第15話 呪い

 出稼ぎの季節がやってきた。

 旅立つ男たちを妻と子どもが涙ながらに見送り、寂しさの向こうに豊かな春があることを願う季節である。


 だが、男たちの不調は快復していなかった。


 クロードが町から医者を呼んで診察を受けさせても、原因が一向にはっきりしない。

 栄養も休養も問題ないはずなのに、あばらが浮くほどに体重が減り、咳が止まらないのだ。


 出稼ぎの出発が一週遅れ、二週遅れる。

 そんなうちに、ムーニーの来訪日が再び巡ってきた。


 寝不足でうとうとしているクロードに代わってユーナが出迎えに現れると、それを見た商売人はすぐに異変を察した。


「なにかありましたね?

 村の雰囲気も暗いし、どうもへんだ」


 ユーナが、謎の病で出稼ぎに送り出せないという事情をかいつまんで説明する。

 すると、ムーニーは細い目をさらに細くして首をひねった。


「はて……?

 伝染病という話はとんと聞かないし、あっしが回っているほかの村では、物はなくても人は元気にしている。

 この村だけの、局所的な問題か」


 これはもしかすると『呪い』かもしれませんねえ、とムーニーはいやな顔をした。

 ユーナは教会の説話のような彼の発言に驚く。


「の、呪いですか?

 誰かが悪事をはたらいて、神様から罰を?」

「ああいや、そういうのじゃなくてね。

 昔の有力者というのは、秘密主義だったんだ。

 情報は宝だから、たとえばすごい薬草が生えている水辺とか金が掘れる洞穴なんてのを、みんなに隠していた。

 で、秘密なもんだから、そこが原因となってなにか災厄が起こったとき、呪いと言ってごまかすしかない。

 ごまかしているうちに秘密を知る有力者が亡くなって、そこには呪いだけが残る。

 これがあっしのいう、『呪い』の仕組みだ。

 これはいろんな村を見て回っているあっしの勘だが――クロードさんになにか先代から聞いてないか確認してみるといい」

「は、はい!」


 屋敷に戻ったユーナが声をかけると、クロードはすぐに目を覚まして表に出てきた。

 心労で気の毒なくらいに目の下が黒くなっている。


「遅れてすまない。

 最近どうも夜が眠れなくてね。

 ……まあそれはいいとして、ユーナから聞いたが、この村に秘密の場所がないかだって?」

「ええ、そうです。

 あの先代なら、抜かりなく伝えてると思うんですが。

 鉱山の毒が地面を通って井戸の水に染みるなんて話もあるし、秘密についてはここだけの話にしておきますから――」


 と、そこで、クロードがなにかを思い出した。


「そうか、水か!

 いや、ここらへんはみんな貧しくて井戸なんて掘っていない。

 うちにあった唯一の井戸すらとうに枯れてるほどだ。

 でも、水というのは大当たりかもしれないぞ。

 ユーナ、この屋敷の水はどこから運んでいるか知っているね?」

「はい、裏山の川です。

 今朝もクレアとふたりで往復してきました」


 すぐに答えたユーナに、クロードはうなずく。


「そうだ。

 この屋敷は高台にあって、裏山が近いからそうしている。

 でも、村のみんなは違う。

 こんな遠くまでいちいち来られない彼らは、低い場所を流れている別の川の水で生活をしているんだ。

 そしてその川の水源となっている洞窟は、ガヴァルダ家の管理下にある。

 つまり、立ち入り禁止だ」


 立ち入り禁止の水源洞窟。

 まさにそれは、ムーニーのいう秘密の場所かもしれない。


「クロードさん、最近そこに入りましたか?」

「いや、たまに見回るように言われてはいたが、雑事にかまけてすっかり忘れていた。

 だが、おまえが言うような金脈なんかがあるわけではないんだぞ?

 本当にただの湧き水があるだけなんだ。

 立ち入り禁止にしているのは、万が一そこが汚れるようなことがあれば、村全体に影響がでてしまうからにすぎない」

「村全体に影響、でていますねえ」

「……ああ」


 クロードはすぐに部屋へと取って返し、祖父から託された洞窟の鍵を持ってきた。

 ムーニーとふたりで向かおうとする彼に、ユーナが自分もついて行っていいかと訊く。

 好奇心ではなく、役に立ちたいという思いだった。

 その洞窟でなにかができるとは思えないが、クロードがショックを受けるようなことが起こるなら、そのときはそばにいてあげたい。


 その思いが彼女の表情から伝わったのだろう。

 クロードはすこし悩んだが、「わかった、一緒に行こう」と言ってくれた。


「クロードさん、はやく行きましょうや。

 部下たちを待たすことになるが、なあに、ちっとくらい構いやしません。

 この村の一大事なんですから。

 それで、その水源はどっちなんですか?」

「すこし歩く。

 ぼくについてきてくれ」


 こうしてユーナたちは、村の命ともいえる水源洞窟へと、不安な思いを抱えて向かっていった。

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