7話。街をグリフォンの群れより救う

 【世界樹の弓】に、次々に矢をつがえては上空のグリフォンに向かって発射する。

 奴らは魔法障壁を展開して、矢を防ごうとしたが無駄だった。

 俺の放つ矢は障壁ごと奴らを貫き、地上へと叩き落とす。


「あるじ様、すごい! リルもがんばる」


 リルが馬車から飛び降りて、駆けて行く。どうやら、敵のテイマーが隠れ潜んでいる場所を見つけたようだ。

 相手がテイマーなら、リルの敵ではないだろう。ひとりで蹴散らしてくれるハズだ。


「ご主人様、敵がこちらに向かって来ます!」


 コレットが警告を発した。グリフォンたちは街への攻撃を中断して、こちらに突撃してきていた。

 どうやら俺を最大の脅威と認識してくれたらしい。


「コレット、客室に急いで入れ!」


 ミスリル装甲板に囲まれた客室なら、安全だ。俺は馬車を止めて、コレットを客室に入れようとした。


「大丈夫です。わたくしも魔法なら、それなりに使えます。妻として、ご主人様の隣に立たせてください!」


「おい、相手はAクラスの魔物だぞ! コレットを守りながらじゃ戦えない。それに妻じゃないだろう……っ!?」


「申し訳ありません。まだ、わたくしたちは恋人以上、夫婦未満の関係でしたね。妻を名乗るは、せめてご主人様の子供を身籠ってからにするべきでした!」


 コレットはそう言って、頬をぽっと桜色に染める。


「だぁああああッ! もう、頼むから俺を動揺させるようなことを言うのは、やめてくれ!」


 俺は矢を放つ腕が滑って、危うく的を外れしてしまいそうだった。

 冷静さを保たなくては、飛行する魔物に矢を当てるなどできない。


 グリフォンたちが、一斉に俺たちに火炎弾を発射してくる。ヤツらは魔物ながら、高度な魔法を使うことができた。

 くっ、しまった。俺は慌てて、コレットを客室に押し込もうとするが……


「光よ我が盾となれ、【聖盾(ホーリーシールド)】!」


 コレットが防御魔法を発動させた。輝く半透明のドーム型の障壁が、馬車ごと俺たちを覆い、火炎弾の雨をはじく。


「これはAクラスの防御魔法じゃないか!?」


 魔法防御に特化した、かなり高度な防御魔法だった。

 【神喰らう蛇】のメンバーでも、これほどの防御魔法の使い手は、数えるほどしかいない。


「はい、ご主人様! 防御とバフがわたくしの得意分野です! 【筋力増強(ストレングスブースト)】【視力強化(アイサイト)】【倍加速(ヘイスト)】!」


 コレットが筋力と視力と速度を1.5倍に強化するバフ魔法をかけてくれた。

身体が、カッと熱くなるような感覚と同時に、力が湧き出してくる。

これは何よりの援護だ。


「こいつはスゴイ! ドンドン落とすぞ!」


 俺は猛烈な勢いで、弓矢を撃って撃って撃ちまくる。

 グリフォンたちは、次々に撃墜された。

 敵は火炎弾で反撃してくるも、すべてコレットの魔法障壁が弾いてくれる。


「わたくしとご主人様の愛の共同作業は、無敵ですね!」


「おい、油断するな!」


 矢の嵐をかいくぐって、俺たちに迫る敵がいた。


 身体が他のグリフォンの倍以上もあり、全身が禍々しい漆黒のオーラに包まれている。

 あまりのスピードに、強化された俺の視力でも追いきれない。

 いろんな魔物を相手にしてきたが、こんなヤツは初めてだった。


「な、なんですか、あれは? ……グリフォン!?」


 コレットが息を飲む。エルフの王女である彼女も、この黒い個体について知らないらしい。

 黒いグリフォンは矢のような勢いで、突っ込んで来た。


「ユグドラシルよ、剣となれ!」


 俺は【世界樹の弓】を剣モードに切り替えて、迎撃する。

 腰を深く落とし、最高の一撃を放つために精神を研ぎ澄ました。時間が極限まで引き伸ばされ、世界から音が消える。


 迫り来る黒いグリフォン。

 目で追うのではなく、奴の動きを予測して剣を振る。

 俺は黒いグリフォンを、真っ向から斬り捨てた。


 ギャオオォオオン!


 断末魔の悲鳴を上げる黒いグリフォン。

 だが、危なかった。ヤツの爪は俺の首筋をかすめており、剣を振るのがわずかでも遅れていたら、死んでいたのは俺だっただろう。

 この魔物の強さは、おそらくSランクに相当するな……


 残りの敵は、散り散りになって逃げ出し始めた。

 俺たちにはかなわないと、理解したようだ。


「きゃぁあああっ! 素敵です! ご主人様ぁ!」


 コレットが黄色い歓声を上げて、俺に抱き着く。


「おぃいいい! まだ敵が潜んでいるかも知れないんだから、戦闘態勢を解くな!」


 つい【神喰らう蛇】の隊長時代の口調で、コレットを叱ってしまう。


「も、申し訳ございません! でも、どうか、ご主人様の体力を回復魔法で癒やさせて下さい!密着した方が、より効果的になんです! ご主人様、わたくしの愛を受け取って下さぃいいい!」


「いろいろと元気になりすぎるんで、やめてくれぇええ……!」


 消耗した体力が回復して、身体に活力が溢れてくる。

 それはありがたいんだけど、できれば離れて行って欲しかった。なんというか、逆に疲れる。


「ご主人様に元気になっていただけて、嬉しいです!」


 俺は頬擦りしてくるコレットを引き離して、周囲の様子をうかがう。敵が隠れている様子は無さそうだった。


 ロングボウの射程外にグリフォンたちは出てしまったので、追撃はもう無理だった。

 まあ、いいか。敵の殲滅が目的ではないしな。


「あるじ様! リル、隠れていた敵を倒した!」


 リルがどこで調達したのか荷車に気絶したエルフ兵たちを満載してやって来た。


「おおっ、すごいぞリル!」


「リル、偉い? 褒めて褒めて!」


 俺はダイブしてきたリルを抱きとめて、頭を撫でてやった。

 リルは気持ち良さそうに目を細める。


「あのリルさん……ちょっとズルいです。ご主人様に頭を撫でていただくのは婚約者である、わたくしの役目ですよ?」


「婚約者?」


 コレットがむくれ顔でリルを睨む。リルはキョトンとしていた。


「お、おい、一体、いつ俺たちは婚約したんだ……?」


 いつの間にか俺たちの関係は、いろいろと段階をすっ飛ばして婚約者にランクアップしていた。


 そういえばコレットはさっき、俺たちの関係を『恋人以上、夫婦未満』と語っていたような。それって婚約しているということなのか?

 そもそも恋人じゃないよな?


「ああっ、そうでしたね。婚約となれば、まずは結婚式の日取りや場所を決めなくては!」


 コレットは俺を置いてきぼりにして、妄想を語り出した。


「今から夢が広がります! 結婚式はアルフヘイムの森が一望できる丘の上が良いです! 大勢の人たちに祝福されながら、ふたりは永遠の愛を誓うキスを交わすんです!

 ハネムーンの旅行先では、星空を見ながら『お前の方がキレイだ』とかなんとか!

 のちの世ではエルフ王となられたアッシュ様の英雄譚が作られて……そのとなりには、常にその偉業を支えた王妃コレットが微笑んでいたというナレーションが入るんです……! す、素敵すぎます!」


 コレット王女は興奮しすぎて、鼻血を吹いて後ろにぶっ倒れた。

 

「コレット、大丈夫?」


 リルが心配していた。


「多分、大丈夫じゃない……」


 コレットはいろいろと残念な娘のようだ。これから先が思いやられた。

 

「そこにおられるのは、【神喰らう蛇】の一番隊隊長アッシュ・ヴォルンド殿ではありませんか!?」


 その時、馬に乗った騎士が声を張り上げてやってきた。数人の騎士たちが、その後に続いている。


「いかにも、俺はアッシュですが……」


「おおっ! やはり! 百発百中の見事な長弓の腕前、おみそれしました! この街をお救いいただき、感謝の言葉もごさいませんぬ! ルシタニア救国の英雄アッシュ殿!」


 騎士たちは、馬より降りて深く頭を下げた。

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