第6話「大学」
「安全なルートで神宮の避難所に向かう事は難しいって事だね」
「多分どこにも安全な道なんて無いと思います」
「そうか、ありがとう避難の参考にさせてもらうよ」
公民館の避難所は撤収するつもりらしい、ここには水と電気は有るのだが、食料は初日に全て放出してしまったようだ。
俺達の食料を分けるよう頼まれたが、実際バッグに仕舞ってる量だと自分達の分で数日分しか無かったので断った。
「無線は通じてるんですかまだ」
「本署とは通じるんだけど、本庁とは駄目なんだ、署としては大規模な避難所に移動したいみたいなんだけど、その情報が無くてね、君たちの情報提供には感謝するよ」
警察と話している間に、あのおっさんの姿は消えて居た、役所の前でバイクを盗まれたとか言う話が聞こえて来たが無視して車に戻る。
「全員揃っているみたいだし出発するぞ」
車の中でおにぎりとお茶を全員に配った、俺も片手でハンドルを握って、お握りを食べながら助手席に座っているイオナに安全な道をナビしてもらう。
「おにぎりは昆布が一番ね」
「食った事有るのか」
「大地が作ってくれたから」
女の為に料理をするとは、勇者は豆な奴だったのだろう。
「魔物の数は減って居るのか」
「最初に直樹と会った場所よりは減っていわね」
新宿よりは調布の方が少ないらしい、人口と魔物の分布は比例しているのだろか、だとすると大規模避難所なんて魔物が集まって来る場所って事になる。
「このまま真っ直ぐ行くのは辞めた方が良いわよ」
イオナの指示に従い調布から一旦多摩に移動し、そこから相模原経由で八王子に向かう、かなりの遠回りになったが、ほとんど魔物に出会う事無く目的に近くまで移動する事が出来た。
「後部座席、完全に寝てるな」
「子供達2人は疲れてたんでしょ、充分に休息も取れて無かったみたいだし。そでに円には眠ってもらったの、今の内に話して置きたい事が有って」
一旦車をガソリンスタンドで止めた、燃料が少ない事も有ったが、ガソリンや灯油を仕舞えるなら仕舞ってもらいたい。
イオナに地下に有るガソリンや石油を仕舞えのか聞くと仕舞えると言う返事が来たのでお願いした。
「それで話って何」
「魔物の事なんだけど・・・何処かで湧き続けて居るみたいよ」
「湧くってどういう事?」
「転送門って判るかな」
「いや全く」
「2点間の移動に使われるゲートなんだけど、それが何処かに有ると思う、繋がってる先はあっちの方向ね、かなり遠くの場所に強大な魔力を感じるわ」
指さされた場所は東の方角だった、消えた北米大陸に代わって現れた土地なのだろうか。
「じゃあさこの騒ぎってずっと収まらないって事か」
「ゲートを潰せば良いのよ」
ゲートね、何処でもドアみたいな物なのだろうか、そんな夢いっぱいのアイテムから、魔物が湧き出してるなんて考えたくないな。
「イオナにはそのゲートの場所って判るのか」
「おおよその位置わね、一番最初に直樹と会った場所からそう遠くない場所に1ヶ所、後はここからじゃ分からないけど数ヶ所は存在するんだと思う」
東京から魔物を排除する為には数ヶ所存在するゲートを潰さないとならないようだ、情報を提供すれば自衛隊や警察でどうにか出来ないだろうか。
「そのゲートを壊す為には何をすれば良いんだ」
「高レベルな冒険者が必要、最低でもレベル30の冒険者が6人は必要ね。その内の1人には私のような精霊の使い手が居ないとゲートが暴走するわね」
「ミサイルや重火器での攻撃で壊す訳にはいかないって事か」
「ミサイルって物は分からないけど、重火器って大砲の事よね、壊す分には問題無いんだけどその後の処理を上手くしないと、暴走したゲートによって何十ケルンもの土地が人の住めない毒に犯された土地になるの」
新宿のど真ん中から数十キロが汚染されたら、大変な事にはなるだろうけど、それでも今の状況よりはましなのでは無いか。
「汚染された土地を後から浄化するのは難しいのかな」
「目に見えない毒なのよ、それにね、その毒に晒された人が別の場所で死ぬと、その死体も毒の発生源になるの。食べ物、水、空気までもが毒に晒されるから、暴走したゲートの回りでは100年単位で生き物が住めなくなるのよ」
政府がゲートを見つける前に伝えて置きたいが、伝える手段が無い。例えどうにかして伝えたとしても、会社が潰れて無職になった俺の話を信じるとも思えんしな。
「そのゲートって見たら直ぐに判る物なのか」
「精霊術士ならね」
地球の人間に精霊術士なんて居る訳無いからゲートが発見される事も無いのか、偶然破壊でもされたらたまらんけど。
ガソリンと灯油、オマケに軽由も収納出来たようだ、内訳はレギュラーガソリンは20キロリットル、ハイオクは10キロリットル、灯油も同じく10キロリットル、軽油は5キロリットルが収納出来た。
「じゃあ車にガソリンを入れて移動を再開しようか」
イオナに間違えないようレギュラーガソリンを給油してもらって、大学に向かって移動する、田舎とは言え一応は東京だ夕暮れ時とは言え人踊りの有る筈の道は完全に無人だった。
都心との一番の違いは放置車両が無い事だろう、電気は完全に止まっているようで、辺りにまともな灯りは点いて居ない。
完全に日が落ちた頃大学に通じる道まで移動してこられた、こんな田舎でも魔物が居るらしく、遠回りしなければならなくてこんな時間になったのだ。
「先輩封鎖されてますね」
「対人用のバリケードか、魔物用のバリケードかどっちだと思う」
「両方なんじゃ無いですか、どちらにせよ普通じゃないですよ」
大学を出てから既に5年が経過している、俺じゃあ教員以外誰も知り合いが居ないだろう。
そうは思いつつバリケードに向かって進んで行く、長田はまだ大学を出てから2年知り合いも残っているだろう。
「ここは避難所じゃ無いんですけど」
「それは知ってる、俺と彼女はここのOBなんだ、橋本先生を呼んで貰ったら判ると思う」
OBだからって中に入れる必要は無いよな、と思いながら細い伝手を頼ってゼミの教授の名前を出した。
「橋本ゼミなら潮さんの知り合いか」
「潮って伊賀潮の事か、あいつまだ大学に残ってたのかよ」
伊賀潮は俺の同級生だった友人だ、1年次で留年し、途中休学して留学なんかもしてたが、まさかまだ大学に残っていたとは思いもしなかった。
「ちょっと待っててくれ今呼んで来せさせる」
バリケードの奥に待機場が作られて居て、中から人が出ていく、20分程待たされると5年ぶりに潮の姿を目にした。
「直ちゃん無事だったか、俺はもう都内は駄目かと思ってたよ」
「潮、ここも一応都内だから」
「そうなんだけどな、それよりも三枝、入れてやってくれよ、こいつらはうちの関係者だ」
「判りましたよ」
短いやり取りで中に入れてくれる事になった、助手席に座って居たイオナが後部座席に座り、潮が助手席に座った。
「じゃあ女子寮の方に回ってくれよ」
「何で女子寮?」
「空いてるのが女子寮しか無いんだよ、夏休みで残っていたのは農学部と獣医学科の学生だけでさ、女子はほぼ帰省してるんだ」
俺と潮それに長田は政治学部に在籍していた、どうしてこんな山の中に政治学部の学部を置いたのかは知らないが、政治学部の他には、農学部と畜産の治験を行う獣医学科しか学部が無い。他の学部は都心のキャンパスで授業が行われて居る。
「それにしてもまだ卒業してなかったんだな」
「今年卒業しなけりゃ放校処分だったよ」
キャンパス内には所々に灯りが有る、自家発電なんて洒落た物存在していのかと思い聞いてみると。
牛舎用の冷暖房には電気が必需品なので、太陽光発電と蓄電池それに小水力発電と言う物を導入したらしい。
「何人くらい残っているんだ」
「正確な数は知らんけど、300人くらいは居るらしい」
「付近の住民が避難して来なかったのか」
「野菜泥棒は来たけどな、この辺の被害なんて知れてるから、避難所にもそんなに数が集まって無いらしい」
「野菜俺達も分けて貰おうかと思ってたんだけど難しいのか」
「大丈夫だと思う、取られたのは遺伝子組み換えでヤバそうな奴だったらしい、それで警備しなくちゃって話になってあの三枝ってのが中心になって、封鎖したんだ」
遺伝子組み換え食品か、そんな物まで作ってたんだな。
「ヤバいのか」
「動物実験もしてないから何とも判らんみたい、毒性は低いんじゃないかって話だけど、今は実験棟を動かす電力は無いから確かめられないんだと」
不安な話を聞かされている内に女子寮へと到着した、俺の頃はかなりボロボロの建物で、ここに入っているのは獣医科の女子だけだって話だったが、新しくなってここなら下宿先の候補に入れても良いんじゃないかと思えた。
「建て替えたのか」
「半分だけな、残りの半分は来年に工事予定だったんだけど永遠に無理かもな」 確かに建物の半分は新築だったが、残りは見慣れた建物が並んでいた。
「男子寮も建て変わったのか」
「ああ、男子寮は全部新築に成ってる、痛みが激しかったから先行して建て替えたらしい」
建て替えた事はメリットだけでは無く、寮費の値上がりと言う形でデメリットも存在したようだ。
女子寮の中で今現在使われて居る部屋は3室しか無かった、120部屋中3室だからそれは寂しい物が有る。
俺には寮生3人との面識は無かったが、長田は1人を知っていたようだ。
「良かった円さん、無事だったんですね」
「明日花ちゃん実家に帰らなかったの?」
「牛のお産が始まりそうだったんです、ここに残ってる3人とも同じゼミの子達です」
長田と山脇明日花の2人は同級生らしい、獣医も医者と同じく6年間修業年限が有って、1、2年時一般教養で教室が同じだったらしい。
「部屋を貸して貰いたいんだけど良いかな」
「大丈夫です、お風呂とトイレが共同ですから入浴時間は守って下さいね」
「男子寮に借りに行っても良いけど」
「あっちは人数の限界みたいなんでここを使って下さい」
車の中で仮眠していた、3人は元気だったが、俺は1日運転していて疲れた、イオナも精霊魔法で魔物の位置を把握していたから、俺より疲れて居る。
充てがわれた部屋に入るなり、誰からの布団を使わせて貰ってそのまま眠ってしまった。
「先輩昨夜はよく眠れたみたいですね」
「ずっと運転してたからな、ペーパードライバーには荷が重かったよ」
「言って貰えば運転を変わったのに、それよりも朝食が出来たんで呼びに来たんです。私みたいな美少女に起こされて役得ですね」
美人だとは思うが少女では無い、佳代ちゃんからしたらただのオバサンだろう。食堂に全員が集まっていた、昨日会った女学生3人だけでは無く、見覚えの有る教授も朝食の席にいた。
「上堂君、残念だったね」
何のことだと一瞬考えてしまったが、そうだ、会社を紹介してくれたのはこの教授だった。
農学部の先生で、食品加工に関してはそれなりの権威だ、元居た会社の製品に関しても教授が関わって居た筈だ。
「タバタフーズの倒産の話ですよね、そんなの今更なんで気にしないで下さい、酒井先生」
「紹介した手前ね、それと私は今浅倉姓を名乗っているので、浅倉と呼んで下さい」
どういう事だ、万年オールドミスだった酒井教授が結婚したのだろうか、俺の知り合いに浅倉と言う人物は居ない、今更どうでも良い事だけど、教授本人には重大な事なのだろうな。
「分かりました」
「上堂君、君は何処から学校まで避難してきたんですか」
「早速ですね、新宿から青山経由で八王子まで逃げてきた感じですよ」
「浅草方面の事は分からない?」
「ちょっと分からないですね」
教授の家が浅草方面に有るのだろうか、都心を横断する必要が有るから浅草なんてとても向かえそうに無いが。
「上堂君車が有るのよね、送って欲しいって言ったら送ってくれる」
「あの車は俺の物じゃ無いですよ、それに先生が浅草に向かう事を止めはしませんけど、俺はそんな危ない場所に行く気は有りません」
「そう」
ひと目で落胆している事が判ったが、だからと言ってそんな無謀な移動に付き合う気はサラサラ無かった。
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