第3話 服洗いの少年

 ユーナは、ガヴァルダ屋敷までカイルに案内してもらった。


 彼の家からほんの十五分程度の距離だったが、彼はその道中、これから行くガヴァルダ家がいかに貧しいかを語ってくれた。

 曰く、玄関は壊れているが泥棒がきても盗る物がないので直さない。

 曰く、木の根を煮込んだスープで飢えをしのいでいる。

 ユーナには、彼が馬鹿にするのではなくまるで自慢するように語ってくれるのが印象的だった。


「それで、ここがそのガヴァルダ屋敷というわけさ。

 見てごらん、ボロいだろう?」

「いえ――」


 カイルはきっと大げさに話している。

 話を盛ることで、実物を見たユーナがショックを受けないようにしてくれている。

 ……そんなふうに思っていた彼女は、驚いた。


「ほんとう、ですね……」

「あっははは。

 そうだろう? マジでボロいんだ。

 きみのその反応が見られただけで、おれは今日は大いに満足だよ」


 彼は楽しげに笑いながら、壊れた玄関を迂回して勝手口のほうへと回って行った。

 玄関は扉の片方が外れていて、外から板を打ちつけて雨風を防いでいる。

 板が打ちつけられているせいで、もう一方の扉も開けることができないらしい。


 ユーナもカイルを追いかけて、屋敷の裏手に回る。


 すると、そこで彼は、半裸の少年と会話をしていた。

 上半身裸で、ズボンだけを履いた少年だ。

 年は、おそらく十二歳くらい?


 少年は、洗濯をしていたようだ。

 使用人の子どもか、丁稚かなにかだろうか。

 まだ幼いのに殊勝な子だ、とユーナは感心した。


「――そういうわけで、連れてきたよ」

「ありがとうカイル、助かるよ。

 お婆さんは元気かい?」

「そこそこね。

 さっきも、おれが出した白湯が臭いだとか難癖つけられて困った。

 あれだけ文句を垂れるならまだまだ元気ってことさ」


 ふたりは、仲のいい兄弟みたいに笑い合っている。

 羨ましい関係だとユーナは思った。


「じゃあユーナ、あとはこのガキンチョに聞いてくれ。

 おれは婆ちゃんが気になるから」

「本当に、ありがとうございました。

 カイルさんの紹介に恥じないよう、頑張ります」

「うん、頑張って」


 彼の姿が屋敷の門のほうに消えるまで、ユーナはしっかりと頭を下げていた。

 頭を上げて向き直ると、洗濯係の少年が、にこにこして彼女を見ている。


「きみ、礼儀正しいんだね。

 あいつは良いやつだけど、いたずらが過ぎるところがあるから、注意したほうがいい」

「ふふ、そうなの?

 あなたは偉いのね、小さいのに働いて。

 ここには長いの?」

「ん? ああ、長いよ。

 生まれたときからずっとこの屋敷さ。

 あ、ちょっと待ってて、これ洗っちゃうから」


 慣れた手つきで、ギュッギュッと服を洗う。

 洗い終わったぶんを見ると、結構な山になっている。

 この屋敷の洗濯をひとりで任されているのかもしれない。


 ユーナは彼が洗い終わるのを待って、干すのを手伝うと申し出た。

 これだけの量をひとりで干すのは大変だろう。

 幸い、洗濯なら教会でもやっていたから、ユーナもてきぱきと動くことができた。


 ふたりで干し終わって、額の汗をぬぐう。

 少年は近くに置いていた上着を羽織った。

 上半身裸だったのは、洗濯をするためだったようだ。


「手伝ってくれてありがとう。

 ユーナだっけ?

 即戦力が来てくれて助かったよ」

「ふふ、雑用ならわたしもすこしやれるから。

 あなたの負担を減らせるなら嬉しいわ。

 あなた、お名前は?」

「え?」


 きょとんとして少年が見た。

 名前を聞いてはいけなかったのだろうか?

 一緒に働く仲間として、仲良くしたかったのだけど。

 そんなことを考えてユーナが戸惑っていると、


「あはは、そういうことか。

 カイルのやつめ、ぼくのことを言わなかったな?」

「え? え?」


 少年は上着の襟をまっすぐに直して、ユーナと向き合った。

 こほん、と勿体ぶって自己紹介をする。


「ぼくの名前は、クロード・ドゥ・ガヴァルダ。

 ことし十六歳になったばかりだが、この家の当主を務めている。

 これからよろしく、ユーナ」


 出された手を慌てて握り返しながら、ユーナは、自分の顔が耳まで真っ赤になっていくのを感じていた。

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