第7話「家に帰りたい」

 朝食を食べ終えた後、俺だけ門番をしていた男、三枝一輝に呼び出しを受けた、一緒に潮が着いてきて来れたが、他の同行者は部屋で休むようだ。


「朝っぱらからすいません先輩、少し聞きたい事が有りまして」


 俺の事も先輩と呼んでくれるらしい、呼び出された先は男子寮の食堂で、三枝の他にも数人男女が集まって居た。


「先に言っとくけど、何が起こったとか、原因とか理由は知らないからな」

「それも勿論聞きたいんですけど、品川駅とか東京駅がどうなったのかが知りたくて」

「被害を受けたかって話なら多分受けてると思う、けど駅舎がどうなってるのかまでは知らないな。品川とか東京駅は知らないけど、新宿駅は地獄だったよ、詳しい話を聞きたいんだろうけど、俺だって女子供が魔物に食われてたり、レイプされてた所を凝視出来る程強くないから、目をそむけてた」


 私の話にぎょっと驚いて居たが、大半の人間はその事を予想していたのだろう、驚きはしたが非難はして来なかった。


「見ていただけなんですか」


 空気の読めない馬鹿はどこの世界にでも居るらしい、大学生なんだから少しくらい考えてから口にすればいい。


「見てただけなら死んで居たよ、見ないように逃げ出したから生きている」

「助けようとは考えなかったんですか」

「そんなに憤ってるなら君が助けに行けば良い、新宿まで出なくても八王子の駅前なら逃げ遅れた人が沢山隠れて居ると思うよ。ここかでも1時間もしない内にそう云う現場に遭遇出来るだろうさ」


 私の答えに非難の声を上げた女は押し黙ってしまった、彼女の顔は女子寮では見ていない、より安全な男子寮に逃げたのだろう。


「黙ってないで武器を持って助けに行ってやりなよ、助けたいんでしょ」

「先輩ごめんなさい、こいつ考え無しで口から出ただけなんです。許してやって下さい」


 だまりこんだ女からは謝罪の声は聞けなかった、実際俺はどうとも思って居ないので放置する事にして話を進める。


「聞きたいのはそれだけ?」

「ここには足りない物が有るんです、水と食料は充分に確保出来ているんですが、日用品が不足してるんです」

「生協に在庫は無いの?」

「鍵が掛かってるんです」


 そりゃあ鍵くらいは掛かっているだろうな、なんで壊そうとしないのだろうか。


「壊せないの?」

「犯罪に成りませんか」

「緊急避難って事で大丈夫じゃない、中に有る食料品が腐ったら衛生的にも拙いでしょ」

「そうですよね」


 全員そのくらいの事は理解している、ただ責任を取りたく無いだけなのだろう、先程俺に助けなかったとなじった女が何か言いたそうにしているが、無視だ無視。


「あのお、後から怒られませんかね」


気弱そうな男が聞いてきた、何人から思わず頷いている、気になっている所はそこなのだろう。


「後って?」

「騒ぎが収まった後なんですけど、訴えられたりしませんかね」

「それは大丈夫だよ」


 騒ぎが収まるような事は遠分ないし、収まったとしても今の体制は崩れて仕舞っているだろう。


「どうして大丈夫って言えるんですか」

「詳しい事は知らないけど、緊急避難って法律が有って、物を壊したり取ったりしても必要不可欠な場合は罪に問われないらしいよ」


 緊急避難の事は学生たちの中で数人は知っていたようだが、自信が無くて今日までモヤモヤしていたらしい、それならと俺が生協の建物に行って鍵を壊してやると断言すると、お願いしますと頭を下げられてしまった。



 生協の鍵を壊すため、何か道具は無いかと校内をうろついて居たら、懐かしい顔に出会った。


「はぁはぁはぁ、探したんだよ上堂君、君新宿から来たんだってね」


 5年ぶりに会った我らの恩師橋本教授は更に後頭部が後退していた、もうヘアスタイルで禿頭を隠す事は出来なく成って居た。


「先生無事だったんですね」

「全然無事じゃ無いよ、電車に乗ってたら急に止まって何事かと構えててら、おかしな生き物が現れて。高架から川の中に飛び込んで逃げて来たんだよ、あのまま残ってたら死んでたね、間違いなく」


 教授らしからぬ大冒険の末、学校にたどり着いたらしい、確か橋本先生は池袋のマンションに住んでたから、新宿を経由してから八王子に通勤している筈だ。


「大冒険ですね」

「本当だよ、それで聞きたい事が有ってね、新宿の駅の様子を教えて欲しいんだ」「一言で言うと地獄でしたよ」

「そう、なのか、池袋の情報なんて何か聞いて居ないかい」


 池袋の事は何も見聞きして居ない筈、けど状況は新宿と同じ程度だと思う、池袋も新宿も都心のど真ん中だ。


「判りません、家族と連絡が取れない感じですか」

「妻と娘とね、娘とは一緒に家を出たから家に居ない事は判ってるんだけど、妻の方が家に居る筈なんだよ。上堂君は車で来たんだよね、近くまで送ってもらう事は出来ないだろうか」


 この人も歩いて逃げて来たのなら、惨劇を目の当たりにしてるだろうに、よくもまあ送ってくれだなんて簡単に言える物だ。


「先生、俺はあの地獄のような場所に行く気は無いですよ。先生も歩いて逃げて来たなら、どんな風かは予想が付きますよね」

「なら報酬を支払おう、それならどうだろうか」

「貴金属や日本円以外の対価なら考えても良いですよ」

「君はもう日本円に勝ちが無いと考えて居るのか」

「日本円どころか米ドルもユーロも元も無価値になるって考えてますけど」


 アメリカが消失したんだ、秩序が回復するまで紙幣は紙切れと同じ価値しかもたなく成るだろう。


「何が望みかね」

「そうですね、例えば武器とか防具とか、後は貴重な食料や薬なんかですかね」

「食料なら多少は家に備蓄が有るからそれを提供しよう、それで良いね」

「言い訳無いでしょ、そんなもんならそこらの民家からでも得られるますよ、何でわざわざ危険な都心に行かないと駄目なんですか。先生、もう少し現実を考えましょう、一昨日までの秩序は崩壊しちゃったんです。池袋に行くって事は、竹槍片手に戦車に特攻するくらい危ないって事です。それに見合うだけの対価が無ければ動きませんよ」


 教授はまだ現実を受け止め切れて居ないのだろう、1人危険な都心に向かうなら勝手にしてくれって話だが、俺まで巻き込まないでほしい。


「そんなに危険なのか」

「魔物に食われてるサラリーマンや小学生を五万と見てきましたから、女を犯す魔物までいましたし、俺はもう都会には顔を出さないつもりです」

「そこまで危険なのか、なら武器だけでも貸して貰えないか」


 教授は車の運転が出来ないらしい、運転出来るなら、真っ先に車を貸してくれと求めて来る筈だ。


「武器ってそんなもん持ってる訳無いじゃ無いですか、木の棒に包丁を取り付けて槍代わりに使ってましたけど、ここならもっと武器らしいものを作れるんじゃ無いですか」

「武器を作るのか、そんな事考えた事も無い」


 教授はそれだけ言い残すと何処かへ移動して行った、剣鉈や槍もどきは持っているが、教授に渡せる物では無いからな。

教授が居なく成った事だし、今度こそバールのような物を探しに校内の散策を続けた。

農学部の倉庫でバールを借りて生協の建物に向かう、生協前では数人の学生がたむろしていた、その中に三枝が居る目立つ学生で分かりやすい。


「上堂さん、こっちに、早く」


 えっ何と聞くような余裕は無く学生達に誘導され、生協近くのカフェテリアに拉致された。その場には潮とイオナそれに覚が居て、外のテーブル席に座っている。


「どうしたんだよ」

「あの上堂さん、橋本教授に1人で池袋まで帰れって言ったんですか」

「そんな事言ってないよ、送ってけって言われたけど、断っただけだよ」

「どうしてですか」

「そんなの危ないからに決まってるだろ、そもそもあの車俺のでも無いし、どうして送って貰えるなんておめでたい考えが出来るのか、逆に聞かせて貰いたいよ」


 どうも学生達の一部に送って欲しいと考えて居た者達が居たようだ、私の言葉にショックを隠せて居ないのが3人は居た。


「あの車は覚君の車なんだよな」


 三枝が学生達の代表として聞いている。


「父さんの車です、僕のじゃ有りません」

「そっか、じゃあ鍵は今誰が?」

「それは俺が預かってるよ、中に積んでる荷物は俺のだし」


正確に言うなら俺達の荷物だが、そこは構わないだろう、学生達はあの車を狙って居るのだろうし。


「上堂さんあの車を貸して貰えませんか、覚君達を受け入れる代価って事で」

「子供の持ち物取り上げて恥ずかしく無いのかお前ら。それにな、もっと真っ先に頂ける車が目の前に何台も有るだろうがよ」


 駐車場には数十台の車が止まっている、中には何年も放置されている誰の物とも知れない車があったが、大半は学生寮や近所のマンションで暮らす学生の物だ駐車場節約の為学校に止めて居る。

鍵の在り処が分からない物も有るが、少なくとも学校の許可を得ている車は、スペアキーの提出を求められる、そっちから使うのが筋ってもんだろう。


「先輩たちは着いてきて貰えませんか」

「何で?」

「・・・怖いんです」

「あのさ、俺達が怖く無かったとでも思ってんの?」

「そんな事は・・・」


 怖いと言ってきた学生は女だったし、こういう状況で大人の男に頼る気持ちは分かるし、一昨日までならそれで許されたのだろう。しかしもう世界は変わってしまったのだ、日本の安全神話なんて既に霧散して居る。


『ねえこの子達にもレベルアップを教えて上げたら良いじゃない、後は自己責任で勝手にしてもらったらどう』


 イオナが、異世界語で話しかけて来た、そう言えば俺異世界の言葉を理解出来るんだった。

 イオナの発言に周りの学生達は少し戸惑っていたが、見た感じ日本人には見えない、だから驚きの顔は俺がイオナに返事を返した時に起こった。


『教えちゃっても良いのか、俺達のアドバンテージが無くなると思うけど』

『只人でも使える精霊語だから良いんじゃ無いからしら、ただ覚えて貰うにはエルフ語を習得してもらう必要は有るけれど』


 教える事事態は構わないのだが、それでイオナの正体が知れる事が怖い、今回の事件の生贄にされかねないからな。

 多少のカバーストーリーを作って置いた方が良さそうだ、それでも悪感情を抱く奴は居そうだが、軽減されはするだろう。


「皆は今回の事件の事、どのくらい知ってるんだ」


 まずは、学生達の意識調査さから始めなければ話にもならない。


「ゲームで見るような魔物が出て来た事くらいしか」

「アメリカの国防省の謀略って話を聞きました」

「中国が山間部に封印されていた異界への扉を開いたって聞きましたよ」

「全く何も、今朝まで部屋の中で震えてました」

「アメリカが異世界召喚されて消えたってネットで見ました」


 予想通りかなり怪しい風聞が流れて居るようだ、俺の知ってる話に近い事も流れて居るようだし、尾ひれを付けて話を広めてやろう。


「俺と一緒にここに来た長田円が、国会議員の長田正義の秘書で娘って事は知ってるか?」

「そうなんですか、初めて知りました」


 俺の話に返事をしてくれたのは三枝だったから、三枝に話を投げかける感じで話を進めて行こう。


「その円が議員会館で聞いてきた話なんだけど、今回の異変の原因は、アメリカの研究施設が行った人工ブラックホールの実験らしい」

「まじかよ」

「あの噂本当だったんですか」

「アメコウ目」

「何が世界の警察だよ」


 罵詈雑言が溢れ返る、俺も初めてその話を聞いた時にはムカついてしょうがなかったが。


「話には続きが有って、その実験で北米大陸が地球から消えたんだ、現在の北米大陸の位置を衛星で確認したって話だから、北米大陸が消えたのは事実だ」


 その話にはため息しか無かったようだ、何人かが、走り出したのでまだネット環境が残っているのかも知れない。


「その北米大陸の代わりに、異世界から代わりの大陸が現れた、そこから魔物達が世界各国に散らばって居るらしい」

「あの上堂先輩・・・その魔物が世界に散らばってるっておかしく無いですか、アメリカが有った場所に魔物が住んでたとしても日本からは大分距離が有りますよね」

「ある人物から話を聞かされたんだけどな、魔物の住む大陸と日本や世界をつなぐゲートって物が現れたらしいんだ。途端に嘘くさく成って来たと思うから、今からその証拠を見せてやるよ。アメリカの実験で日本に召喚されてしまった、エルフさんだ、みんな失礼の無いようにな」


 俺はイオナの後ろに回って帽子を取ると、耳がよく分かるように髪の毛を掻き分けてやった。


「紹介に預かった、真紅の森のイオナ、古き森の一族の最後の1人。私も突然召喚されて何が何だか分からないけど、判っている事は皆にも伝えるわ」


 我ながら無理が有る話だとは思う、もし俺が他の誰かからこんな話を聞かされても信じ無かっただろう。


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