第7話 ムーニー来訪

 ガヴァルダ屋敷にユーナが来て、一週間が経った。


 彼女が加わったことで、単純に人手が増えたというだけでなく、屋敷のさまざまなことが改善されていた。

 なかでも水汲みの効率化は影響が大きかった。

 川へと続く道にあった邪魔な石ころをどかし、屋敷の納屋で埃をかぶっていた荷車を通れるようにしたのだ。

 水を汲む容器も、使っていた甕だけでなく、ほうぼうから大小さまざまなものをかき集めて、一度の往復で二日ぶんほどの水を確保できるようになった。


 これに大喜びしたのがゴールディだ。

 彼女は腰を悪くしていることもあって、水汲みの当番をできない日が多い。

 なのに炊事場を担当しているものだから、新鮮な水を必要とすることが多く、これまで遠慮がちに使っていたらしい。


「よく洗えるからなんでも皮ごと出せるよ」


 そう喜ぶゴールディに、「おまえのおやつが減っちゃうね」と軽口を叩いて頬をつねられたクロードの顔は傑作だった。


 それからもうひとつユーナによる大きな変化は、これは効率化とは逆なのかもしれないが、食堂の復活だった。

 先代であるクロードの祖父が健在だったころに使われていた家族の食事のための部屋を、きれいに掃除し、また使えるようにした。


 ユーナは「食事は広いところで楽しく」とみなを説得して、いつしか厨房のテーブルでそれぞれが済ませるようになっていた食事を、屋敷の四人で料理を囲む、家族の時間に変化させた。


 これも料理をふるまうゴールディをたいそう喜ばせたものだが、意外なことに、いちばん喜んだのはクレアのほうだった。


 掃除担当として屋敷のあちこちを日々見ている彼女は、クロードに伝えたいことがたくさんあったらしい。

 修繕が必要なものは声をかけて伝えられても、調度品の配置や季節に応じたカーテンの色替えなど、黙っていても誰も困らないレベルのことは腹のなかに飲み込んできたようだった。


「あんたやるね。

 そこまでやり手なら、いままで寄ってきた男もこてんぱんにして追い返しただろうね」


 男嫌いのクレアからの賛辞は特殊だった。

 彼女にとって男とは厄介ごととイコールらしい。

 物心ついてから教会で過ごしてきたユーナは男のことはまるで知らないが、クレアがそうやって認めてくれるのは嬉しかった。


 そうしてユーナがあっというまに屋敷になじんだ、一週間めのその日。

 ガヴァルダ屋敷に、彼女にとって初めての来訪者がきた。


「ちわっすー。

 今月も貴重な食べ物、たんまり持ってきましたよ」


 にこにこと愛想のいい、糸目の行商人だ。

 下男たちと大きな荷馬車に乗って、ふたつ隣の町から食糧を売りにきたそうだ。


「ああ、助かるよ。

 分けるから、いつものようにホールに来てくれ」

「あいー」


 彼の来訪は予定されていたのだろう。

 昨日、クロードはクレアに命じて、かつてダンスホールとして使われていた、この屋敷でもっとも広い部屋を掃除してあった。

 ユーナも手伝ったので、クレアが心底嫌そうな口調で「明日は一階に降りないよ」と彼に伝えていたのを知っている。

 やっぱりカイル以外の男性は苦手なのだ。


「おや、あんた、新顔さんかい?」

「はい。

 先週からここで働かせていただいている、ユーナと申します」


 食糧の入った木箱を下男たちに運ばせているあいだに、行商人の男が彼女に近寄ってきた。

 腰は低いが抜け目のない、いかにも商売人という雰囲気がある。

 聖女として各地で儀式をして回るときにも、こういった人間は見かけることがあった。


「あっしはムーニーと呼ばれている、しがない物売りだよ。

 しかしびっくりした。

 この屋敷に、新しい使用人が増えるだなんて」

「そうなんですか?」

「ああ、減ることはあっても増えることなんてもうないと思っていたんだ。

 あんたは知らないだろうけど、ここには数年前まで、両の手じゃ足りないほどの使用人がいたんだからね」


 それは初耳だ。

 数年前というと、先代が健在だったころ。

 大きい屋敷だとは思っていたが、領主としての力もいまとはだいぶ規模が違ったらしい。

 ここまで衰退したのは食糧難のせいか、代替わりしたせいか……。


 ユーナが考え込んでいると、ムーニーはその沈黙をどう受け取ったのか、


「まあ、あんたなら、ここが潰れても食うには困らないって。

 町には美人好きが多いから、なにかあったらあっしに相談しておくれ。

 本当に、あんたほどの上玉は、粒ぞろいの聖女様のなかにだってそうそういない」

「えっ……」


 ドキッとした。

 でも、聖女だったことを知っているわけではなさそうだ。

 ただの一般論として、聖女を引き合いに出しただけだろう。

 ユーナはそう見られるのが好きではないが、加護の力を強めるべく清楚でひたむきに修練に励んでいる聖女たちは、男たちからよくない視線を浴びることが多い。

 悪い男に騙されて、破門された同僚を見たことがあるほどだった。


「ありがとうございます。

 でもわたしは、ここが大好きだから……」

「そうかい?

 へへ、そうはいっても限界はあると思うがね。

 まあ、あっしは商売人ですから。

 買ってくださるあいだは、お得意様ですとも」


 ムーニーはにやりと笑うと、クロードに呼ばれてホールのほうへと消えていった。

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