地下アイドルを題材にゼミ発表をしてみた
benibuta
地下アイドルを題材にゼミ発表をしてみた
学会。それは人類の叡智を競い合う場所。
本日もまた、とんでも学会、通称『ト学会』に学徒が集まった。
大講堂には学会員を均等に並んでいる。後ろの方には一般の人々が立ち見している。満員御礼というやつだ。
私は大講堂の大きなホワイトスクリーンの前に立つ。プロジェクターを起動しノートパソコンの中にあるパワーポイントの資料を映し出す。
いまこそ私の研究成果を見せようではないか。
「皆様こんにちは。皆本と申します。私の研究テーマは地下アイドルとファンの共依存関係についてです」
大講堂がざわつく。
そうだろうなあ。このテーマで研究する人は滅多にいないからね。
「近年、地下アイドル文化は目覚ましく発展しています。しかし、その裏では闇営業など様々な問題が浮上してきています。これはオタク文化特有の問題と言えるでしょう」
オタク文化という言葉を聞いてさらに聴衆たちはどよめく。
「そこで今回は地下アイドル文化における共依存関係に着目していきたいと思います」
パチパチとまばらな拍手が起きる。さすがに地下アイドルに詳しい人は少ないか。
「それでは早速、第一問目です。地下アイドル文化において最も大切なこととはなんでしょうか?」
おーっとまたもやどよめきが起こる。やはり地下アイドル好きの人間しかわからないようだ。
すると一人の男子学生が立ち上がって言う。
「もちろん! 推しメンへの愛ですよ!」
うむうむ。実に模範的な回答である。素晴らしいぞ少年よ。
「はい正解ですね。まさにそれが重要なのです。推しメンに対する愛情こそが地下アイドルの文化を発展させてきました。そしてそれは地下だけにとどまるものではありません。
例えば、プロ野球などのスポーツ界においても推しメンに対する熱量の高い選手ほど活躍できる傾向が見られます。つまり推しメンに対して深い愛情を持てば持つほど実力を発揮できるようになるということなのです」
おお~っと歓声が上がる。さっきよりも大きな声だ。
「この仮説を証明するために様々な実験を行いました。まずは、とある女性アイドルグループのファン100人にインタビューを行ってみました。その結果、非常に興味深い結果が出ました。
そのアイドルグループで一番人気のメンバーAちゃん(仮名)がいるとしましょう。彼女はグループの中で一番の人気者です。そんな彼女がある日突然、事務所を辞めてしまったらどうなるでしょうか? Aちゃん推しの彼らはこう思うはずです。
『なぜ辞めたんだ!? 俺たちを捨てるなんて許せない!』と。
そうなれば自然とそのアイドルグループを応援する気力を失うことでしょう。また別のケースを見てみましょう。B子さんという女の子がいたとしましょう。彼女もまたグループのセンターでした。彼女はグループ内でいじめにあっていたらしいのです。
しかも他のメンバーたちから嫌われているメンバーCくんがその首謀者だったようなのです。もしB子さんの推しメンがC君だとしたら、B子さんは『どうしてあなたみたいな人がセンターなの?』と思うこと間違いないでしょう。
このように推しメンがいなくなった瞬間、彼らのやる気は大幅に低下してしまうことがわかっていただけたかと思います」
聴衆たちの反応は様々であった。
「へえ~そういう風に考える人もいるのか」「面白いかも……」
といった肯定的な意見もあれば、
「それって結局、嫉妬じゃないですか?」
「地下アイドルなんかに興味がある時点でオタクとしては終わっている」
という意見もあった。
まあ、否定派の意見の方が圧倒的に多いけどね。
「それでは第二問目に入りたいと思います」
「皆本先生! ちょっと待った!」
誰かの声によって遮られる。私は振り向く。そこには白衣を着た男が立っていた。
「なんだ、藪から棒に」
「せっかくだから僕にも話をさせてくれませんかね?」
男はニヤリと笑っている。嫌な予感がする男だ。
「いいでしょう。ただし手短にしてくださいね」
「ありがとうございます。僕は教授の薮田と言います。今回のテーマは『オタクとアイドルの関係』についてです」
薮田と名乗った男の目は輝いていた。
「オタク文化と言えば、アニメや漫画などが代表的ですよね。しかしながら、近年ではアイドル文化の発展が著しく、特に地下アイドル文化においてはその傾向が顕著に見られます」
聴衆たちはうんうんと同意するように首を振る。
「しかし、同時にアイドルファンにはある特徴が見られるのです」
「なんでしょうか?」
一人の女性が挙手をして質問をする。
「はい、そこの女性」
「アイドルファンはオタク気質が多い気がします」
「その通りです。よく理解できていますねえ。ではその理由について説明していきましょう」
「その前に一つ聞きたいことがあるんですけれど」
女性が再び挙手をしながら言う。
「そのアイドルファンの特徴というのは一体なんのことなのでしょうか?」
「はい、良い質問です。アイドルオタクは推しメン以外のアイドルにはまったく興味を示さない傾向があります。これは他のアイドルに浮気しないという点では大変素晴らしいです。しかし、その反面アイドル業界全体の発展を妨げる存在でもあるのです」
薮田はホワイトボードに図を描きながら説明する。
「たとえば、現在多くの地下アイドルが存在しています。彼女たちは全員無名と言ってもいいくらいです。そのため、彼女らはイベントやライブを開催するたびに集客力が弱いという問題に直面しており、中には存続の危機に立たされている地下アイドルもいます。そんなとき、アイドルファンからの応援があれば、知名度の低い地下アイドルでも生き残れる可能性が高まるのです。つまりファンからの期待値がアイドルの命綱となるわけです」
萩田は受講生から反論がないことを確認して続ける。
「ところが、アイドルの寿命は短い。だいたい1年~3年以内には解散してしまいます。そうなった場合、地下アイドルのヲタクたちはそのあとどうなるでしょうか?
推しメンを失ったアイドルヲタは生きる目的を失ってしまいます。そうなると彼らはもう終わりです。推しメンがいなければ生きている意味などありません。
なぜなら推しメンの存在こそが彼らにとっての全てであり、アイドル活動こそが人生のすべてなのですから。推しメンがいない人生なんて死んだも同然でしょう。
そう、推しメンへの愛とは即ちアイドルへの愛そのものなのです。だからこそ推しメンへの愛が強い人間ほど実力を発揮できるのです。
また、アイドルオタはアイドルに対して熱狂的な思い入れを持つ人が多く、推しメンに対する愛情が深い人ほど実力を発揮することができます。
推しメンへの愛が強ければ強いほど、推しメンはアイドルとして輝きを増すことができるのです。いわばアイドルへの愛こそがアイドル文化の原動力なのです。この愛こそがアイドル文化を発展させてきたのです!」
薮田は熱弁を終える。会場はシーンとしている。そりゃそうだ。地下アイドルに詳しい人ならまだしも、そうでない人からすれば地下アイドルはただのアイドルでしかない。地下アイドルに対する愛情なんて持ち合わせている人間はいないだろう。
「ふむ、なかなか興味深いテーマですね」
そんな中、一人だけ肯定派のような発言をした人物がいた。
「おや、貴方は?」
「申し遅れました。私の名前は皆本といいます。今回、私が研究しているテーマは『共依存関係』についてです」
「ほう、それはまた面白い」
「薮田先生の研究内容とも似ている点があるようですね」
「確かに。これは面白いことになりそうですね」
二人の間に火花が散る。
「では、早速議論を始めましょうか」
「望むところです」
こうして二人の学者による熱い討論が始まった。
「まず最初に確認したいことがあります。この理論が正しいとしたら、アイドルオタクは推しメン以外には愛情を持てないということになりますよね。
つまり、推しメン以外への愛情はすべて偽物ということになる。つまり、推しメンへの愛だけが本物であると言えるのです」
「しかし、アイドルオタの中には推しメン以外にも愛情を抱く人もたくさんいるはずですよ。現に地下アイドルのファンは推しメンだけじゃないはずだ」
「それは違います。推しメンへの愛こそすべての源なのです。推しメンへの愛情は推しメン以外のアイドルに向けられたものではないのです。
推しメンという偶像を崇拝することだけを目的としたものなのです。だから推しメン以外のアイドルには興味がないのです」
「それはつまり推しメンという偶像を通してアイドルを見ることしかできないということですよ。アイドルはアイドルであって個人ではない。アイドルはあくまで偶像に過ぎない。ならば、その偶像を愛することに何の意味があるのですか?」
「それは……」
「そもそもアイドルは恋愛禁止ですよね。アイドルは偶像でなければならない。アイドルは恋してはいけない。それはアイドルに対する冒涜だ。アイドルは誰のものでもない。それは神からの贈り物だ。
その尊いものに私たち人間は触れてはならない。だから私たちはアイドルを信仰することでその禁忌に触れることになる。これが共依存の関係というものです」
「しかし、推しメンはどうなるのですか? 推しメンは存在する。それは紛れもない事実だ。そんな推しメンのことをどう思えばいいのでしょうか?」
「推しメンのことは忘れるべきです。推しメンなんて幻想にすぎない。推しメンなんて存在しない。推しメンなんて無価値だ。推しメンは邪魔なのだ。
推しメンは殺せ。推しメンの存在を抹消しろ。推しメンの死を嘆くな。推しメンの幻影にとらわれるな。推しメンなんて最初からいなかったんだ。推しメンなんて消えてしまえばいいんだ。推しメンなんて……」
「やめろ! 推しメンを否定するな!」
二人は睨み合う。
「……失礼しました。どうやらお互い譲れないものがあるみたいです」
「いえ、こちらの方こそ、ついムキになってしまいました」
「では次の質問に行きましょう」
「はい」
「皆本先生は推しメンにお金を使うのが好きとのことですが、推しメンのためにいくらぐらい使いましたか?」
「100万円です」
「100万!? さすがに高すぎません?」
「いいえ、これでも安い方です。私の推しメンはとても人気がありましたからね。もっともっと推しメンに貢ぐべきだったと思っていますよ」
「なるほど。ちなみに皆本先生の推しメンってどんな人だったんですか?」
「彼女はとても美しい人でした。まるで女神のように美しく、そして可憐な少女だったのです。私は彼女のことを心の底から愛していました。彼女が笑顔を見せてくれるだけで、彼女が幸せになってくれるだけで、それだけで私は満たされていたのです」
「なるほど。しかし、あなたは裏切られてしまった」
「ええ、そうです。彼女は突然、グループを脱退してしまったのです。理由はわかりません。ある日、事務所から脱退するという連絡があったのです。もちろん私は猛抗議しましたが、聞き入れてもらえませんでした。
それどころか、他のメンバーたちも次々とグループを離脱していったのです。結局、私以外のメンバーは全員辞めてしまい、残ったのは私だけになってしまったのです。その日以来、彼女は芸能界から姿を消そうとしています。私は彼女が戻ってくることを信じています。いつかきっと彼女と再会できることを願っているのです」
「ずいぶんと壮大な話ですなあ」
「ええ、本当に」
「では最後の質問です」
「はい」
「あなたはどうしてアイドルオタクになったのです?」
「私は幼い頃、小児性愛者に襲われそうになったことがあるのです。そのとき、たまたま通りかかった男性に助けられ、その男性がアイドルオタクだということを知ったのです。それからというもの、彼のことが忘れられなくなり、気がつけばアイドルオタクになっていたのです」
「なにやら複雑な事情があるようですなあ」
「はい、まあその通りです」
「では、そろそろ結論に入りたいと思います」
「ええ、異論はありません」
「お互いに納得のいく結論が出るといいですね」
「同感です」
「「最後に一言」」
「推しメンのいない人生なんて死んでも同然です」
「推しメンへの愛こそがアイドル文化を発展させてきたのだ」
「「ありがとうございました」」
会場は拍手に包まれる。
二人の学者は握手を交わした。
地下アイドルを題材にゼミ発表をしてみた benibuta @benibuta
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