4話。史上最強の【世界樹の剣】のマスターとなる

「【世界樹の剣】を抜いた!?」


 エルフの王女コレットが素っ頓狂な声を上げた。


「バ、バカな!? キース騎士団長でも抜けなかったエルフ王家の至宝が!」


 エルフたちも度胆を抜かれた様子で、俺を見つめていた。


「なんだ。この剣は何か特別なものだったのか?」


 なんというか不思議な手触りの剣だった。柄は金属ではなく木でできており、何か癒やされるような気がする。


 いや、気がするのではなく、先程ドラゴンブレスが掠めて火傷を負った足の痛みが引いていた。

 もしかして、特別な回復効果を持ったレア武器か?


「それは天界にある世界樹から創り出された神剣ユグドラシル、通称【世界樹の剣】です!

 持ち主を選ぶとされ、エルフ王となる運命の方にしか抜けません!」


 コレット王女がとんでないことを言う。


「つまり、アッシュ様は次期、エルフ王ということです!」


「あり得ん、あり得ん! 次期、エルフ王は我らがキース団長だ! エルフでもない人間ごときが、我らの王など断じて認められん!」


 敵の隊長が必死の形相で叫んだ。


「はぁ? 俺がエルフ王? それはまた何の冗談だ……?」


 なんか、いろいろついていけなくて、俺は首を捻る。


 ドラゴンを真っ二つにし、大地まで割いてしまった常識外れの威力にもポカーンだった。


 この剣は攻撃力が高過ぎて、逆に危険だな。

 下手に振るうと、余波で関係ない者まで傷つけてしまいかねない。


「冗談などではありません! 神剣ユグドラシルにマスターとして選ばれた者は2000年間、現れていませんでした。代々の王への継承は儀礼的な物となっていたのです……

 アッシュ様こそ、真にエルフ王たるお方です!」


 コレット王女がその場にひざまずく。

 え? なに? なにしちゃっているのこの娘は?


「皆の者、王の御前ですよ! 頭が高い、控えなさい!」


 コレット王女が一喝すると、エルフの何名かが俺に平伏した。


「はっ、ははぁ!」


「な、何をしているか貴様ら! 人間をエルフ王として戴くなど、断じてあり得ん! コレット王女だけでなく、この男も全力で討ち取るのだ! エルフ王は我らがキース団長であるぞ!」


 隊長の叱咤に、エルフたちは慌てて立ち上がる。

 どうやら、あくまで戦うつもりらしい。


「あるじ様、コイツ強い。本気出して良い?」


 ドラゴンにパンチを叩き込みながら、リルが尋ねた。ドラゴンは痛みに逆上して、鉤爪を繰り出しており、危険な様子だった。

 力を出し惜しみしている場合ではないな。


「わかった、思い切り戦えリル!」


 俺が許可を出すと同時に、リルの全身が輝き大きく膨れ上がった。リルは白銀の毛並みを持つ神獣フェンリルに変身する。


「あ、あぁああ……っ!?」


 その巨大かつ圧倒的な威容に、エルフたちは恐怖した。

 本能的に絶対に勝てないと悟ったのだろう。それはドラゴンも同じようで、慌てて回れ右して逃げようとする。


 オオオォォォン!


 咆哮と共にリルはドラゴンに飛びかかって、強烈な一撃を浴びせた。

 ドラゴンは吹っ飛んで森の木々をなぎ倒し、地面にめり込む。そのままピクリとも動かなくなった。


「この姿、疲れる。リル、まだ本調子じゃない。お腹空いた〜」


 神獣フェンリルの身体が縮んで、再び銀髪少女リルになった。

 当然と言えば当然だが、服が破れて素っ裸だ。しかも、この娘は前を隠そうともしない。


「だぁあああっ!? お前は少しは恥じらいを覚えろ!」


「んっ?」


 俺は倒れたエルフからマントをむしり取って、リルに被せた。

 駄目だ、この娘。まずは常識から教える必要があるな……


「そ、そんなバカな……ドラゴンをい、一撃だと?」


「今のは、まさか、まさか……」


「白銀の神獣フェンリル!?」


 エルフたちがあ然としている。完全に戦意喪失した様子だった。


「フェンリルと言えば、神々すら手を焼いたという最強の魔獣ではありませんか!?」


「最強? 違う。あるじ様はリルより、強い」


 驚愕するコレット王女に、リルが首を振った。

 いや、それは買い被り過ぎだぞ。前にフェンリルに勝てたのは、サーシャたち一番隊の仲間がいたからだ。


「そ、そうでしたね! 神剣ユグドラシルのマスターとなられたアッシュ様は、神にも匹敵するお方です!」


 そのコレット王女の言葉が、引き金となったようだ。


「か、かなう訳がない!」


「……退け! 退け! いったん退却だ!」


 隊長の号令の元、怯えたエルフたちは我先へと逃げ出した。


 一瞬、追撃するべきかとも思ったが、俺は彼らを見逃すことにした。女の子を助けるためとはいえ、事情も良くわからないまま首を突っ込んでしまったし、これ以上の争いは不要だ。


 神獣フェンリルの生存を知られてしまったが、大きな問題にはならないだろう。


 エルフと人間は相容れない存在だ。エルフは人間を嫌っており、国交を持とうとしなかった。エルフが人里にやって来ることは滅多にない。

 エルフたちが騒いだところで、フェンリル討伐隊が再び出される心配はないだろう。

 

「ああっ! 助かりました! 本当に本当にありがとうございます! アッシュ様! 偉大なる世界樹のマスター!」


 コレットが両手を地面について、深々と頭を下げる。


「ちょ、ちょっと何してるんですか!? 顔を上げてください」


「はい!」


 顔を上げたコレット王女の瞳は、俺を崇拝するような輝きで満ちていた。

 彼女は顔を、真っ赤にして告げる。


「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」


「はぁっ!?」


 あまりの爆弾発言に、俺の頭は真っ白になってしまった。


「つ、つ、妻って、どういうことですか!? そもそもエルフ王って!? 俺は王様なんて器じゃないし……初対面ですよ!?」


 相手はエルフの王女で、超絶美少女だ。  そんな娘から好意を向けられて、うれしくはあるのだが……

 

 俺が王様なんて冗談としか思えないし……そもそも女の子と付き合ったこともないのに、いきなり結婚とか絶対に無理!


「も、申し訳ございません! わたくしごときがアッシュ様の妻などと、図々しいにもほどがありました! で、では、せめて……アッシュ様と、子を成すお許しだけでも、いただけませんか!?」


 コレットは両手を胸の前で合わせて、必死にお願いする。

 な、何を言っているんだ、この娘は。意味わかっているのか?


「エルフ王家の娘は、世界樹のマスターとなられた方を生涯の伴侶とし、お仕えしなければならない。それがエルフ王家に代々伝わる掟なのです。

 もし、それを断られてしまった場合は、マスターの血を取り込んで後世に伝えること。そ、それが、王女たるわたくしの使命です。アッシュ様には、ご迷惑この上ないことだとは存じますが、どうか、どうか……!」


「い、いや、し、しかしですね! 俺は掟とかよくわからないですし。初対面の好きでもない男と……そのコレット王女は嫌じゃないのですか?」


「そんなことはございません! アッシュ様の腕に抱かれた時、運命を感じました。このお方と出会うために、わたくしは生まれてきたのだと……! ああっ、大好きです、アッシュ様!」


「はぇえっ!?」


 熱に浮かされたような目で見つめられて俺は、たじたじになる。

 もしかして、これって愛の告白? 俺、女の子に告白されちゃった?

 ああっ、駄目だ。うれし過ぎて、頭が回らない。


「お、俺はコレット王女のこともエルフ王国のことも、ぜんぜん知りません。い、いきなり、そんなことを言われても!」


「コレット王女などと。ど、どうか、わたくしのことはコレットと呼び捨てにしてください! 敬語も一切不要です。

 わたくしはエルフ王であるアッシュ様の忠実なる下僕(しもべ)です。アッシュ様のことは今後……ごごごご、ご主人様とお呼びいたします!」


 コレットは頬に両手を当てて、ぼっと火が出そうなほど顔を紅潮させる。

 言っていることはアレだが、かわいいじゃないかこの娘。思わず心が揺れた。


「い、いや、ご主人様という呼び方はどうかと……」


「ご主人様、ご主人様! ……ああっ、ご主人様とお呼びすると、わたくしはご主人様の妻であることを実感し、感動と喜びで心が打ち震えます!」


「へっ? な、何を言って……」


「はっ! まだ結婚はしておりませんでしたね。申し訳ありません! アッシュ様にお仕えする一家臣として、まずはご主人様とお呼びすることを、お許しください!」


 こ、この娘は、天然というか、ちょっと思い込みが激しすぎやしないか? 言動がぶっ飛び過ぎている。

 俺はどっと疲れが出て、その場にへたり込みそうになった。


「あっ、わたくしとしたことが、気づくのが遅れました。ご主人様は、だいぶお疲れのご様子。は、恥ずかしながら……最初のご奉仕として、わたくしが回復魔法で癒やします!」


 そのままコレットが、目をつぶって抱き着いてきた。俺は思わず絶叫する。


「だぁあああ!? ちょっと待ってぇええ!」


「体力を回復する魔法は直接、触れた方が効果的なのです。ご主人様、まずは服を脱いでいただけませんか?」


 コレットが上目遣いで言ってきた。


「い、いや、ぜんぜん疲れてないし、怪我もしてないんで大丈夫!」


 俺は慌ててコレットを引き離す。心拍数が急上昇して、脂汗がドバドバ出ていた。


「あるじ様、あるじ様」


 その時、リルが尻尾を振りながらやって来た。


「リル、お腹空いた。ご飯ない?」


「って、お前、もう腹が減ったのかよ!」


 頭を抱えながら、俺は大量のバナナを出して渡してやる。


「やったぁ! バナナ! あるじ様のバナナおいしい! もっともっと、いっぱい欲しい!」


 リルは皮も剥かずに、バナナを口に突っ込んでいる。


「えっ……い、今、何もないところから、バナナを出しませんでしたか?」


 コレットが目を見張った。


「俺のスキル【植物王(ドルイドキング)】は、植物を召喚できるんです。さっきみたいにドラゴンの頭上に大木を落とすだけでなく、薬草や果物を出すことも……」


 自分で言っていて気づいたが、かなり応用範囲が広いスキルだよな。


「そ、それはホントですか!? こ、これで、エルフの民を飢えから救うことができます。ああっ! やはりご主人様は、神が遣わしたわたくしたちの救世主です! ご主人様と出会えたことは、わたくしの人生最大の幸福です!」


 エルフの王女は感極まったように叫んだ。

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