第2話 案内人カイル

「それならガヴァルダ屋敷で働くのがいい。

 あそこはいつも人手不足なんだ」


 カイルと名乗った青年は、ユーナに向かって爽やかに言った。


 あれからおじさんの家で結局ひと晩泊めてもらい、心からのお礼を言って出発するときに紹介されたのが彼なのだ。

 この村で人の役に立つ仕事をしたいと熱意をもって語るユーナの話を、彼は嫌な顔ひとつせず、うんうん頷きながら聞いてくれた。


 聞けば、カイルはこの村の案内役のようなことをしているらしい。

 ごくまれにだがユーナのように訪れる者がおり、そういうときに道案内をしたり、寝床などの相談に乗ったりするそうだ。


 ただそれも本当にまれなことなので、普段は「婆ちゃんの相手をしてる」と眉をハの字にして笑った。

 彼の家では、ユーナが通されて彼と話しているこの部屋の隣に寝室があり、そこに寝たきりの老人の気配がある。

 激しく咳き込む声が聞こえるたび、白湯を持って世話をしに中座する彼は、顔には出さないが大変そうだ。

 本当はもっと働きたいのに、家族の介護のためにそれを我慢しているのではないかとユーナは感じた。

 そう思うと、彼の笑顔もどこか悲しげに見える。


「ガヴァルダ屋敷、ですか?

 あの、ガヴァルダというのは……?」

「ああ、クロードの家だよ。

 クロード・ドゥ・ガヴァルダ。

 いまは家督を継いで家長となった、この村の領主様の屋敷のことさ」

「領主様のお屋敷で働くということですか?

 あの、とてもありがたいのですが、わたしは多くの人のためになりたくて……」


 また領主クロードだ。

 しかも今度は、この青年に呼び捨てにされている。

 やはり軽く見られているのだろうか。


 気にはなる。

 気にはなるが、彼のところで働きたいわけではない。

 農作業でも道の整備でもいいから、この村の、温かい人びとの生活の助けとなりたかった。


 だが、カイルの考えは違った。


「人のためを思うなら、なおさらクロードのところで働くのがいいと思うよ。

 あいつは他人のことしか見えていない。

 誰かがそばで助けてやらないと、知らないうちにボロボロになってしまうんだ。

 なあ、おれからも頼む。

 あんたが元々なにをしていたか知らないけど、その心意気があれば、きっとクロードの助けになるだろう」


 ユーナは、聖女だったことを彼に伏せていた。

 捨てた過去だから。

 捨てたなら軽く話してしまっても構わないはずだが、まだ記憶に新しすぎて、話したいと思えなかった。

 未練?

 いや違う、ただ心の傷跡が乾いていないだけ。

 ユーナはそう自分に言い聞かせ、彼には「家の手伝いをしていた」と嘘を言った。


 そっと鞄に手を入れ、中にあるものを撫でる。

 お守りとして持ってきた、白い修道服だ。

 もう着ることはないが、これまで人びとに尽くしてきた証としてそばに置いておきたいとユーナは考えていた。


 修道服を着ていたころの自分が、頭のなかで彼女に告げる。

 気になるなら自分の目で領主を見なさい、と。

 あなたは自由なのよユーナ、と。


 そうだ自由だ。

 気になることを気にしていないふりをするのは、自由の精神に反する。

 領主クロードが神様なのか愚者なのか、聖女ではないただのユーナとして見極めよう。


 気がつくと彼女は、カイルに答えていた。


「わかりました。

 それではわたしを、ガヴァルダ屋敷で働けるよう紹介してください。

 なにができるかわかりませんが、あなたの代わりにクロード様をお助けします」


 代わりだなんて言ってないよ、と笑うカイルの顔は、やはりどこか悲しげで、でもとても嬉しそうだった。

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