第8話 しあわせな村

 ユーナがホールを覗くと、そこには大量の木箱が並べられていた。


「え……これが全部、食べもの?」


 三十個以上もの箱に、それぞれジャガイモやトウモロコシなど、かなりの量の野菜が詰めてある。

 とてもこの屋敷で消費できる量ではない。

 ムーニーは月イチで売りにきているようなことを言っていたが、たとえ一年あっても食べきれないだろう。


 どうするのか気になって、隙を見てクロードに尋ねる。


「クロード様、この食糧はどうなさるのですか?」

「ああ、ユーナ、きみは初めてか。

 これは村の人びとへ配る食糧だよ。

 ことしは本当に不作が続いていてね。

 夏ごろまではすこし助ける程度だったんだが、今月はついにこの量にまでなってしまった。

 ムーニーも、これだけのものを確保するのはひと苦労だったろう?」


 クロードが労うと、行商人は「それはもうあちこちを回りました」と得意げに応じ、さまざまな産地の名前を挙げてみせた。


 ユーナは、最初の日に泊めてくれたおじさんの言葉を思い出していた。

 あのとき彼はたしか、「ひもじい連中には食べものを分けている」と話していたはずだ。

 てっきり炊き出しのようなものを想像していたのだが、まさかここまで手厚いものだったとは。

 お金がないといっては屋敷のいたるところが放置されているのに、いったい、この費用はどこから捻出しているのだろう。


 不安に思う彼女をよそに、クロードは木箱のひとつひとつを回り、ムーニーに指示を出している。


「こちらの家は、秋の作物も全滅だった。

 きっと落ち込んでいるから果物も頼む」


「ここは奥さんがすこし欲っかきでね。

 悪いひとじゃないんだが、不満に思うとよくない。

 ジャガイモを大きめのやつにして、渡すときにはぼくが特別に選んだと伝えておいてくれ」


「この家の旦那は食が細くて、先月のがまだ残っていると言っていたな。

 新しいのを渡して、古いのはうちで引き取りたい」


 クロードの指示はとても細かい。

 まさか、村のすべての家の事情を把握しているのだろうか。

 山あいの小さな村とはいえ、この箱と同じ、三十世帯はあるはずだ。


「はい、これで全部ですかね?

 先月も言いましたが、この村はあなたが領主で幸せです。

 ここまで思ってくれるかたはそういません」


 すべての要望に応えるムーニーも大変だろう。

 だが彼は、文句を言わずにクロードを褒めるだけだった。

 商売人として、これだけのものを買ってくれる上客に悪い印象は絶対に与えたくないのかもしれない。


 仕分けが終わった箱を、下男たちが今度は屋敷の外へと運び出した。

 クロードの指示に従って、各家庭への配達が始まるのだ。


「それでは精算に入りましょう」


 最後にムーニーは、今回の費用をクロードに告げた。

 ユーナには、目が飛び出るほどの金額だった。


「ふむ、先月よりだいぶ高いな。

 ジャガイモはひとついくらだ?」

「どこも不作が続いておりまして――」


 ムーニーが口にした金額に、ユーナは驚いた。

 彼女も教会で生活するなかで市場での買い物を任されることがあり、野菜のだいたいの価格は知っている。

 彼がクロードに請求したのは、その値段の、五倍以上の金額だった。


 詐欺なのではないだろうか?

 そんな考えがユーナの頭をよぎる。


 だが、この家の当主であるクロードは、値切ることなく料金を支払った。


「いつも本当に助かっている。

 この村を飢えさせるわけにはいかないんだ」

「ありがとうございます。

 あっしもできるかぎり、お手伝いさせていただきますよ」


 ふたりには信頼関係があるようだ。

 新入りの彼女が余計な口を挟んで、そこに亀裂を生むことがあってはいけないように思われた。


 固い握手を交わして去ってゆく行商人の背中を、ユーナは忸怩たる思いで見つめるほかなかった。

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