2章。ユースティルアの街を救う
6話。世界樹の弓
「ええっ!? ご主人様は【神喰らう蛇】を追放されてしまったのですか? 信じられません!」
俺の隣に座ったエルフのコレット王女が、驚愕する。
俺は御者台に座って馬車を操作していた。コレットには安全な客室に入ってもらいたかったのだが、彼女は俺と話がしたいと強引に御者台に乗ってきた。
なぜか身体をピッタリ密着されて、さっきから馬の制御に集中できない。
「名高き闘神ガイン様ともあろうお方が、あまりに早計なご判断だったと思います! そもそも誰のおかげで神獣フェンリルを討伐できたとお考えなのでしょうか!?」
コレットは頬を膨らませ、俺以上にいきどおってくれる。それはありがたいし、フェンリルの討伐には実は失敗していて、今は一緒に旅をしているのでちょっと違うというか……
「ちょっとおおおッ! さっきから何か柔らかいモノが当たって……頼むから客室でじっとしていてくれ! コレットは命を狙われているんでしょうが!?」
俺は平常心を保つのが難しくなっていた。こんな状態で、奇襲など受けたらたまらない。
「客室などより、世界最強のご主人様の隣の方が安心できます! だ、だだだ、大好きです、ご主人様ぁ!」
「どわあああっ! 前が見えない!」
コレットが俺の首に手を回して抱き着いてきたため、一瞬、視界が塞がれる。
「ああっ、ご主人様の温もりを感じて、し、幸せです!」
「事故る! マジで事故るから止めてくれ!」
俺は絶叫してコレットを引き剥がす。
馬車の車輪が大石に乗り上げて、激しく揺れた。
「きゃあっ!? い、今のはちょっと怖かったですね。す、すみません。街に着くまで自重します!」
「ずっと自重していてくれ!」
この娘の猛烈アプローチには、いい加減、閉口していた。
物心ついてからずっと修行一筋で、女の子と付き合ったことの無い俺にとって、刺激が強すぎだ。
A級ダンジョンの深部で、魔物に包囲された時以上の強い緊張にさらされていた。
『いかなる窮地においても冷静さを保ってこそ一人前の戦士だ!』という親父の罵声が、脳裏によみがえる。
クソっ、俺もまだまだ修行が足らないということか……
手元が狂うと危ないので、馬車の速度を落とす。
「よ、要するに、親父や【神喰らう蛇】の力を借りることはできないんだ。そのあたりを期待してたんなら悪いんだが……」
「まったく問題ございません。ご主人様と出会えたことこそ、世界樹の思し召し。ご主人様さえ、わたくしのそばにいてくれたら、他に何も要りません!」
エルフ王国を救うという目的から、若干、コレットの言動がズレてきているような気がするんだが?
コレットの熱い視線にさらされて、俺はドギマギしてしまう。だが、浮かれる訳にはいかない。
「い、いや、現実的に考えてくれ。国を相手にするんならさ」
俺たちはたったの3人。【世界樹の剣】に、神獣フェンリルがいるとはいえ、エルフ王国を牛耳る男と戦うとなれば、心許ない。
兵力の差というのは、如何ともし難いものだ。
「あるじ様、街が見えてきた!」
リルが客室の窓から身を乗り出して叫ぶ。
ジッとしていることを強いられて、退屈していたらしい。
「街に着いたら、リル、あるじ様と、肉をいっぱい食べる! お腹空いた! あるじ様と一緒に食べると、ご飯が何倍もおいしい!」
「お腹空いたって、さっきたくさん食べたでしょうが!?」
俺は頭を抱える。コレットたちが馬車に積んでいた保存食は、リルがあらかた食い尽くしてしまった。
「しばらくスイカでも食べて我慢していてくれ!」
「うんっ! スイカ!」
俺が窓越しにスイカをいくつも渡してやると、リルはふたつに割って食べ出した。
神獣フェンリルを仲間にするとは、こんなに恐ろしいことだったのか……
スキル【植物王(ドルイドキング)】で果物や野菜を出すことができなかったら、俺は間違いなく破産するか飢え死にしていただろう。
やがて森が切れて、城壁に囲まれた街が見えてきた。ルシタニア王国の辺境の街ユースティルアだ。
昔、ここに住んでいたこともあって、馴染みのある街だった。
この街を治める領主の娘ミリアとは、縁があって、昔、良く遊んだ仲だ。元気にしているだろうか。ここを出たのは、確か5年も前だったよな……
昔の記憶を掘り返していると、異変に気づいた。
「……なにか様子がおかしいな」
いつくもの煙が街より登っていた。炊事の煙ではない。これは、火の手が上がっているんだ。
馬車のスピードを上げて近づく。すると、獅子の胴体にワシの頭と翼を持つ魔物グリフォンが、街の上空を群れを成して飛んでいた。
グリフォンは火炎を吐き出して、街を攻撃している。
「グリフォンが大群で街を襲っているだと……!?」
グリフォンはAランクの魔物で、高山の頂上付近に生息している。人里近くに降りてくるなど珍しかった。
しかも個々の連携が取れており、反撃を受けないように高度を一定に保つなど、街を襲う訓練を受けているように見受けられた。
こいつら、まさかテイムされているのか?
「あっ、アレはエルフ王国アルフヘイムの獣魔師団です!」
コレットが指を差して断言する。
「テイムした魔物の群れを、エルフたちがどこからか指揮しているんです!」
「もう侵攻を開始したっていうのかよ!?」
ルシタニア王国は神獣フェンリルとの戦いで、かなりの兵力を失っている。そこにつけ込んで来たようだ。
「じゃあ、そのテイマーのエルフたちを見つけて倒せば良いんだな?」
「はい! でも、彼らは魔法で巧妙に姿を隠しています。近くにいるのは確かですが、見つけ出すのは困難です」
なるほど。空高く飛ぶ魔物に、矢や魔法は届きにくく、操ってる奴を探すのも難しい……一方的に標的をボコれることに特化した軍団という訳か。
エルフは平和を愛する種族だと聞いていたが、意外とえげつない戦術を使うな。
「リル! 姿を隠しているエルフたちを見つけ出して倒せるか? ソイツらは、俺たちの敵だ!」
「任せて。リル、あるじ様を守る! あるじ様の敵、倒す!」
リルが窓から顔を出して、牙を剥き出しにして唸る。
「嗅覚に優れた神獣のリルさんなら、エルフたちを見つけ出せますね!」
「ああっ! その間に、俺は空を飛んでいるグリフォンどもを撃ち落とす」
俺は神剣ユグドラシルを抜いた。
スキル【植物王(ドルイドキング)】を発動させる。
「【世界樹の剣】よ、ロングボウとなれ!」
手の中で神剣ユグドラシルは形を変えて、長さが俺の背丈ほどもある長大な弓──ロングボウと化した。
矢も神剣の一部が分離して、何本も生成させる。
「【世界樹の剣】が、弓になった!?」
コレットが目を丸くした。
「思った通りだ。俺の【植物王(ドルイドキング)】は植物を武器化させる。なら【世界樹の剣】を他の武器に変形させることもできるんじゃないかと、仮説を立てていたんだ」
ロングボウは射程に優れた弓だ。
これなら、街の上空を旋回しているグリフォンに攻撃が届くハズだ。
俺はグリフォンの一匹に狙いをつけて矢を放った。
空気を切り裂いて飛翔した矢は、グリフォンを貫いて墜落させる。やはり、すさまじい攻撃力だ。
「矢を召喚!」
すかさず俺は、消費した矢を手元に出現させる。そして、再び矢をつがえた。
スキル【植物王(ドルイドキング)】は、手に触れたことのある植物を召喚する能力を持つ。なら、武器化した植物も呼び寄せることができるのではないかと思ったが、これも当たりだった。
やはり【世界樹の剣】と、俺のスキルとの相性は最高だ。
「神剣ユグドラシルの新しい力を引き出されてしまうなんて! やはり、ご主人様はわたくしたちの王たるお方です!」
コレットの感激の叫びが響いた。
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