第5話 ガヴァルダ屋敷の人びと

 勝手口から屋敷に入ると、そこでまず、廊下を掃除している細身の女性を紹介された。


「彼女はクレア。

 掃除と、あと縫い物が得意だ。

 破れたりほつれたりした服をきれいに直してくれるから、長く使えてとても助かっている」

「クロード坊っちゃんがおとなしくしていてくれたら、もっと長持ちするんだけどね。

 ほらズボンの裾、またほつれてる」

「あとでお願いするよ。

 こちら、今日からここで働くユーナだ」


 深々と頭を下げるユーナに、クレアは軽くぺこりとおじぎした。

 そばかすとおさげにした茶色い髪が似合う、素朴な女性だ。

 化粧っ気はないがまだ若い。

 きっとハタチそこそこだろう。


「あんた、美人だしとんでもない胸をしているね。

 男がほうっておかないだろう?

 男って連中は本当にケダモノだから、くれぐれも気をつけるんだよ」

「は、はい。ありがとうございます」


 思わず自分の胸を気にしてしまう。

 とんでもない……。

 たしかに言われることは多いが、まるで狼に狙われる子羊のように忠告を受けたのは初めてだった。


 挨拶を終えて離れてから、クロードがそっと耳打ちする。


「クレアは昔、町で厄介な男に惚れられてね。

 泣きながら逃げてきたところを、爺ちゃんがここに保護したんだ。

 以来、男嫌いで有名さ。

 彼女が話せるのは、ぼくとカイルくらいかな。

 もしほかの男が彼女に近寄ったら、すぐに助けてやってくれ」

「わかりました。

 そういうのは得意ですから」

「はは、頼もしいね」


 クロードがどう受け取ったかわからないが、ユーナは本当にそういった女性のケアには慣れていた。

 教会には駆け込み寺のような側面もあったからだ。

 なにかあればすぐ助けるし、過去のトラウマで苦しんでいるようなら相談に乗ろう、と彼女は思った。


 でも、クレアがカイルと話せるのは意外だ。

 とても親切な人だったが、クロードとは違って見た目に子どもらしさはなく、いかにも男性という感じだった。

 時間をかけてすこしずつ慣れたのかもしれない。

 もしそうなら、その関係は大切にしてあげたい。


 次に紹介されたのは、厨房で料理をする大柄の女性だ。


「彼女はゴールディ。

 ただみんな、『おっかさん』としか呼ばないね。

 見てのとおり、料理が大得意なんだ」

「坊や、見てのとおりってのは太ってるってことかい?

 ずいぶん言うようになったもんだ。

 あんたの小さいころは、お風呂に入れたことだってあるんだよ。

 あたしのこのおっぱいを、奥方様のと間違えて――」

「やめてくれゴールディ!

 赤ん坊のころのことは勘弁してくれよ。

 ちゃんと毎日感謝して料理を食べているから」


 領主なのにクロードはたじたじだ。

 そんな年相応の姿を見て、ユーナは微笑んでしまう。


「お、あんた可愛い顔で笑うじゃないか。

 そうそう、そうやって坊やに笑顔を向けておやり。

 領主なんてやらされてるが、まだまだ子どもなんだ。

 しかつめらしい顔はなしで、にこにこ暮らしてくれたらあたしはそれでいい」

「はい、頑張ります」

「いい返事だね。

 ユーナ、あたしはあんたが好きになったよ」


 背中をバンバン叩かれる。

 ユーナのほうも、この大きな女性のことを一発で好きになった。

 両親を亡くしたクロードにとって、彼女の包容力はどれほど助けとなったことだろう。

 彼が使用人のことを家族と思えているのは、きっとゴールディの功績によるものだと感じた。


「ん? ゴールディ、これはなんだ?」

「あっ、しまった」


 クロードが厨房のテーブルになにかを見つけた。

 小さな容器に、果物の皮のようなものが液体と一緒に入っている。


 クロードは指に液体をつけて、ぺろりと舐める。


「ほほう、ハチミツだ。

 リンゴの皮のハチミツ漬けだな?

 こっそりこんなものを作って、仕事の合間に食べていたのか」

「ど、どうせ捨てるものだからね。

 有効活用ってやつだ。

 な、なにも責められることはしちゃいないよ」

「ずいぶん皮が厚いなあ。

 ゴールディ、おまえ、こんなに皮剥きが下手だったか?

 もしかしてこの密かな楽しみのために、ぼくらのリンゴが小さくされているんじゃあ……」


 ゴールディは慌てて、「お鍋の様子を見なきゃ」と釜のほうへ走っていった。

 してやったりの表情でクロードが笑っている。

 ユーナはずっと見ていたいと思いながらそれを眺めていたが、


「さて、これでこの屋敷で働いている者の紹介は終わりだ。

 ほかにも、よく出入りしているやつがカイルのほかにふたりいるが、それは追い追い紹介する機会があるだろう」


 クロードはそう言って紹介を締めくくった。

 あちこち壊れているとはいえ、この大きな屋敷に使用人が二人。

 新しく自分が加わって、ようやく三人。


 カイルの「いつも人手不足」という言葉の意味が、ユーナに正確に伝わった瞬間だった。

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