第16話 後悔

 村を流れる川を、ユーナは男ふたりとともに上流へと辿る。

 ここのところずっと深刻にしているクロードだけでなく、ムーニーまでいつもの軽薄な調子ではなくなっており、笑顔を絶やさぬよう心がけている彼女もついつい表情が曇る。


 そんな彼らの様子はたちまち村人の目に留まり、病で寝込んでいない女性を中心に何人かが集まってきた。


「やあ、クロード。

 なんだか珍しい取り合わせで歩いてるじゃないか」


 カイルも気づいて寄ってきた。

 最近は祖母の調子が良いため、村のなかをぶらついている彼を見かけることが増えている。


「ちょっと水源を見に行くところさ。

 しばらく行ってなかったからね」

「へえ、水源ってあの鍵のかかってる柵の向こうの?

 おれもついてっていいかな。

 家にいると、婆ちゃんがいろいろと口うるさくって。

 元気がよすぎるのも考えものさ」


 クロードは断る口実を考えていたが、ムーニーやユーナを連れている時点でうまく言いくるめるのは不可能と判断したらしい。

 興味津々のカイルに対し、「いいよ。ただの水源だから面白くもないけどね」と返した。


 ユーナが後ろを見ると、ほかにも何人かがついてきている。

 カイル同様、気になったのだろう。

 こうなってはもう、秘密もなにもあったものではない。


「クロード様、ごめんなさい。

 わたしがついてこなかったら、もっと村を避けて歩けましたよね?

 ちゃんとした道を歩いてくださったせいで、必要以上に目立ってしまいました。

 お爺様の秘密の場所なのに……」

「いや、いいんだ。

 爺ちゃんが秘密にしていたときは、もっと領地も広かったし、警戒すべき相手も多かった。

 いまは村みんなが知り合いだから、大丈夫だ」


 そんな話をしながら二十分ほど歩くと、カイルが言っていた柵が見えてきた。

 川の周囲に苔が増え、水源が近いことを感じさせる。


 だが、ムーニーが指摘した。


「クロードさん、なんだか水が濁ってますよ?

 こりゃあ、おおもとでなにかが起こっている」


 鍵を開けるのももどかしかったが、洞窟の入り口にある柵自体も長く動かしていなかったらしく、なかなか開いてくれない。

 カイルを含めた四人で引っ張り、どうにか人が通れるくらいに開くことができた。


「みんな、手伝ってくれてありがとう。

 ぼくひとりで来ていたら、ここで引き返すことになっていたかもしれない」

「おい、律儀なことを言ってる場合か。

 先を急ぐぞ、クロード」

「ああ」


 カイルに促されて走る。

 洞窟の入り口から水源までは、ほんの数分だった。

 そこは開けた大きな空洞になっていて、浅い湖のような水辺が広がっている。


 水の反射で濡れた苔が青く光り、神秘的な光景が味わえる場所だったのだろう。

 ……本来であれば。


「なんだ……これは……」


 クロードが絶句する。

 湖の色がおかしい。

 水辺に生えている苔のほとんどが、その身を茶色く変色させていた。


 青い顔で口を押さえるユーナの横で、ムーニーが「ちょいと失礼」と断り、その苔をひとつまみ拾う。

 じっと見つめたりにおいを嗅いだりして確認すると、


「これは死にかけですね。

 きっと一部の苔が病気にでもなったんでしょう。

 そこからどんどん広がって、この湖の大部分が侵食されてしまっている。

 こいつは、もう水源としては使えねえ」


 無情にも、そう断言した。

 クロードが地面を叩いて悔やむ。


「こんな……こんなことになっているなんて……。

 生のままで飲める、自慢の水源だったんだ。

 畑仕事で生水をたくさん飲んだ男たちから倒れた時点で、すぐに思い当たるべきだった。

 いや、ぼくがちゃんとここを見回っていれば、死んだ苔をすぐに取り除いて広がるのを防げたにちがいない。

 これは、この事態は、ぼくのせいだ!」

「クロードさん、後悔はあとにしましょうや。

 いまは一刻もはやく、村に知らせねえと」


 ムーニーはそう言うと、後ろについてきていた女たちに呼びかけた。


「あんたたち!

 すぐに村のみんなに伝えてくれ!

 この川の水はダメだ。

 飲むのも、料理に使うのもいけねえ。

 ちょいと大変だが、使うならガヴァルダ屋敷の裏山から汲んできて使ってくれ」


 途端に、女たちが騒がしくなる。

 大変だ大変だとわめく者、なんて水を夫に飲ませてしまったと悔やむ者、裏山は遠すぎると文句をいう者、湖の惨状に絶望して泣く者。

 そして――


「領主の坊っちゃん、あんた本当に知らなかったのかい。

 ここまで放置するなんてありえないだろ。

 これってもしかして……口減らしなんじゃないのか?」


 そんなことを言いだす者まで現れた。

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