第3話「情けは人の為ならず」

「この子達を・・・タスケテ・・・クダサイ」


 ゴブリンが奇声を上げて襲っていた相手には息が有り、その背中には小学生くらいの子供が2人庇われて居た。


「誰か人を呼んで、ヒッ」


 血だらけの手でズボンの裾を掴まれてしまった、見た目に反して怪我の具合は悪く無さそうだ、これなら適切な処置をすれば治るのかも知れない。


「おいしっかりしろ、そんなに深い傷じゃ無いぞ、医者に行けば助かるかも知れない」


 この状況下で病院が機能しているのかは謎だ、謎なのだが、俺に出来る事が無い事も確かな事なのだ。


「車が・・・アソコニ」


 怪我をしたおっさんの車が近くに有った、おっさんのポケットから車のキーを探して扉を開けおっさんを運ぶ。

 その間不安そうな子供達がおっさんの服を握って離さない。


「パパ、パパ」


 車の後部席におっさんを寝かせる、子供達も心配そうにしているが、何と声を掛けて良いのか分からない。


「ねえ、出来るかどうか分からないけど、回復の精霊を呼んで見るわ」

「治せるって事なのか」

「傷を塞げるとは思うけど、流れた血までは回復しないから」


 イオナが呪文を唱える、意味は分からないしほとんど聞き取れない。

 詠唱が終わると一瞬おっさんが光る、光が収まるとおっさんの身体に開いた穴がふさがったようだ。


「おお、すげー」

「御免ちょっと寝るから、後はお願い」


 えっと思っている間にイオナが眠ってしまった、魔力的な回復作業だろうか、イオナを助手席に座らせると、子供達は後部座席でシートベルトを掛けて、俺はゆっくりと車を走らせる。



「私、安藤優子です」

「小学生なのかな」

「はい六年生です」


 助けたおっさんは安藤優作40歳、自動車の中古車販売をしている経営者のようだ、世界が訳が分からなく成って妻を向かえに行こうとして、ゴブリンにやられてしまったらしい。


「弟は優司5歳です」

「それでお母さんは何処に居るのかな」

「回生会病院です」


 具合が悪いのだろうか、送り届けてやろうかと思ったのだが、悲しい結末に終わらない事を願う。


「どこか具合が?」

「違います、看護師をしているんです」


 看護する側だったのか、ならば無事な確率は上がるな。


「病院の場所って判るかな」

「車のナビに行き先が入力されてると思います」


 ナビか、使い方がイマイチ分からない、なんせ車を運転したのは大学生の頃少しだけ。

 それも実家の車を動かしただけだ、最新のナビなんて触った事すらない。


 後部座席じ座る優子からの指示に従い、病院の場所は確認出来た赤坂方面に行けば良いらしい、新宿駅をパスして御苑方面に向かう人の列が見える。

 避難所が御苑内に有るらしい、武装した自衛官に食って掛かっている市民を目にし、馬鹿なんじゃないかと呟いた。


神宮前に有るとある倉庫の前で一旦車を駐車した、ここは配送センターで俺が務めて居た会社の取引先だ、今日中に納品しないと駄目な商品が有ったのだがどうなったんだろうか。

 仕事の話はどうでも良い、俺がこの倉庫の前に車を止めたのは、中に有る食料を確保するためだ。

 1人で荷物を運ぶのは大変そうなので、イオナを起こしてみたら目覚めた。


「おはよう直樹」

「食料を確保しに行きたいんだけど、手伝って貰えるかな」

「うん、もう魔力もある程度は回復したし、大丈夫よこの辺りは精霊の力も強いようだから」


 緑が多い場所だからだろうか、子供達に留守番を頼んで俺達は倉庫に侵入を試みる。


鍵の場所と電子ロックの番号は知っている、かなり無理目な納期を対応してた時期に、担当者から聞かされて居たのだ。

 鍵は俺が知っている場所に有ったし、電気はまだ生きて居た、場所柄と言う事だろうか全ての電力が停止した訳では無いらしい。


「中に入って」

「かなり涼しいのね」

「建物全体が冷蔵されているんだ、地下には冷凍室も有るんだけど、俺は入った事が無いからどうなっているのかまでは分からないよ」


 倉庫の中は満杯で配送前に世界が変わったらしい、何人かは出社していたのだろう、分かりやすく荷物が歯抜けに成っている。


「イオナが食べられそうな物って有る?」

「ここに有る物全部食料なの?」

「どうかな、冷蔵されている部屋はそうだと思うけど、分からないかな」

「じゃあ全部持って行っちゃいましょうか、置いといても魔物に荒らされるだけでしょうからね」

「全部って何トン有ると・・・マジで」


 イオナが右手を掲げると、棚に収まって居た商品が次々消えて行く、アイテムボックスとかインベントリーとか、つまり幾らでも物を収納出来る魔法かマジックアイテムが有るのだろう。


「腐らないのか、常温だとそんなにもたない物ばかりだけど」

「心配しないで時間が停止してるから」

「無制限で物が入るのか」

「制限は有るけど、こういう小物なら大丈夫よ」


 倉庫の中身を全部回収するまでに30分とは掛からなかった、冷凍されたいた地下の商品は一部収納出来ない物が有ったが、大変の冷凍食品は収納する事が出来た。


 いただく物は全て手に入れて配送倉庫の外に出る、多分俺達2人なら何十年と食べ繋げられる量の食料がイオナの手に入っている。

 車に戻ると気絶していたおっさん事、優作が目を覚ましていた。


「助けて貰ってありがとう御座います」

「もう平気なんですか」

「はい、いえ」


 どっちなんだよ。


「もう痛くは無いんですが、力が入らないんですよ」

「それは血を流しすぎたからって話ですよ、病院でちゃんと見てもらった方が良いです。丁度回生会病院でしたっけ、そこに向かっている途中なんで」

「なんとお礼を言えば良いか」


 お礼は現物で渡して欲しい物だ。


「避難所も開設されていて、自衛隊や警察も見かけたんで、病院に行くよりそっちに行く方が正解かも知れませんけど」

「すみません、妻が心配な物で。勝手ですが病院に向かって貰えませんか」

「乗りかかった船ですしね、構いませんが危ないと思ったら引き帰ります」

「はい、よろしくお願いします」


 神宮前から青山通りは大渋滞に陥って居た、これは進めそうに無いなと車を乗り捨て、優作を俺が背負うと子供2人はイオナが手を繋いで病院へと向かった。




「この先は許可が有る人間しか進めないんです」


 自衛官の検問で足止めをされた、この先には国会や皇居が有るから、道路を封鎖する理由も判る。


「この人の奥さんが回生会病院で看護師をしているんで、向かえに行く所なんです」

「少し待ってて下さい、その奥さんのお名前は」

「安藤桃子です」


 初めて奥さんの名前を聞いた気がする、自衛官が無線で何処かに連絡を入れていると返事が帰って来たようで、安藤一家3人の入場は許可された。


「ここまで連れて来て頂いたのに、お礼も出来ないなんて・・・何か差し上げられる物が有れば良いんですが」

「じゃああの車を下さい、実家に帰ろうと思うんですが足が無いので」

「車ですか、こんな状況ですし名義も変更出来ませんがそれでも良ければ使って下さい。車は売るほど有りますので」


 一応譲り受ける旨の事を一筆したためてくれた、これで途中検問に引っかかっても大丈夫だと思いたい。


「お兄ちゃんありがと」


 5歳の男の子にお礼を言われ、安藤一家は自衛官に連れられ病院へと移動していった。



「足が手に入ったのは良いけど、この渋滞じゃ何処にも行けそうに無いな」

「そうね、仕方が無いわ、お気に入りだったけどここに置いてくるから少し待ってて」


 イオナがそう云うと神宮前の公園まで歩いていくと、左手を掲げると何かを呟いた。


「馬車?」

「そうなの、これ王様に貰った物で、良いものなのよ」


 確かに高級そうに見えたが、だからって馬も無いのに使える訳が無い。


「一応確認するんだけど、これがゴーレム車って訳じゃないよね」

「これはペガサスが引く天空馬車よ、これ自体が空を飛べる訳じゃ無いけど、ペガサスは天空樹で出来た馬車しか引かないから貴重品なの」


 空を飛ぶと聞いたので軽いのかと持ち上げて見ようとしたが、外見通りの重さだった。


「これで一つ枠が開いたから、車をしまう事も出来るわよ」

「この馬車ってどのくらいの重さが有るの、5000キロンよ」

「キロンね、俺って何キロンくらい有りそうに見える?」

「60キロンから70キロンの間ね」


 1キロンは1キロで大丈夫そうだ、貰った車はミニバンだったので2トンも車重が無い筈だから仕舞えるのだろう。

 放置していた車の場所まで戻ると大分と日が落ちている、まだ真夏なので日が完全に落ちるまでには時間が有るが。

 街灯が点かない街はこんなに暗いんだなって言う感想を持った。


「放置車両が増えたな」

「この先で通せんぼしてるんだから当然ね、向きも変えられそうに無い物」


 いきなり車が消えたら騒ぎになるかと考えたんだが、誰も彼もが余裕が無いし、車内に残っていた人も少ないのだろう、イオナが車を回収しても何にも声を掛けられる事は無かった。


「それでこの先どうするの」

「完全に日が落ちる前に眠れる場所に移動したいんだけど」

「直樹の家に帰るの?」


 うちか、あのマンションは停電地区に有るからな、着替えは取りに戻りたいが夜を明かしたいとは思えなかった。

 こんな時にホテルなんてやってないだろうし、そもそも財布も持って来ては居ない、冷静なつもりだったがかなり焦って居たのだろう。


誰かこの辺りに知り合いは居ないだろうか、スマホのアドレスから知り合いを探す。1人だけ居た、大学時代の後輩が国会議員の秘書をしている、青山のマンションに住んでいるって話だったから神宮前からは目と鼻の先だ。


「この辺りに後輩が住んでいるんだ、強引に泊めてもらうから着いて来てくれ」

「任せるわ」


 後輩が住んでいるマンションには電気が点いて居る、赤坂、青山辺りまでは停電して無いようだ。

オートロックのインターホンから、後輩の住んでいるマンションの部屋を呼びだす。


「はい、長田ですけど」

「よう、オレオレ」

「俺さんには心当たりが無いので帰って下さい」

「冷たい事言うなよ、今晩だけで良いから泊めてくれないか、明日には実家に帰るから」

「実家に帰るって本気ですか先輩、今ロックを開けますから部屋まで来て下さい」 


 オートロックのドアが開いて中に入る、エレベーターで後輩の部屋まで直行する。

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