第8話「レベル神」

「私も突然の事で戸惑って無いって言ったら嘘になるけど、でもまあ最悪では無いわね。この世界にも精霊が居て私は魔法を使えるし、レベル神のお陰でレベルを上げる事も出来る」


 イオナが話した内容を理解出来ている学生は1人も居ないだろう、俺だってまだ半信半疑なのだから、はっきり言ってこんな戯言信じる奴は中二病罹患者だけだ。


「魔法って、あの魔法ですか。それにレベル、ちょっと意味が分からないんですが」


 当然来るだろうと考えて居た反論が、控えめに学生達の中から起こった、これがもっと成熟した大人達だったら袋叩きに有って居ただろう。


「今から私がエルフ語、つまりの精霊との親和が最も高い言語で、レベル神召喚の呪文を唱えるわね」


『ランランカンカン、メイメイリンリン、パイパイ、チュウカナ、ポワポワリン』 


 相変わらず意味の解らな言葉の羅列だ、エルフ語が理解出来る俺でもこれなんだから、学生達には聞き取れすら出来ないのでは無いだろうか。


「今の言葉聞き取れた子居る?」


 20人近い学生の中で聞き取れたのは、オタク丸出しのメガネを掛けたひょろ長い学生だけだった。

 もうひとり手を上げている人物が居たが、それは学生では無く、俺達と一緒にここまで逃げて来た鈴木覚だった。


「覚も聞き取れたのね、じゃあ、あなたと覚私に続いて呪文を唱えて貰えるかしら」

『ランランカンカン、メイメイリンリン、パイパイ、チュウカナ、ポワポワリン』『ランランカンカン、メイメイリンリン、パイパイ、チュウカナ、ポワポワリン』『ランランカンカン、メイメイリンリン、パイパイ、チュウカナ、ポワポワリン』 


 3人が呪文を唱えたが何の変化も無い、それは当然の事だ、レベル神と会っている時は時間が止まった別の世界に行って居るのだから。


「イオナ姉ちゃん、レベルが3に成ったって」

「へぇえ、中々優秀じゃない、只人なら一つ上がるだけでも大した物なのに」

「あの、僕はレベル1のままで残り23の経験値が必要って言うアナウンスが出たんですけど」

「それが普通よ、でも他の皆はこれでレベルが上がったなんて信じられないわよね、この中で誰か武道の心得の有る人って居ないかしら」


 20人居る学生の中、奇跡的に空手を習っていた学生が1人居た、それは三枝だったが体格を見るに納得出来る事だった。


「じゃあ手を上げて居るあなた、覚と手合わせして、負けるなんて事普通なら無いわよね」

「覚君って小学生なのかな」

「よく間違えられるけど、もう中1だよ」


 まだ第二次成長期が来ていない覚は小学生と大差が無い、俺も人の事は言えないが、覚と三枝なんてまさに大人の子供普通なら相手になんかならないが・・・


「2人で模擬戦をやってみて、そうしたらレベルアップの恩恵って物が実感出来ると思うから」

「いくら何でも覚君とは体格差が有りすぎませんか、それならまだイオナさんか、上堂先輩と戦った方が」

「私は駄目よ、あなたとじゃ実戦経験の差が有りすぎて、レベル云々の差が解らないもの。直樹も駄目ね、ああ見えてもレベル7の素人だから怪我をするわよ」


 レベル7の素人とは言い得て妙だなと思う、いまだにゴブリン相手でも足がすくんでしまうからな。まだ三枝は納得が行ってなかったようだが、覚の方はレベルアップの効果を確かめたくてウズウズしている、その辺りは子供っぽくて好感が持てた。


 イオナが三枝に経験者なんだったら子供相手に手加減出来るでしょ、と言われ不承不承頷いて、三枝と覚が模擬戦を行う事と成った、俺もレベルアップの恩恵を感じているが、どの程度強く成っているかなんて未知数だ。

 弱って居るゴブリンにとどめを刺す以外大して戦って居ない。


「行きます」


 両者身構えて居るが構えの差が歴然だ、覚はおそらく殴り合いの喧嘩すらしたことが無いのでは無いだろうか、両手を突き出し拳はグーの形まま三枝に突っ込んでいった。


「はっ」

「えっ」

「嘘っ」

「マジかよ有りえねー」


信じられない、まるで絵空事だ、小学生にしか見えない覚が180センチ近い三枝を持ち上げて投げ飛ばした、柔道や合気道のような技術じゃ無く単純に腕力だけでだ。

 目の前で確かに起こった出来事だけど、出来の悪いドラマのCGを見ているようだ。


「これで信じて貰えたかしら」

「あのどうやったら経験値って溜まるんですか」

「魔物を殺すのがてっとり速いけど、日々の生活の中でも経験値は溜まるわよ」


 ひょろ長君が真剣な表情でイオナに訪ねて居た、あんな光景見たらスーパーマンにでも成れるような気がして来るから当然だろう。

 しかしレベル50を超えるイオナでさせ、オーガには1人では戦えないと言っていた、釘は刺して置いた方が良いだろう。


「私達はその、レベルでしたっけ、上げる事は出来ないんですか」

「エルフ語を覚えれば大丈夫よ、私が教えるよりも純粋な日本人の直樹に教えて貰った方が覚えやすと思うわ。ネオティブな発音じゃ無くても直樹くらい日本語訛りが有ってもレベル神は呼び出せるみたいだしね」


 俺のエルフ語は鈍って居るのか、そんな事気にもしなかったな。


「先輩俺にも教えて貰えますか」


 覚に投げ飛ばされて居た三枝が起き上がって、俺の所にやって来て教えを求めた、教えるのはやぶさかでは無いが、レベル神を呼び出すには俺の場合供物が必要だ。


「構わんけど、俺はちょっと特殊でな、お菓子が無いとレベル神が臍を曲げるんだ、だから何でも居からお菓子をくれ」


お菓子と言われても三枝は手持ちが無いようで、周りの学生達にねだるようにして顔を向けて居ると、女子学生の何人かが飴とチョコレートを出してくれたので、俺はそれを手元に手繰り寄せ呪文を唱える。


「じゃあ呪文を唱えるから、『ランランカンカン、メイメイリンリン、パイパイ、チュウカナ、ポワポワリン』」


 呪文を唱えると真っ白な空間にたどり着き、目の前には横になってテレビを見ていたレベル神が居た。


「おっすおっす、遅かったね」

「何やってんすか」

「テレビを見てるに決まってんじゃん」


 神がテレビを見るのか、日本じゃ既に放送してないが、どこの放送を受信してるんだか。


「少ないですけど貢物です」

「良きかな良きかな」


 飴玉とチョコレートを受け取ったレベル神は上機嫌で座り直して俺をじっくりと観察する。


「さっき地球生まれの只人が来てたんよ」

「多分知り合いです、この後も何人かこちらに来るかも知れません」

「地球人は軒並みレートが低いからレベル上げも大変ちゃね」


 レートね俺のレートは貢物によって0.314から3.14へレベルアップさせて貰ってる。


「レベル上げるのん?」

「上がりそうなんですか」

「そやね、今溜まってる経験値が3万ちょぼちょぼやし3.14倍するとレベル10まで上がるっちゃ」


 レベル神の口調が定まらないのは、俺のエルフ語への理解が足りない為だろうか。


「お願いします」

「りょ」


 やっぱりファンファーレが鳴り響きレベルが10まで上がった。


「直樹が次のレベルまでに残り80350の経験値が必要だ」


 おうふっ、次のレベルまでの経験値がかなり高い、俺が倒した魔物はゴブリンだけだけどそれなりの数は居た。

 その数と同じだけのゴブリンを屠らないと、次のレベルまでは上がりそうに無い。


「直樹にはレベル10毎にスペシャルなスキルをやるっちゃ、なんせ地球で初めての私の眷属やさかいね」

「眷属なんですか」

「そりゃあ眷属っしょ、私と話せる人間なんて直樹で二人目ぞ、最初の1人は私の神殿作ってくれて教祖をしとるよ」


 それって暗に俺にも神殿を作れって話しなのだろうか、お菓子の貢物よりハードルが一気に高くなったな。


「最初のスキルは何にする、お勧めは戦闘系のスキルやね、便利なスキルは幾つも有るけど死んだら終わりやさかい」


 戦闘系のスキルと言われても、提示されたのは剣を使う剣士、槍を使う槍士、弓を使う弓士の3つだったが、剣士にした。

 特に理由は無いが、剣士ってなんとなく主人公っぽいって思っただけだ、丁度剣鉈と言う武器を手に入れたしな。


「じゃあこれお土産な、次は早めに来るんやよ」


 そこで白い空間からカフェテリアに戻ってきた、目の前には貰ったお菓子が有った筈だが、帰ってきた途端刀剣に変わって居て、周りに居た学生達から声が失われた。


「それ・・・どんな手品なんですか」

「手品に見えた?」

「見える訳無いじゃ無いですか、お菓子が行き成り剣に変わったんですよ、何ですかそれ」


 そりゃあ不思議だろうさ、だって俺でさえ意味が分からないのだから。

 おそらく剣士になったサービスで剣を付けてくれたんだと思うけど、もう少しお土産の正体をはっきり教えてくれても良かったのでは無いだろうか。


レベルアップの呪文の方だけが、イオナの発音よりやはり俺の発音の方がわかりやすかったようで、半分くらいの学生はレベル神に会ってレベルを上げられたようだ。


「レベルが一番高かったのが覚君で、その次が三枝君か、大半はレベル1のままだから先が思いやられそうだ」

「あの先輩、レベル上げに付き合って貰ったりは・・・」

「2、3日休憩させてくれよ、本当に逃げて来るだけで精一杯だったんだよ、俺達」


 レベル神を呼び出せ無かった連中が、呼び出せた学生から何度も教えられて、覚えようと必死に成っている、イオナが俺にしたようにエルフ語を覚えさせれば解決するのだが、それを行わないのは何か理由が有るんだと思い黙って居る事にする。


「あの何で橋本教授にはレベルの事教えなかったんですか」

「そんな荒唐無稽な話教えたとして信じるか?」

「俺は信じましたけど」

「50を過ぎた大の大人が信じるか?」

「普通なら信じませんね、俺もこんな事が起こらなければ信じなかったと思います」

「話すらまともに聞かないと思うぞ、イオナが皆に教えようと言わなかったら言うつもり無かったしな」

「それは・・・俺教えて貰えて嬉しかったです、だから先輩そんな顔しないで下さい」


 どんな顔をしていたのか、鏡が無いし知る事は出来ない、でも後悔している顔つきだったんだろう。いまだに教えて良かったのかと自問しているからな。


「三枝君はこの話広めるつもりなんだろ」

「どうですかね、見知らぬ誰かの為に馬鹿にされながら教えるつもりは無いですよ、家族とか友達とかなら別ですけど」

「イオナの話が警察や政府の耳に入るのかが怖いんだよな」

「それは拘束されるかもって話ですか、有り得そうですね」

「だよなー」


 平時なら確実に捕まっているだろうけど、今は非常時だ、情報の伝達も直接会って話さないと伝わらない。

 怖いのは変な噂話が広がっていく事なんだけど、そもそもここに居る学生達が外に出るのも容易じゃ無いってのが若干の救いか。


「さっき話の途中で出て言った学生居ただろ、アレって話の内容を確認しに行ったんだと思うんだけど、ネットって通じてるのか」

「インターネットは駄目ですけど、学内のイーサネットは生きてるって話で。俺も良く分からないんですけど、ローカル内に残った情報からインターネットが切断された前後までの情報を読み取れるとか何とか」


 インターネットが生きて居る事に期待していたのだが、そっちは空振りだったようだ。


「話は変わるけど、大学内の電気が使えるのってどのくらいの容量か分かる?」

「実験棟の設備は動かせないって聞きましたけど、どこまで使えるのかは判りません。でも夜になると発電量が落ちるようで、教室や職員棟の電気は使えなくなるみたいです。たしか農場が最優先で、その次が寮の電気が優先されるって話を聞きました」


 農学部の先生に会って話を聞いた方が良いか、あっ、魔物がヤバイって話をし忘れていた、既に残っているのは三枝と少数の学生だけだ。レベル神の話だかでお腹いっぱいだ、生協の扉をぶち破ったら休ませてもらおう。


 バールで扉を破壊すると、中の物は三枝に任せて俺達は女子寮へと帰った。





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