第2話「この世の地獄」
「アレがゴブリンで、あっちのがコボルトね、豚野郎はオークよ。私が1人で狩れるのはオークまでね、向こうに居るオーガに気づかれたら逃げるしか無いわ。直樹が前衛で護衛してくれるならオーガもやれるけど」
「うん無理だね、無理。何アレ鬼かなんかなの、あいつの腕俺の胴回りくらいの太さが有るよ」
相変わらず部屋の中から望遠鏡を覗きながら話している、イオナは裸眼で魔物が見えて居るようだ。
「滋賀まで行くんなら車が欲しい所だな」
あんな訳の分からない化け物が跋扈する中、徒歩で移動する根性は無い、かと言って免許こそ有る物の肝心の車が無い。
世紀末感満載の世の中なので、放置されている車を盗んでも問題なさそうだが、地元がどうなっているのか判らん。犯罪者扱いは勘弁して欲しい。
「車ってあの四角い箱」
「そうそう馬無しで動く馬車みたいなもんだよ」
「私は乗った事無いけど、魔導で動くゴーレム車は王国に有るらしいわよ」
ゴーレムが存在する世界らしい、馬車に例えてみたら訂正されてしまった。
「流石勇者の国ね、レベル1なのにオークに向かって行くのね、私には真似出来ないわ」
「レベルって何スカ」
地獄の世界かと思ったらRPGの世界だったでゴザル、まじかよなんて中二心がくすぐられるキーワード。
「レベルはレベル神が上げてくれる奇跡よ、私はエルフだからレベルの上がりが悪いけど、勇者と一緒に行動してたから58まで上がったわ」
「レベル神って何なんですか」
「経験値が貯まったらレベル神に祈りを捧げてレベルを上げてもらうの、レベル神は善神だから人のレベルしか上げてくれないから、レベルの上がらない魔王に勝てたのよね」
俺のレベルは上げてくれないのだろうか、善人とは言わないけど、極悪人では無い筈だ。
「俺のレベルも上げてくれるのかな」
「祈ってみる?」
「出来るんすか」
「そのくらい教えて上げるわよ」
「私の言う通りの言葉を真似してね」
「了解っす」
「ランランカンカン、メイメイリンリン、パイパイ、チュウカナ、ポワポワリン」
どこかで聞いた事のあるようなフレーズだが意味は分からない。
「ランランカンカン、メイメイリンリン、パイパイ、チュウカナ、ポワポワリン」
呪文を唱え終わると真っ白な部屋に居た。
「なんね、あんた地球人かいな、レベルをあげんのか。レートは0.314やね」「誰?」
「呼び出しといてそれかいな、レベルちゃんはご立腹です、貢物が無いとレベルを上げません」
幼女が喚いて居る、彼女がレベル神なのだろうがレートが0.3って低く無いっすか。
「貢物ってどうしたら良いんですか」
「甘いものとか、お菓子とか、砂糖とか色々有るでしょ、自分で考えなさいよ」
「じゃあ取りに帰って来ます」
「本当にくれるんか、マジカよ、美味しい物くれたら少しくらいサービスするで」
その言葉が聞こえたと同時に部屋の中に戻っていた。
「どうだった」
「貢物をくれってさ」
「???」
イオナが不思議そうな顔になったが、俺は台所で甘いものを探した、チョコレートと砂糖、それにポテチを持ってまた例の呪文を唱える。
「ランランカンカン、メイメイリンリン、パイパイ、チュウカナ、ポワポワリン」
不思議空間に移動した後手にしていた貢物をレベル神に捧げた。
「ごうかーーーーーーく、直樹は私の難しい試練を乗り越えましたので、レートが3.14倍と成りました、おめでとう御座います」
お気に召して貰えたようで、レベルが上がるらしい。
「直樹が生まれてから今日まで溜めてきた経験値が6800なので、3.14倍して2万1352有ります。レベル7まで上げる事が出来ますレベルを上げますか」
「お願いします」
ファンファーレが鳴り響きがレベルが7まで上がった。
「直樹が次のレベルまでに残り8652の経験値が必要だ」
これまた何処で聞いた事の有るメッセージが流れ自分の部屋へと帰って来た。
「何をしてたの」
「レベル神に貢物だけど」
「レベル神と意思の疎通が出来たって事?、やっぱり日本族は異常ね」
俺が会ったレベル神とイオナの知るレベル神は別物では無いだろうか、あんなに分かりやすい存在なんて無いと思うのだが。
「レベルが幾つになったの」
「7だよ」
「嘘でしょ、あなた何やったの」
「低いって事か」
「違うわよ、今までに一度だって魔物を倒した事無いんでしょ、どうやったらそんなにレベルが上がるのかが分からないって事よ。私200年間戦い続けて50しかレベルが上がらなかったのよ」
200年ってこいつ幾つなんだ、ぱっと見俺とそんなに変わらないアラサーなのだが。
「イオナって何歳なん?」
「女に年を聞いちゃうんだ」
エルフも年を聞かれるのは駄目か、200年戦い続けて居るんなら当然俺よりは年上だ。
「277よ、そろそろ結婚も考える年なんだけど最後の1人だし詰んでるのよね」「そうなんだ、所でレベル7ってあのゴブリンとかコボルトとかと戦えるもんなの」
「武器を使った経験が有るならレベル2でもやれるわよ」
武器どころか喧嘩をした事すらない、俺が殺した最大の生き物ってブラックバスくらいだな。
「ちょっと待てよ、イオナってレベル57も有ってあのオーガって奴に勝てないのか」
「遠距離から延々と精霊魔法か、弓で攻撃出来るなら倒せるわよ。近づかれるとエルフの筋力じゃ攻撃が防げないだけ、人族ならオーガの攻撃にもっと低いレベルでも耐えられるの」
人族なら耐えられるのかも知れないけど、地球人には耐えられないかも知れない、イオナの経験に頼るのは拙いかも知れないな。
「外に居てる奴らで一番弱いのってどいつなん?」
「一匹だけならゴブリンね、集団で襲われると中級冒険者でもあっけなく死ぬわよ」
「中級ってレベルどのくらいの人なん?」
「そうねレベル20だと中級でもそこそこの存在ね」
やるか、やるしか無いのか、でも素手は勘弁してほしい、でも武器なんて部屋の中に有るわけも無い。
うちの中で一番殺傷力が有るのは出刃包丁か柳刃包丁だろう、箒の柄を折って包丁を括り付ければ槍側には使えるな。
「そう言えばイオナって荷物を持ってるようには見えないけど」
「荷物は魔王城に残されたようね、身につけて居た流水のナイフと、僅かな金しか無いみたい」
それにしては余裕が無いか、両手の指に不自然に並んでいる指輪や、手首に嵌っている腕輪も普通のアクセサリーには見えない。
家の中に有る箒の先をノコギリで切断する、全然来れないノコギリだったのでイオナに呆れてしまった。
柄に出刃包丁をガムテープでくっつける、壊れないかと思うけどこれ以外にくっつける方法が思いつかなかった。
「頼りない・・・」
出来上がった武器とも呼べない代物を持って、ゴブリンをやりに行こうかと用意をしていると、イオナの腹の音が盛大に鳴った。
「何か食べます?」
「最後に食事を取ってからもう3日も経っているから」
エルフと言う人種はあまり食事をしなくても平気な人種らしい、肉も魚も苦手と言われたけど冷蔵庫の中身は大半がお亡くなりに成っている。ジャガイモや人参は無事っぽいけどこれで何を作れと言うのだろうか。
顆粒の昆布出汁でジャガイモと人参を煮た、醤油で味付けても大丈夫か確認してみたら、大丈夫だと言う答えが帰ってきたので、肉なしの肉じゃがつまり野菜の煮物を作った。
他に何か食べられる物は無いかと探していると、餅が有った、何で餅なんかがと不思議に思っていると、母親が救援物資と言って送って来た荷物の中に有ったと思い出した。
賞味期限はまだ大丈夫そうで、餅を焼いて俺も一緒に飯を食べる事にした昼はとっくに回っている。
「大地もそうだったけど、日本族の男の人って皆料理が出来るの?」
「俺は一人暮らしをしてから覚えただけだよ、今は電気が来てないから飯も炊けないな。そもそも月の半分は惣菜か弁当を買ってきてるから、毎日自炊してる訳でも無いよ」
異世界に召喚された勇者は料理まで出来たらしい、詳しい事情は聞いてないが、大地とイオナは付き合って居たのだろうか。
野菜の煮物は肉気が無くてイマイチって感じだった、焼いた餅はそれなりの味で、どうせなら煮物の中にぶちこんで雑煮にしてやったら良かったなと、後から思った。
「水かお茶しか無いんだけど」
「じゃあお茶で」
ヤカンでお湯を沸かしたらカセットボンベが無くなった、変えのボンベも有る筈だが家探ししないと見つかりそうになり、まだ鍋の季節までは半年以上時間が有る。
緑茶を急須に入れてお茶を出す、イオナはお茶をずずいっと一気に飲み干してしまった。
俺はゆっくり冷ましながらお茶を飲み、最後にトイレで出すものを出してから外に出る事となった。
「イオナさんアレはヤバいですって」
階段で3階まで降りてきた所で、ゴブリンの群れがお昼ごはんを食べて居る所に遭遇してしまった、俺は引き返そうとイオナの手を引いたのだが、イオナはゴミでも片付けるようにゴブリンを始末すると言い出した。
「生き残りが居たらその槍で突き刺してね」
正直イオナの事舐めてました、レベルとかそんなのどうでも良いくらいに、イオナの精霊魔法はゴブリン達を屠っていった。
「気持ち悪い」
生き残りが居ましたよ、ゴブリン三匹が虫の息で、多分マンションの住人1人が運の悪い事に息が有った。
ゴブリン三匹には止めを刺す事は出来たが、生き残った人を介錯する程根性は座って無かった。
「警察か医者を探してくるから」
それだけを言い残して、生き残った人は3階の踊り場に放置してしまった。
「ねえ直樹、最後に楽をさせて上げる事も慈悲なのよ」
「無理っす、無理。今日初めて武器を持って戦った俺には介錯なんてレベルが高すぎるから」
戦っても居ないんだけど、それを言っちゃあお終いよって事で、イオナも自らあの重症人の首を切る事は無かった。
2階に降りるとエレベーターの扉に死体が挟まれて居る、エレベーターが動かなかった原因はあの死体の所為だろう。
動かなくて幸いしたな、もし動いてたら俺もあそこの死体に仲間入りしていただろう。
2階にゴブリンは居なかった、吹き抜けのエントランスホールを2階から観察しても、1階に魔物の姿は無い。
「ゴブリン居ないのね」
「外に出たんでしょ、あそこに集まっているゴブがここを襲撃したんだと思う」
表のファーストフード店にゴブリンが張り付いて居た、中には逃げ遅れた人が居るようだが、机や椅子でバリケードを作ってゴブリンを中に入れないよう頑張っている。
「頑張って」
それだけ声を掛けると、俺とイオナはマンションの外に出た、あちこちで悲鳴や助けを呼ぶ声と銃声が聞こえる。
警察か自衛隊が救援活動をしているのだろう、もしかすると反社的な人物が撃っているかも知れないので近づく事は避けた。
「これからどうするの」
「食料と琵琶湖まで行く足を手に入れないと、なるべく盗みなんてしたく無いんだけど、最悪車だけは手に入れないと」
車を手に入れても道路のアチコチに障害物が散乱している、車よりもバイクの方が良いのだろうか。
250CCのスクターなら一応持っては居る、最後にエンジンを掛けてから2ヶ月は経過していたけど。
「魔物の少ない場所って判る?」
「ええ判るわよ、これでも魔王討伐に参加した猛者ですもの」
魔王の話はここでは避けて欲しかった、イオナの耳も隠すべきだったか、イオナの格好もどうにかしないと駄目だな目立ち過ぎる。
メイン道路から脇にそれて移動していく、回りの惨状とは裏腹に、脇道は閑散としていた、これでも普段なら人の往来が有る場所なのだが今は誰も歩いて居なかった。
「右手の角に居るわ、私が先制するから打ち漏らしはお願い」
奇声を上げているゴブリンにイオナが精霊魔法を放つ、氷の刃がゴブリン達に突き刺さる。
打ち漏らしもクソも無い、2匹しか居ないゴブリンの一匹は即死だ、まだ息は有った方も、私が止めを刺すまでも無く時間経過で死んでいた事だろう。
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