3話。エルフの王女を助ける
俺は悲鳴が聞こえた方向に駆け出す。
森は危険な魔物の住処だ。誰かが襲われているのかも知れない。
「あるじ様、待って。リルも付いていく!」
獣人少女リルもリンゴを齧りながら、俺の後ろをついて来る。
開けた場所に出ると馬車が横転していた。その近くで女の子が怯えた様子で尻餅をついており、彼女を数人の男たちが取り囲んでいた。
しかも、あたりには闘争して殺されたと思わしき死体が、いくつも転がっていた。
「もうあなた様を護る近衛騎士は、おりませんなコレット王女。さぁ大人しく【世界樹の剣】を渡していただきましょうか?」
男のひとりが少女に剣を突き付ける。
彼らは全員、特徴的な尖り耳をしておりエルフであることが、一目瞭然だった。
エルフと出会えたことは良かったが、穏やかな場面ではないな。
「【世界樹の剣】は、エルフ王の証。誰があなたたちなどに渡すものですか!?」
女の子は多勢に無勢な状況ながら、気丈に男たちを睨み返す。
年の頃、15歳ほどのあまりに美麗で可憐なエルフ娘だった。
神の手による至高の芸術品のように整った美貌は、凛とした意志の強さを感じさせる。
その胸には鞘に収まった剣を、大事そうに抱えていた。
「なんだ、コイツら? 野盗って訳じゃなさそうだが……」
野盗にしては装備が豪華であり、そこはかとなく気品を感じる。
王とか王女といった単語が聞こえたし、身分の高い者同士の抗争の可能性があるな。
女の子を助けてやりたいが、もう少し様子をうかがってからの方が良いか?
事情もわからずに介入するのは、さすがに危険だ。
「あッー! 肉ゥー!」
ヨダレを垂らしたリルが、彼らの中に突っ込んだのはその時だった。
馬車が積んでいたであろう大きな干し肉の塊が落ちており、リルはそこに驀進して行った。
「おいっ、ちょっと待てぇええッ!」
俺が止めるのも聞かずに、リルは男たち数人を体当りして撥ね飛ばす。そのまま、干し肉にかぶりついた。
駄目だ、この娘。まるで野獣じゃないかって、もう取り返しがつかねぇ!
「獣人だと!? 姫の護衛にこのような者がおったのか!?」
男たちが殺気立つ。
計らずもリルの奇襲のおかげで、相手は混乱している。ここは一気に畳み掛けるのが上策だ。
その後の成り行きは……もう知らん。
「ぅおおおおお──ッ!」
俺は木の剣を振って、リルに襲いかかろうとしたエルフたちをなぎ倒す。
彼らは一撃で昏倒した。この武器は、剣というより鈍器だな。
「新手か!?」
エルフたちが俺に向かって、魔法の詠唱を開始する。そのどれもがBランク以上の破壊力を持つ魔法だった。
こいつら、やはり手練のようだ。
「根よ、棘となれ!」
俺は【植物王(ドルイドキング)】のスキルを発動させた。
エルフたちの足元から、長く鋭い棘が飛び出して足を貫く。
「ぎゃぁあああっ!?」
彼らは悲鳴を上げて、無様なダンスを踊った。
ここは森の中、当然、エルフたちの足元には植物が根を張っている。それを武器化できないかと試したのだ。
結果は予想以上の効果をもたらした。
「なんだ、これは!? 魔法か? 詠唱もなくすぐに発動したとなると……スキル攻撃!?」
「隊長! これでは魔法が使えません!」
魔法は使用するのに極度の集中力を必要とする。
棘に足を貫かれた状態で魔法を使えるほどの達人は、ここにはいないようだ。
本来、魔法使いは安全な後衛から援護射撃するのが役目だからな。
あれ? もしかすると俺の【植物王(ドルイドキング)】って、森のような植物の豊富な場所では、相当、強いんじゃ……
しかもスキルの有効範囲も、それなりに広いようだった。
「ええい! 我々、エルフの魔法騎士団が森で遅れを取るなど恥と知れ!」
ヤツらの指揮官と思われる男が激を飛ばす。
こいつら、まさかエルフ王国アルフヘイムの正規軍か?
「リル、あるじ様を守る!」
干し肉を平らげたリルが、近くの男に蹴りを入れた。男は水平に飛んでいて大木に衝突、幹を爆散させて動かなくなる。
「お、おい、まさか殺してないよな?」
「大丈夫。リル、あるじ様と人間を殺さないって約束した」
リルは胸を張る。エルフも人間だと解釈しくれたようだ。
見れば男はピクピクと手足を痙攣させている。
「はぁ!? な、なんだこの小娘、とんでもない怪力だぞ!」
エルフたちが青ざめた。
「リル、小娘、違う。あるじ様の配下。リルって名前、もらった!」
リルはムッとした様子で、次々にエルフを殴りつけていく。
「ぬぎゃああああぁ……!!」
エルフたちは空の彼方にふっ飛んでいって、星となって消えた。
おいおい、バカ力過ぎるだろう。
「バカな! これ程の手練れを控えさせていたとは……っ!」
「あ、あの男、もしや世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】の一番隊隊長では!? 前に遠くから見かけたことが……」
「はぁ!? だとしたら、神獣フェンリルを討伐し、ルシタニア王国を救ったという英雄ではないか!?」
「闘神の後継者、アッシュ・ヴォルンドだ!」
「コレット王女はまさか【神喰らう蛇】と契約したのか!?」
俺の正体に気づいたエルフたちが、激しく動揺した。
神獣フェンリルを討伐できたのは俺ひとりの手柄ではないし、【神喰らう蛇】とはもはや無関係だが、戦意喪失してくれるのならありがたい。
「その通りだ。どうする? まだ戦うか?」
俺は木の剣を構えて、ハッタリをかました。
「ハッハッハッハッ! 闘神の後継者だと? バカめ。【神喰らう蛇】の動向については調べている。
闘神の長男は、戦闘においてはマイナスでしかない外れスキルを得て、追放されたとそうではないか?」
ヤツらの隊長が唇の端を吊り上げた。
なんと意外と情報通だった。
「ならば、我らにも勝ち目はある。こうなれば奥の手だ!」
隊長は懐に手を入れて、黒い水晶のような物を取り出した。
アレは召喚呪具か。強力なモンスターや幻獣などを異界から呼び出して使役できるレアアイテムだ。
隊長が召喚呪具を地面に叩きつけて割ると、身の毛がよだつような咆哮が轟いた。
グォオオオオオ!
雲を突くような巨大なドラゴンが、爆発的な輝きと共に出現する。
「火竜よ! コレット王女を消し炭にしろ!」
隊長は本来の目的を優先することにしたようだ。
火竜が大口を開き、少女に向けてドラゴンブレスを放とうとする。
「くっ……!」
俺は慌てて地面を蹴った。
それにしても、コレット王女だって? 王女の抹殺を指示するとは、謀反の現場に居合わせてしまったか。
「きゃああああっ!?」
「失礼!」
悲鳴を上げるコレット王女を抱きかかえて跳躍する。間一髪、火竜より放たれた灼熱のブレスは、俺の足をかすめた。
「大木、召喚!」
なおもブレスを吐こうとする火竜の頭上に、俺は大木を召喚した。
落下した大質量に頭を叩かれて、火竜は真下にブレスを放つ。その余波にやられて、エルフたちが悲鳴を上げた。
「あっ、ありがとうございます! あなた様は、一体? 闘神の後継者、アッシュ・ヴォルンド様?」
俺に抱きかかえられた王女は、顔を真っ赤にして尋ねた。
「俺は親父の跡を継ぐ資格を失ったんで。ただのアッシュと呼んでいただければ結構です!」
火竜が咆哮を上げながら、俺たちに突っ込んでくる。
俺は火竜の動きを止めようと、その片脚に木の剣を叩き込んだ。
「バカめ! ドラゴンの鱗にそんなおもちゃが通用するものか!」
俺の剣が砕け散ったのを見て、隊長があざ笑う。
くそっ、ダメか………
俺のパワー不足に加えて、武器の強度が弱すぎる。
火竜の蹴りを身を屈めてかわした俺は、地面を蹴ってなんとか距離を取った。
「はぅ!?」
コレット王女が、振り落とされまいと必死に俺にしがみつく。
この娘を守りながらでは、圧倒的に不利だ。
「あるじ様!」
リルが俺たちに助太刀しようとした。だが、隊長が召喚呪具を使って、もう一匹ドラゴンを召喚してそれを阻む。
「小娘! いくらお前でもドラゴンにはかなうまい!」
「だから小娘違う。リルはリル!」
リルは地団駄を踏んで怒っている。
「おいおい、ドラゴンを2匹もか……」
ドラゴンは最強クラスのモンスターだ。それをこうもポンポン召喚できるとは、いくらエルフの正規軍とはいえ、羽振りが良過ぎはしないか?
とにかく丸腰のままでは火竜と戦えない。
「悪いけど、コイツを使わせてください!」
俺はコレット王女が大事に抱えている剣を掴んだ。
「あっ! ダメです! その剣は……っ!」
「はぁあああああっ!」
剣を鞘から引き抜き、俺たちを丸呑みにしようと突撃してきたドラゴンの頭に振り下ろす。
ドゴォォォォォォン!!
剣からすさまじい衝撃波が発生し、木々が弾け飛び、大地に亀裂が走った。
ドラゴンの頭部どころか、全身があっさり両断された。
「「「……はぇ?」」」
俺を含めた全員が、驚きに目を瞬いた。
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