8話。ユースティルアの領主ミリア
街の城門をくぐった俺たちは、大歓声に迎えられた。
俺たちがグリフォンを撃退したことは、先に戻った騎士によって、あっと言う間に広まったようだ。
「アッシュ様! アッシュ様!」
「この街を救ってくださった英雄だ!」
路上に集まった人々が、俺に向かって手を振り上げ、喜びの声を上げている。
みな一様に俺を褒めたたえるので、心臓に悪いことこの上なかった。
「これはまた、すごい騒ぎだな……」
「無理もありません。ご主人様がおられなければ、この街は焼き尽くされて廃墟と化していたでしょうから」
コレットが手を振りながら言う。
さすが、エルフの王女だけあって人々から注目させるのに慣れているようだった。
リルは我関せずで、リンゴをもぐもぐ頬張っていた。
「おいっ! どえらい美少女をふたりも連れているぞ!」
「アッシュ様の部下じゃないか!? カーッ、うらやましいね!」
「きゃあ!? アッシュ様が、私を見てくれたわ!」
「違うわ! 私を見てくれたのよ!」
「あーん! なんて凛々しいお方なの!?」
若い女性たちが、なにやら俺を見て熱狂していた。
負傷した兵士たちは感涙にむせんでいる。
これは割といたたまれないな。
「お兄様! ご無事のご帰還なによりです!」
屈強な騎士たちを引き連れた美少女が、群衆をかき分けて現れた。
俺を兄と呼ぶその少女の顔には、どこか見覚えがあった。
「って、まさか……ユースティルア領主の娘ミリア、様?」
「はい! って、ミリア様?」
15歳のミリアは、俺の呼びかけに顔を曇らせる。
あまりに美しく成長していたので、一瞬誰だかわからなかった。
「ミリア様などと、他人行儀に呼ばないでください、お兄様! 昔のようにどうかミリアとお呼びください!」
ミリアは目を輝かせて叫ぶ。
親父が創設した冒険者ギルド【神喰らう蛇】は、当初このユースティルアの街を拠点に活動していた。
今でこそ世界各地の主要都市に支部を持つ超大手ギルドに成長しているが、最初はこの街近郊の魔物退治などを請け負っていたのだ。
10年前、修行中だった俺は、街の外で魔物に襲われていた領主の娘ミリアを偶然助けた。
それ以来、身分違いにもかかわらず、お兄様と呼ばれて、えらい懐かれた。
「お兄様は、私を助けるために戻って来てくださったのですね! やっぱりアッシュお兄様こそ、真の勇者にして英雄です!」
「ああっ、そいつは、どうもありがとう……」
俺はミリアの熱気にいささか気圧されて、返事する。
再会したミリアは類稀な美少女に成長していて、どう対応して良いか困ってしまった。
昔は、彼女の護衛をその父ユースティルア子爵から頼まれ、同じ寝室で寝たこともあったが、もうそんなことは絶対にできないな。
「お兄様のご活躍のお噂は聞いています! 王国を襲った神獣フェンリルを討伐されたのですよね!?」
「そうなんだが……」
俺はちらりとリルに視線を投げる。
そこでリンゴにがっついている少女が神獣フェンリルだとはさすがに言えない。まずバレることは無いだろうが、気をつけなくちゃな。
「にもかかわらず【神喰らう蛇】を追放されてしまったと聞いて、怒り心頭になっていました!
闘神ガイン様には、呆れ返って物も言えません! 私は何が何でもお兄様をユースティルアにお迎えすべく、人を使って探していたんですよ! 今夜は昔みたいに一晩中、お兄様のお話を聞かせてくださいね!」
「ぶほっ!?」
ミリアとは昔、同じベッドで寝ていた。
思わず想像して、のけぞる。
「ご主人様。この方とは、どういうご関係なのでしょうか?」
コレットがなにか棘のある声音で尋ねてきた。
「ミ、ミリアはこの街の領主、ユースティルア子爵の娘で、俺にとっては妹みたいものかな?」
「違いますよお兄様! お父様が病で倒れたため、今は私が子爵家を継いで、ユースティルアの領主となっています。そして、私たちは将来を誓い合った仲ではありませんか!?」
「はぁ!? いや、ちょっとお前、何を言って……」
ミリアの爆弾発言に、集まった群衆が色めき立った。
大勢の前でこんな話をされたら、噂は一日で街中に広まるだろう。だけど、ミリアは構わず続ける。
「ああっ! 今でも鮮明に覚えています。お兄様がこの街を出ていく際……『将来、私をもらってくれますか?』と尋ねた私に、お兄様は必ずもらいに来ると答えたんです! その言葉を心の支えに、私は今まで生きて来たんですよ、お兄様!」
ミリアが力説する。
「そ、そんなこと言ったか……!?」
俺は冷や汗ダラダラになりながら、5年前の記憶を必死に引っ張り出した。
確かあの時は……
再会した際に何かくれるというので、OKした記憶が。プロポーズの言葉だとは思ってもみなかった。何か美味い物でも、食わせてくれるのかと……
「もちろんですよ、お兄様! 私、あの時のことを日記に書いて、毎日、毎日、読み返しているんですから! お父様にもアッシュお兄様だったら、結婚して良いというお墨付きをいただいています。何の気兼ねもありません。後は結婚式の日取りを決めるだけです!」
「おい、ちょっと待てぇええ! ホントに悪いんだけど、それは誤解……!」
暴走するミリアに反論しようとした時、俺の隣で、コレットが満面の笑みを浮かべた。
「……ミリア様ですね。初めまして。わたくしはエルフの王女、コレット・アルフヘイムと申します。アッシュ様の妻となる者です。どうか、わたくしのことは姉と呼んで仲良くしてくださいね」
「はぁ!? い、いや、なんだその自己紹介は……!?」
「そう言えば、ご主人様、子供は何人欲しいかという話はしていませんでしたね。わたくしは、ご主人様そっくりの男の子と、女の子のふたりが欲しいです!
男の子にはご主人様とわたくしの名前を取って、アシュレーと名付けようと思うのですが、いかがでしょうか? 女の子はアレットとか?」
「具体的過ぎる妄想はやめろぉおお! そして、ひっつくな!」
コレットはミリアに見せつけるかのごとく、俺の首に腕を回してくる。
「はぁあああッ!? 私の私の、お兄様になんてことを──ッ!」
ミリアは顔を怒りに染めて、絶叫した。
「ちょっとあなた、お兄様が嫌がっているじゃないの!? 変な妄想で、私のお兄様を困らせないでよ! 今すぐ離れて、離れなさいよ!」
「変な妄想を募らせているのは、あなたの方ではありませんか? アッシュ様と、わたくしが夫婦となることは世界樹が定めた運命です!」
「ひ、人の話を聞いていなかったのかしら? お兄様と私は5年も前に結婚の約束を交わしているのよ! その前は、同じベッドで寝たり、一緒にお風呂に入ったこともあったんだから! ねっ、お兄様!?」
「それは子供の時の話だろうが!?」
勝ち誇ったように胸を張るミリアに、俺は慌ててツッコむ。
「失礼、ミリアお嬢様。領民たちの前でなさるお話ではないかと……みな、いささか困惑しております」
護衛の騎士が、ミリアに耳打ちした。
「くぅ……そ、それもそうね。お兄様に近づく害虫駆除は、また改めてすることにするわ」
周りの人々がドン引きしているのに気づいて、ミリアがクールダウンする。
護衛の騎士さん、グッジョブだ。
「それと被害状況を調べましたところ。食料庫が荒らされ、貯蔵していた小麦などの食糧が奪われています」
「な、なんですって!?」
ミリアの顔が青くなった。
「このままでは、冬を越せない恐れもあります。早急に手を打たなければ……」
「ど、どうして肉食のグリフォンが小麦なんて盗むのよ!」
領民たちが被害の大きさに、どよめきだした。
不作で、国中で小麦の値段が高騰している。他の街から買い付けてくるのも難しいだろう。
「それについてなんだが……グリフォンを操っていたのはエルフなんだ。食糧難からエルフの国で謀反が起きて体制が変わり、ルシタニア王国にエルフが侵攻してきているらしい」
「ほ、ホントですか、お兄様!? 確かにエルフと小競り合いのようなことは起きていましたが……」
この情報はまだ知られていなかったらしく、ミリアが驚いている。エルフ王国の内情は、国境付近にあるユースティルアであっても、掴めていないらしい。
チラリとコレットをうかがうと、いたたまれなそうな顔をしていた。
「うん。リル、テイマーのエルフ、いっぱい捕まえた」
リルが荷車に満載したエルフの捕虜を指差す。全員、気絶した状態で縄をかけられていた。
「わかりました。詳しいことは、その捕虜たちに聞きたいと思います! 全員、牢屋にぶち込んで!」
「はっ!」
兵士がエルフたちを連れて行く。
「奪われた小麦は、俺のスキル【植物王(ドルイドキング)】で、多少は補充できるじゃないかと思う。ちょっと、離れていてくれ」
俺は手をかざし、『小麦よ出ろ』と強く念じた。故郷のみんなが飢えないように、できるだけたくさん小麦を出すんだ。
『スキル熟練度を獲得しました。
スキル【植物王(ドルイドキング)】、Lv1の能力が強化されました。
一度に召喚できる植物の量が10トンまで増えました!』
その時、スキルの進化を告げるシステムボイスが聞こえた。
大量の小麦がドガァアアアと、濁流のように出現し、路上にあふれた。
「うぉっ!?」
俺は小麦の海の中で、転んでしまう。
首を出すと小麦に埋もれた人々が、ポッカーンとしていた。
「「「わぁあああああっ!」」」
次の瞬間、街全体が揺れるような凄まじい大歓声が轟いた。
―――――――
【植物王(ドルイドキング)】
植物を支配するスキル。
代償として筋力ステータス80%低下。
Lv1⇒植物召喚(触れたことのある植物を召喚する。最大出現量10トン)
Lv2⇒植物を武器化できる
Lv3⇒????
―――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます