第12話 領主のたまご
話し合いは終わった。
テオと金貸しの男が書類をいくつかやり取りし、クロードの借金は言葉どおりにテオが肩代わりしたようだ。
「それでは、冬が明けたらまた来よう。
同じ領主の卵として、あなたの信念が実を結ぶことを願っているよ」
「はい、必ず」
テオとクロードがうなずき合い、自分の領地へと帰るために、ユーナが立っている扉のほうに近寄ってきた。
と、そこで、
「ん……? きみは……」
テオがユーナをじっと見ている。
話を聞いていたのがまずかったのかと思い、慌てて謝ろうとすると、彼は片手でそれを制し、
「ああいや、謝らなくていい。
こちらこそ見つめてしまってすまない。
使用人にそんな心配そうな表情をしてもらえるなんて、クロードはやはり違うなと思ったんだ。
私がもし誰かにやり込められていたら、うちの使用人は笑いをこらえるのに苦労するだろうからね」
冗談をいって、自分で笑いながら帰っていった。
テオ・ティンズリー。
圧倒的な支配力を誇るティンズリー伯爵の息子だというが、ユーナには彼のことが、理想をつらぬくクロードを厳しい目で見守る兄のように思えていた。
立場も意見も違うが、敵ではないようだった。
「借金……大丈夫よね」
ユーナは胸を撫でおろす。
話し合いは、当初彼女が想像していたような、激しい借金の取り立てではなかった。
全額返済ではなく、春までにすこしでも返せるようになればいいらしい。
もし返せなければ自治権を失うのかもれないが、クロードも力強くうなずいていたし、きっとそれくらいの見通しは立っているに違いない。
――が、
夕食の時間になり、四人でテーブルを囲んだときの彼は、思いのほか暗かった。
「坊や、今日は疲れたかい?
あの伯爵の息子さんだ、それはそれはすごい威圧感だったろう?」
「はは、そうでもないよゴールディ。
こっちだって、あの偉大な爺ちゃんの孫なんだ。
負けてなんかないね」
「そりゃ頼もしい」
いつもどおりの大笑いをするゴールディだったが、クロードの表情は固く、やりとりもぎこちない。
クレアもそれに気づいたのだろう、軽くため息をついて彼にいう。
「坊っちゃん、ここにはあんたを馬鹿にするやつはひとりもいないから、気を張ることはないよ。
弱音を吐いたって構わないさ。
先代とか伯爵とか関係なく、あいつを見て、自分がまだ子どもだって思ったんじゃないかい?」
優しい言葉だ。
いつもは男の悪口ばかり言っている彼女だが、クロードに対しては姉のように気遣っている。
普段から家族といってくれているクロードの言葉に応えているのだろう。
温かい気持ちになって眺めているユーナの視線に、クロードが気づいた。
「ほら、クレアがそんなこというから、ユーナまでぼくを子どもを見るような目で見ている。
ふたりして、なんだよもう。
そりゃあぼくは若いけど、でも、領主なんだ。
もっと敬意をもって接してもらいたいもんだね」
「あはは、調子が出てきたじゃないか。
そうだね、坊っちゃんはそのくらいがいい。
さあ領主サマ、冷めないうちにおっかさんの手料理を腹いっぱい食べさせてもらいな」
クレアが手を叩いて笑う。
クロードもつられて苦笑していると、ゴールディが厨房から新しい料理を持ってきた。
ここでは初めて目にする、卵の料理だ。
量はすくないが、ふわっとしたスクランブルエッグが皿に盛られている。
「坊や、今日は頑張ったから特別だ。
昔っからこれが好物だろう?」
「え、うちのニワトリが卵を産んだのか?
だったらカイルの婆ちゃんのところに――」
「ちゃんと持っていったさ。
分けても余ったからあんたに出すんだ。
ほら、遠慮せずお食べ」
勧めるゴールディに、クロードは「ほらまた子ども扱いする」と頬を膨らませた。
「頑張っているのはぼくだけじゃない。
領主はちゃんと見ているぞ?
その卵は、三人で食べてくれ」
皿をユーナのほうへと押してきた。
クレアを見ると、やれやれというジェスチャーをしている。
「しかたないですね。
それではわたしが……えいっ」
ユーナはスプーンでその料理をひとさじ掬って、油断しているクロードの口に入れた。
驚いた彼は、目を白黒させながら咀嚼する。
「な、なにするんだよ、ユーナ!
ぼくじゃなくてきみが食べてくれ」
「美味しかったでしょう?
次いきますから、お口を開けてくださいね。
はい、あーん」
母親のように食べさせる彼女と、文句を言いながらそれを頬張るクロード。
ふたりを眺めるゴールディとクレアの目は、とても温かいものだった。
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