第9話 クレアとカイル

 翌日ユーナは、一緒に掃除をしているクレアにそれとなく話を振ってみた。


 ムーニーの名前を出すと、彼女は「ああ、あのキツネ男ね」と露骨にいやな顔を見せた。


「あいつ、女衒みたいなことをしているって噂があるよ。

 行商のついでに貧しい家の娘を買ってくとか。

 まあ、聞いたのはあたしが町にいたときだからだいぶ昔だし、本当かどうかはわからないけど、あたしはとにかくあいつの細い目が嫌いでね。

 品定めされているみたいで背筋が寒くなるんだ」


 彼女の男性評は、そもそもが辛辣だ。

 だがそれを差し引いても、ムーニーのことは信用できないようにユーナには感じられた。

 実際、ユーナ自身も、彼からあやしげな勧誘を受けたということもある。


「でも、クロード様は信頼なさっているみたいです」

「信頼ねえ……。

 坊っちゃんは、人を見た目や噂で判断しないから、もしかすると本質が見えているのかもしれないけど。

 詐欺なんかには一度遭わないと気づかないタイプでもあるね」

「そうですか……」


 不安は膨らむばかりだ。

 来月またムーニーが来るまでに、クロードと話をしておいたほうがいいだろう。


 そんなことを考えながら掃き掃除をしていると、


「やあ、ちゃんと働いているようで感心かんしん。

 話はクロードからもいろいろ聞いているよ。

 紹介したおれも鼻が高いってもんさ」

「カイル!」


 きっと上の空だったのだろう、いつのまにか同じ部屋にカイルがいた。

 クロードに会うついでに、ユーナたちの様子も見にきてくれたらしい。


「クレアからいろいろ教わって、この屋敷の掃除にも慣れてきたところです。

 彼女すごいんですよ、この広い屋敷をひとりで掃除するために、細かい優先順位とか急ぎのときに手早く済ますやりかたとか、自分で考えていて……って、あれ? クレア?」


 さっきまで近くにいた彼女がいない。

 探すと、部屋の反対側の隅にしゃがみ込んで、燭台の裏のほうを拭いている。

 あそこはたまにでいい、とさっき自分で言っていたのに。


「どうしたのかしら。

 カイルあなた、クレアとは仲良しなんじゃないんですか?」

「え? それ本人が言ってたのかい?

 いつもあんな感じだから、おれは嫌われてると思って遠くから話しかけてるよ。

 おーい!

 クレアもいつも頑張ってて偉いねー!」


 大きな声で呼びかけると、クレアは燭台からすこし顔を見せて、うんうん、と彼にうなずいた。

 思わずユーナは頬が緩んでしまい、カイルに耳打ちする。


「カイルあなた、嫌われてなんかいませんよ。

 あんなクレア見たことありませんから」

「そうかなー?

 本当にそうなら嬉しいんだけど。

 ……まあ、今日はクロードに食糧の礼を言いにきただけだから、これでおいとまするよ。

 婆ちゃんに水汲んで帰らないといけないし」

「あ、食糧って」


 クロードに頼まれてムーニーが配ったものだ。

 カイルはあの行商人をどう見ているのか、ユーナはすこし気になり、


「ムーニーさんってご存じですか?」

「ムーニー? ああ、ムーン商会の旦那ね。

 なんでも先代に助けてもらったことがあるそうで、それ以来こことは懇意なんだ。

 クロードの無理な依頼にも、いやな顔ひとつせず応じてくれている。

 昨日、村に配っているときだって、ひとりひとりの顔色から栄養状態を見て、追加料金も取らずに多く渡したりしていたみたいだし。

 クロードの手が回らないところをカバーしようとしてくれている、いいやつだと思う。

 あいつがどうかしたのかい?」

「あ……ええと」


 意外な高評価をまえに、ユーナは言い淀む。

 それをどう受け取ったのか、カイルは訳知り顔でうなずき、


「なるほどね、あの男に誘われたんだろう?

 商売人の悪い癖で、どうしても先を読んでしまうんだな。

 ここが長くないとわかっているから、働いている者の行く末が心配なんだ。

 ……あ、これ、クロードには言うなよ?

 あいつは必死でどうにかしようともがいているし、おれもこのまま村が続くことを願っている」

「……はい」


 たぶんクロードにいちばん近い彼が、この屋敷を「長くない」と言った。

 そのことがショックで、ユーナはそれからなにも言えなくなり、手を振って帰るカイルにただ頭を下げて見送るだけだった。

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