第11話 罪滅ぼし
「いまギブアップしても、天国のお爺様は咎めることはないと思うがね。
それどころか、このご時世によく踏ん張ったと、あなたを褒めてくださるだろう。
どうかね?
我がティンズリー家にこの村の統治を譲らないか?」
「何度でも言うが、それは絶対にない。
金ならもうすこし待ってくれ。
返せないと言っているわけじゃないんだから」
応接室のなかは、話し合いの真っ最中だった。
ユーナは笑顔を崩さないで済むよう、耳から入ってくる言葉をできるかぎり理解しないように努めつつ、彼らに紅茶を淹れる。
彼女が出した紅茶をひと口飲んで、金貸しの男が取りなすようにいう。
「クロードさん、テオ・ティンズリー氏はなにも、あなたのところの領民を取って食おうとしているわけじゃないんですよ。
彼らだって、領主が借金して食べさせてくれるよりも、蓄えから分けてもらうほうが気が楽です。
こういう非常時こそ、領主の豊かさが重要になるのだと、あなたも痛感していらっしゃるでしょう?」
「その豊かさは、領民から巻き上げたものだ。
もともと彼らから無理やり取り立てたものを、分け与えてありがたがれだなんて、どうかしている。
ぼくはそんなやりかたをしたくない。
そんなことをしているから……反乱が起きるんだ!」
クロードが珍しく語気を荒らげた。
反乱――
最後に起こったのは、もう十年もまえになる。
ティンズリー伯爵領の首都を中心に、しいたげられていた領民たちが、多くの地で蜂起した。
反乱はまもなく軍によって鎮圧されたが、すでに教会で暮らしていた当時七歳のユーナは、医師の手に負えない重傷者たちが教会で最期のときを過ごすのを目にした。
力の弱い現代の聖女たちの加護ではどうにもできないが、せめて神様のそばに行きたいという願いから、聖女に囲まれて召されるために教会へとやってくるのだ。
ユーナが加護の力を発揮したのも、そのときが最初だった。
目のまえで苦しむ貴族の夫婦を放ってはおけず、見よう見まねで詠唱したところ、まばゆいほどの光が彼らの身体を包んだ。
傷は深刻でどうしようもなかったが、痛みや苦しみから解放されたことは、夫婦の安らかな死に顔からも明らかだった。
ユーナは、給仕が終わってからも退室せず、応接室の扉のそばで控えていた。
聞きたくない言葉が飛び交っている。
でも、ここで部屋から出ることは、クロードの信念に背を向けることのように彼女には感じられた。
クロードは彼らに――主に、テオ・ティンズリーと呼ばれたティンズリー伯爵の息子に熱弁している。
いかに搾取が愚かであるか。
反乱という手段を取らざるをえなかった領民の苦しみが、いかに大きかったか。
そして、広大な領地をもつティンズリーに任せると、この村の人びとの心がないがしろにされると彼は主張した。
金貸しの男は反論せず、テオの反応を窺っている。
この場は借金の連帯保証人となっている、テオの判断に委ねられるようだ。
クロードの話を腕を組んで黙って聞いていた彼は、やがてゆっくりと口を開いた。
「クロード、あなたが引けない事情は、よくわかっているつもりだ。
我が領地の反乱にご両親が巻き込まれたことは、私としても痛恨の極みだ。
領民の心に寄り添っていなかった結果と言われれば、反論する余地はないだろう」
ユーナの肩が驚きで揺れる。
クロードが両親を亡くしたのは、反乱が原因……?
「あなたのご両親を招待した立場である父のことを、先代のお爺様は責めなかった。
息子夫婦を失った悲しみは計りしれないだろうに、あのかたはただ、『反乱は領民の声だ』とだけおっしゃった。
父は気づかされたそうだよ、おのれの過ちに。
以来、我が領地では、税制を大きく改めた。
あなたが言うように、領民ひとりひとりから声を聞くのはたしかに難しい。
だが、弱き者を苦しめることがないよう、収入の変化や物価の上下に応じて税率を柔軟に変動させることにしたんだ。
ここ十年の平和は、その結果だと考えている」
静かに語るテオに、クロードが目を伏せた。
相手の言うことが間違っているとは、思えなかったのかもしれない。
何度も唾を飲み込んだ彼は、酸欠にでもなったように、苦しげに言葉をしぼりだした。
「……まだ、望みはあるんだ。
春まで、春まで待ってほしい」
「待つのは構わない。
金はティンズリーが肩代わりするから、金貸しに追われることにもならない。
だが、これでもう保証人という間接的な形ではなく、ティンズリーに直接借りを作ったことになると理解してほしい」
「わかった。
春には必ず……全額を返す」
苦しみながらなんとか言ったクロードに、テオは首を振る。
「全額を、なんて無理な約束はしなくていい。
未来がある領主だと示してくれたら、それでいいんだ。
赤字しかない現状を春までに改善してくれ。
ほかから借金せずにすこしでも返してくれたら、喜んで自治を認めよう。
それが我がティンズリー家からあなたへの罪滅ぼしだし、お爺様への感謝のしるしでもある」
「ありがとう……ございます」
かなりの譲歩を得たクロードが、深々と頭を下げた。
話し合いの着地点としては、悪くないもののように思える。
だが固唾を飲んで見守っていたユーナの目には、彼がいつもよりさらに小さい、不安に震える幼い子どものように見えていた。
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