ゴールディはエプロン姿がいつもすてきです。
わたし行かなきゃだから、またあとで!」
やっぱり呼べなかった。
まあいいか、とすぐに思い直す。
ユーナにとってゴールディはゴールディなのだから、呼び名なんて重要じゃない。
ユーナがゴールディを呼ぶときに感じている温かい気持ちは、クレアたちが彼女をおっかさんと呼ぶときの気持ちときっと同じだ。
小走りで階段を降りて、勝手口を出る。
「待ってて! クロード様!」
息はとうに上がっているはずなのに、彼のもとへと取って返すユーナの足取りは、まるで羽が生えているかのように軽やかだった。
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