第13話 母の胸

 あの夕食から、ユーナはクロードとの距離が縮まったことを実感していた。

 頼まれごとが多くなったのは、屋敷で働いて半月が経過し、仕事に慣れてきたせいもあるだろう。

 でも彼が村を回るときにお供として呼ぶようになったのは、まるで自慢の村を見せてくれているようで、とても嬉しい気持ちだった。


「冬は出稼ぎの季節だからね。

 男連中とはしばらく会えなくなるから、できるだけ声をかけて励ましておきたいんだ」

「出稼ぎって、町にですか?」

「そうだ。

 いつもの年なら、畑仕事から解放されて町でのいっときの独身生活を楽しむ男たちも多いが、ことしはそんな気楽な出稼ぎとはいかないのが申し訳ないところさ。

 炭鉱に行ったりして、畑で働くよりもよっぼどの重労働になることだろう」


 なるほど、とユーナは思った。

 これがクロードの考えている返済プランなのだ。


 春までには、と彼はテオに語っていた。

 つまり、不作の影響を受けない冬の出稼ぎで外貨を稼いできてもらい、そこから金銭で年貢を徴収して返済に回すという計画だろう。

 たしかにそれなら確実性が高い。


 明るい未来が見えた気がして、クロードのあとをついて歩くユーナの足取りは急に軽くなった。


「こら、出稼ぎに向かう連中は、奥さんや子どもを家に残していくんだよ。

 そんなにはしゃいでいたらへんに思われる」

「はーい。

 でもなんか、楽しくって。

 クロード様って、すてきな領主ですね」

「なんだよ急に」

「急にじゃありません、最初からです」


 だが、そんな膨らんだ気持ちも、ひとつひとつの家を訪問するたびに、しだいにしぼんでいくことになった。


 笑顔を絶やさずにクロードのうしろに立っていた彼女だったが、最初の日に泊めてくれたおじさんの顔を見たときに、ついに口に出した。


「え、おじさま……ご病気ですか?」


 日焼けした顔は顔色を隠してはいたが、その頬は痩せ、頬骨が浮き出ていたのだ。

 明らかにあのときとは様子が異なる。

 これまでの男たちもどことなく痩せていたが、見知ったおじさんを見てユーナははっきりと違和感をおぼえた。


 おじさんは咳き込みながら、無理に作った笑顔で答える。


「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。

 こんなものは病気のうちに入らん。

 ことしは畑で頑張りすぎたのが、いまになって出ているのかもしれない。

 お天道様の熱でぶっ倒れたりせんよう、水だけは毎日ガバガバ飲んでいたんだが。

 品種を変えたり土を変えたり、何度も試行錯誤していたからなあ」

「そんな……。

 ゆっくり休んでください」

「そうもいかんさ。

 来週には町に出なきゃならんからな。

 まあこんなのは、かあちゃんの顔見てたらあっちゅーまに治る。

 男にとって、女ってのはそういうものなんだ。

 なあ、クロードの坊主もわかるだろう?」


 不意に話を振られたクロードは、考え込んでいたせいもあるのか、らしくもなくどぎまぎした。


「わ、わかるってなんだい」

「とぼけんじゃねえやい。

 この嬢ちゃん、お気に入りなんだろ?

 見せびらかしにくるなんてよっぽどだ」

「お、おい、なんだそれは。

 ユーナは、その……ぼくのことを心配してくれて。

 だから安心させようと思って村を見せてるんだ。

 彼女は母のような、慈愛の心でぼくに接しているんだから、へんな詮索はやめてくれ」


 真っ赤になるクロードがよほど珍しかったらしい。

 おじさんはさらにからかって、


「ほう、母のようなとはすごいね。

 そういや坊主のかあちゃんも、この嬢ちゃんみたいな胸をなさっていたもんなあ。

 慈愛とやらでなにをしてもらってんだか――あいたッ!」


 奥さんが背後からおじさんの頭を叩いた。

 よほど強く叩いたらしく、イテテと痛がるおじさんに、さらに怒鳴り声が飛ぶ。


「そんだけ元気なら今すぐ出稼ぎに出てもらおうかねえ!

 具合が悪いってんで甘やかしてたら、とんだクズ野郎になったもんだ。

 ……お嬢ちゃん、ごめんね。

 最近ずっと伏せっていたもんだから、むしゃくしゃしてんのさ」

「いえ、気にしていませんから。

 クロード様のお役に立つなら、わたしの胸の脂肪も邪魔なだけじゃなかったことになります」


 おまえまで馬鹿なことを言うな、とクロードがユーナを叱りつけ、全員が笑ってその家をあとにした。

 歩きながらユーナが口をとがらせる。


「馬鹿なことですか?

 これ本当に、暑いし重いばっかりで、なにかの役に立たないとわたし報われないと思っています」

「掴んでみせなくていい!

 母を引き合いに出して悪かったよ。

 本当は聖女みたいって言いたかったんだが、これをいうとユーナはへんな顔をするから、いやかと思って」

「え?」


 そんなふうに思われていたとは意外だ。

 いつからだろう。

 たしかに、初対面のときに言われたし、その後も夕食のときにゴールディから何度か言われたことがあった。

 そのたびに内心ドキッとしていたが、まさか顔に出ていたなんて。


 元聖女ということを明かしてしまおうか。

 教会に知らされたり、そうでなくとも特別な目で見られたりするのを避けたくて隠すことにしていたのだが。

 クロードたちなら、そんな必要はない。


 でももし、屋敷に出入りする者に知れたら、そのときはどうなるかわからない。

 とくにあの、ムーニーには知られたくなかった。


「今日はここで最後にしよう。

 だいぶ日も落ちてきた」


 ユーナが迷っているうちに、ふたりは見回りの最後となるカイルの家に着いていた。

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