2話。神獣フェンリルに忠誠を誓われる

 俺は今までずっと親父の跡目を継ぐため、最強を目指して生きてきた。

 他の生き方は知らない。

 

『力無き者に、何も言う資格などない! この世は力こそ正義だ。悔しかったら、ゼノスより強くなって見せるのだな』


 親父の声が脳内に繰り返し響く。

 俺は弟ゼノスとの勝負に負けて、サーシャを守ってやれなかった。


 ゼノスのような男の下についたら、サーシャは潰されてしまうかも知れない。

 できればサーシャを救ってやりたいが。力も金も無い俺には、どうすることもできなかった。


「……わかっちゃいたが、弱いってことは罪なんだよな」


 だが、俺のスキル【植物王(ドルイドキング)】をいくら鍛えたところで、戦闘にはたいして役立たないと、スキル鑑定師にハッキリ言われた。


 俺は魔法は苦手で、剣の腕ばかり磨いてきた。それが最強に至る道だと信じてきたため、『筋力80%低下』の代償は致命的だった。

 スキルの中には、強力は効果を持つ代わりに、代償を求める物がある。俺の【植物王(ドルイドキング)】はその典型だ。


 今まで通り剣を極める方向に進んでも、未来は無いだろう。だからといって、スキルを鍛える方向に向かっても、強くはなれない……

 できれば最強になって、あのクソ親父とゼノスの鼻を明かしてやりたいが。


 どうするか悩みながら、俺は2日かけてエルフの国がある大森林にやって来た。【植物王(ドルイドキング)】の検証のためだ。これは植物を支配するスキルだという。

 ならスキルをアレコレ試す場所として、植物の豊富な森が最適だろう。


 それに森や自然と共に生きるエルフなら、俺のスキルを活かす方法についてヒントをくれるのじゃないか? という思惑があった。

 エルフは人間を嫌っているので、話すのは難しいかも知れないが……とにかく、やれることをやってみよう。


 しばらくして、俺は腹が減っているのに気づいた。そう言えば、朝から何も食べていなかったな。

 狩りでもするかと思ったが、俺のスキルは植物を召喚できるんだった。


「いでよ、リンゴ!」


 試しにそう叫んでみると、俺の手の中に、真っ赤に熟したリンゴが出現した。


「おお……っ!?」


 エリクサー草のような薬草だけでなく、【植物王(ドルイドキング)】は果物も召喚できるようだ。


 食料を簡単にゲットできるとは。生活をする上で、とてつもなく便利なスキルだな。特に今は作物の不作が続いて、食料の値段が高騰している。

 味はどうだろうか?


「へぇっ、割とうまいじゃないか……」


 一口齧ってみると、シャリとした食感と共に甘さが広がる。質もそれなりに高いリンゴだった。


『スキル熟練度を獲得しました。

 スキル【植物王(ドルイドキング)】、Lv2の解放条件を満たしました!

 【植物を武器化できる】能力が使用可能になりました』


 その時、無機質な声が頭の中に響いた。スキルの進化などを知らせる世界の声、システムボイスだ。


―――――――


【植物王(ドルイドキング)】

植物を支配するスキル。

代償として筋力ステータス80%低下。


Lv1⇒植物召喚(触れたことのある植物を召喚する)


Lv2⇒植物を武器化できる(NEW!)


Lv3⇒????


―――――――


「……植物を武器化できる?」


 これって、どういうことだ?

 植物を武器にしたところで、たいして強くはなさそうだが……

 と、その時。


 グルルルルル……!


 獰猛な唸り声。

 俺の行く手にブラックウルフの群れが、背を向けた状態で現れた。真っ黒な毛並みの狼型モンスターだ。


 ヤツらは、傷だらけの白い子犬を包囲していた。どうやら、縄張りに侵入した子犬をよってたかって攻撃しているらしい。

 犬同士の争いになど興味は無いが、かわいそうだな。


「いい機会だ。【植物王(ドルイドキング)】Lv2の能力を試してみるか」

 

 俺は近くの木を両手で掴む。心の中で『武器になれ』と命じた。


 すると根の抵抗が無くなり、スルリと木が抜けた。不思議なことに重さもあまり感じなかった。

 木は枝葉が落ちて変形し、俺が欲しいと思った武器──ちょうど良い大きさの長剣の形状になった。しかも、長年使い慣れたかのように手に馴染む。


「はあああああっ!!」


 俺は剣を振って、ブラックウルフをまとめてぶっ飛ばす。無論、死なない程度に加減してだ。


 ドォオオオオン!

 

 これだけの衝撃が加わっても木の剣は、凹んだりしなかった。意外と頑丈だな。

 驚いたブラックウルフたちが、反撃に出る。だが、俺がいつも相手にしていたAランクの魔物に比べたら、まるで動きが鈍い。

 俺は剣を縦横無尽に振るって、ブラックウルフたちを叩き潰す。


 キャインッ!?


 残った敵は明らかに怯えた様子で、後ずさった。

 

「その子を置いて立ち去れ」


 俺が凄むとブラックウルフたちは、一斉に逃げ出した。

 白い子犬は気が抜けたのか、その場にへたり込んだ。これは治療の必要があるな。


「いでよ【エリクサー草】!」


 俺は最上級の薬草、エリクサー草を召喚した。それを子犬の口に寄せて食べさせる。

 すると、子犬は元気になって跳ね起きた。傷が嘘のように消えて無くなっている。


「ありがとう、あるじ様!」


 お、おい、コイツ。今、人語をしゃべらなかったか?

 人語を操るモンスターというのは、かなり珍しい。高い知能を持つ証拠だ。

 子犬は俺の周りをクルクル嬉しそうに回って、飛びかかってきた。


「おっと!」


 俺が抱きとめると、子犬はつぶらな瞳を向けながら語りかけてくる。


「やっぱり、あるじ様は。フェンリルとの戦いの最中、手を抜いていた」


「フェンリル?」


 よく見れば子犬は、俺が死ぬ思いで討伐した神獣フェンリルに似ていた。

 あの人間をひと飲みにできてしまいそうな巨大な狼──神獣フェンリルを子犬にしたら、きっとこんな感じだろう……と、そんな突拍子もない連想をする。


 すると、子犬の小さな身体から圧倒的な魔力が溢れ出した。

 その魔力の質と強大さは、あの時、肌で感じた神獣フェンリルそのものだ。

 ギョッとして、俺は思わず子犬を地面に落としてしまいそうになる。


「フェンリル、お礼、言う。あるじ様のおかげで、生き延びることができた。フェンリル、あるじ様を追ってやって来た」


 子犬はペコリと頭を下げた。


「……お前、神獣フェンリルなのか?」


「うん。ホントなら滅びるところだった。だけど、子犬に擬態して、なんとか死なずに済んだ。途中から、あるじ様が手加減してくれた、おかげ」

 

 手加減なんてした覚えはないぞ? コイツ、何を言っているんだ?

 ……あっ、もしかして、俺が【植物王(ドルイドキング)】のスキルに覚醒して、攻撃力が激減したのを、手心を加えたと勘違いしているのか?


 そういえばダメージを与えたフェンリルが突然消えて、何となく、おかしい感じがしたんだよな。神獣は死ねば塵となると聞いていたが……

 まさか子犬に変身して、俺たちの目を欺いていたとは驚きだ。


「あるじ様はフェンリルの元のあるじ様と同じ匂いがする。フェンリル、あるじ様の配下になる!」


「は? 同じ匂いって何だ? それに、さっきから俺をあるじ様って。俺の配下になりたいって本気か……!?」


「うん」


 予想外の申し出に面食らってしまう。

 神話によると神獣フェンリルは、悪神ロキに仕えていた。だが、主人を敵対する神々に殺されたため、怒って暴れまわり、神々に封印された伝説の魔狼だ。

 実際、復活したコイツは、好戦的な非常にヤバい奴だった。


 あれ? だとすると疑問がわくな……


「ひとつ聞きたいんだが。なぜ、ブラックウルフどもに反撃しなかったんだ? お前の力なら瞬殺だろう?」


「ブラックウルフ、フェンリルの眷属。話をしようとした」


「何?」


 意外な言葉だった。


「お前は暴れるのが大好きな戦闘狂じゃなかったのか? お前のせいで、都市がひとつ壊滅したんだぞ?」


「それ違う。目が覚めたら、なぜかフェンリル、人間への怒りでいっぱいだった。めちゃくちゃ暴れたの。反省している」


 フェンリルは、シュンとなった。

 本当に悪いと思っているようだった。

 それに目が覚めたら、人間への怒りでいっぱいだった?


「フェンリルを封じたのは神々だろう? 封印される前に、人間に何かされたのか?」


「人間には特に恨み、ない。でも目覚めたら、なぜか人間に怒った。潰したいと思った。自分でもわからない……」


 フェンリルは困惑している様子だった。

 そもそも、なぜコイツは復活したんだ? 神々の封印はそう簡単には外れないと思う。


 【神喰らう蛇】では、フェンリルの封印を解いた者がいるのではないか? という噂が上がっていた。だとすると……


「お前、もしかして、何者かに操られていたのか?」


 魔法の中には精神に作用し、怒りや憎悪を増幅するモノもある。

 フェンリルの原因不明の怒りは、魔法によるものだと考えれば説明がつく。もっとも、神獣の精神に影響を及ぼすことができる魔法使いなど、実在するかわからないが。


「……よくわからない。フェンリル、怒り、抑えられなかった。でも、あるじ様に殴られたら怒りが消えた。あるじ様のおかげで、正気に戻れた。あるじ様はやっぱり、あるじ様!」


 嘘をついている感じはしなかった。

 もし本当に、フェンリルを復活させて王国を攻撃させた黒幕がいるなら、悪いのはソイツだ。

 ここでフェンリルを下手に追い詰めて、敵に回すのは得策じゃない。


 万が一、フェンリルが暴れ出したら今の俺ひとりでは、どうにもならない。王国が再び、壊滅の危機にさらされることになる。ここは相手の言葉に乗るべきだ。

 俺はゴクリと唾を飲み込みながら、語りかけた。


「よし。フェンリルは今日から俺の配下だ。その代わり、約束してくれ。もう人間を殺したり街を破壊したりするなよ? 絶対だぞ」


 フェンリルはコクコクと頷く。


「うん。わかった。あるじ様」


 意外と素直に俺の言うことを聞いてくれた。信じられないが、本気で俺の配下になりたいようだ。

 ならばと、俺は緊張しつつ続けてリクエストする。


「それと、そんな強大な魔力を振りまいていると、トラブルの元だ。みんなを怖がらせてしまうから、普段は抑えてくれないか?」


「うん。抑える」


 すると、フェンリルの身体から強い光が発せられた。その体毛がドンドン抜けていき、手足がすらりと伸びて、銀髪の美少女の姿になった。


「どわっ!?」


 俺はバランスを崩して、少女にのしかかられる形で地面に押し倒された。

 少女は腰から生えた尻尾をフリフリさせながら告げる。


「人間に擬態した。この姿なら、魔力を抑えられる」


「ダァーッ!? ちょっ! 女の子!? お、お前、メスだったのか!?」


 目と鼻の先に、美しい少女の顔のドアップがあった。俺は慌てて離れようとするが予想以上の力で上から押さえられて、ビクともしない。

 こんなシチュエーション、彼女いない歴イコール年齢の俺には、刺激が強すぎだ。


「あるじ様? 顔が赤い。病気? 熱がある?」


 コン、とフェンリル少女が、オデコを俺の額に押し付けてくる。体温を計ってくれているのだろうが、唇が俺の顔に触れそうな距離だった。


「どわぁあああっ!? だ、大丈夫だから、いったん離れろぉおおッ!」


「うん?」


 フェンリル少女は不思議そうな顔をして、俺の上から降りる。

 よく見ると彼女は、素っ裸だった。


「ぶっ!? と、とにかく、これを着ろ! 女の子が人前で肌をさらすな!」


 俺は上着を脱いで、フェンリル少女に無理矢理、被せる。ブカブカの服を着せられて、彼女はキョトンとしていた。


「人間の服? 動きづらい。フェンリル、裸の方がイイ……」


「絶対にやめろぉ! 絶対だ! これからはその姿で、服を着て生活しろ! いいな?」


「うん、うん」


 フェンリルは素直に頷く。


「あーっ、もう、何が何やら……だけどフェンリルと呼ぶのは、ちょっとマズイな。女の子だし、リルで良いか?」


 神獣フェンリルが生きているとバレたら、大パニックだ。人々は恐れ慄き、【神喰らう蛇】から、再び討伐隊が出されるに違いない。


 万が一、闘神の親父が出てきたりしたら、ヤバい。黒幕がいると訴えても、あの親父なら問答無用でリルを殺すだろう。

 リルは本当は悪いヤツじゃなさそうだし、それはかわいそうだ。


 フェンリルが女の子の姿で名前も変えていれば、まず誰かに勘付かれる心配はないだろう。


「リル? うん、リル、リル。あるじ様につけてもらった名前、気に入った!」


 リルは尻尾を振って、嬉しそうに飛び跳ねる。そのたびに服がめくれてヤバいことになっているので、俺は慌てて視線を反らした。


「くっ……と、とにかく、街に行ってリルの服を買わないとな」


 早急に手を打たないと、俺は変質者として、後ろ指をさされかねない。


 美少女にあるじ様と呼ばせて、下着も身に着けさせてないなんて……

 どれだけ変態なんだよ! と、血の気が引く思いだった。


「あるじ様。リル、お腹空いた。ずっと、何も食べていない」


 リルのお腹が、きゅーっと盛大に鳴った。瀕死の重傷を負って食事どころではなかったらしい。


「あっー、とりあえずリンゴとバナナ、食べるか?」


 俺が【植物王(ドルイドキング)】のスキルで、適当にフルーツを出現させると、リルは目を輝かせた。


「すごい。あるじ様! 全部、リルの大好物!」


 リルは飢えた野獣のように俺から果物をひったくると、そのままガツガツと頬張り出した。

 フェンリルって狼だから肉食かと思ったが、果物もイケるようだ。


「甘い! おいしい! あるじ様、大好きぃ!」


「お、おうっ……」


 神獣フェンリルが、こんなに簡単に餌付けできてしまうとは。

 まあ、いいか。俺もそういえば腹が減っていたし。トマトでも出現させて食べるかな。

 疲れたし、ちょっと休憩しよう。

 そう思った時だった。


「いやぁぁあああっ!」


 森に女の子の悲鳴が響き渡った。

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