第31話 「素材」たちの再会
「うぃっす」
翌朝、病室で荷物をまとめていると、ツンツン頭の青年に声をかけられる。
「えっと……たしか、ポータル・ガイドさん」
「おっ、覚えててくれたんすか。自分、ラチェットっす」
不審な集団に、ポータル・ガイドが刺された──。
昨夜のモイヤーズの言葉が、よみがえる。
「ひょっとして……刺されて……?」
「あっ、バレました? いやー、マジ、まいったっすよ。いきなり、ブスッってね」
「もう……平気ですか?」
いやいやいや、とラチェットは茶色いツンツン頭を振った。
「リリムさんこそ、
ラチェットは、わたしの左腕──があった場所を指差しながら言った。
──気づかいしてるんだか、してないんだか。
わたしは苦笑しながら答える。
「平気──ではないかも」
「ですよねぇ〜。いやー、どうすっかなこれ。いま
「あの……ごめんなさい、話が見えないんですけど……」
「あ、すんません。うちのギルド、新入りは何でも、好きな装備がもらえるんすよ。ほんとは、マスターに挨拶したり、いろいろ手順があるんすけど、いまはほら、偉い人はみんなドタバタなんで。で、自分がリリムさんを
「はあ……」
言われるがままに、診療所を出て、数ブロック先のギルド本部を目指す。
見慣れた入り口。
いつもの、案内係。
マーケット・ボードや依頼書に集まる人々──でも、なんとなく、みんながこちらを見ては、ひそひそと声をひそめて言葉を交わしているような気がする。
クエストの受付の女の子が、わたしに手を振ってくれる。
「リリムさぁん、ギルド加入、おめでとぉございますぅー」
「あ……ありがとう、ございます……」
「なぁんですか、水くさい。ウワサのリリムさんに、一番よくクエスト依頼を発給してたのはアタシだぞっ☆て、みんなに自慢してるんですからぁ、もっと仲良さげにしてくださいよぉ」
「えーっと……うん、よろしくね……」
──ウワサのって……。
〈腐食〉させたキマイラを
わたしは真っ赤になった顔を伏せて、子供のようにラチェットの背後をついて歩く。
ラチェットは、いくつかのチェックポイントで許可証のようなものを見せる。
鉄格子がはまった厳重な警備区域の奥に、その巨大な扉はあった。
「これが、うちのギルドが、この建物を本部に選んだ理由って言われてる、
ラチェットが胸を張る。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
重い石の扉が
目の前に、どこまでも延々とつづく広大な倉庫が現れた。わたしは、足を踏み入れるのを
ギルド本部──マシャンテ外区行政府は、それなりに大きいとは言っても、近隣の商館とそれほど変わらない、比較的質素な印象の建物だった。こんな広大な空間が、この建物に
「なんだネ! アナタ、入るの? 入らないの?」
甲高い声。
わたしの半分ほどもない身長。丸いツルツルのボールのような身体に、点のような両目。
ピンと時計の針のような
ラチェットが笑いながら言った。
「ねっ。マジ、やばいんすよ──」
管理人は、やれやれというようにわたしたちを案内してくれる。
この大金庫は、〈
「ところで……ウワサですけど、あの管理人、ここが
「じゃあ、人間じゃ……」
「何言ってんすかリリムさんっ、あれで人間なわけないじゃないっすか」
「チミたち! 聞こえとるヨ!」
管理人はラチェットが渡した書類に目を落としつつ、歩みを止めた。
「……レベル的に、ちょうどいいのは、このあたりネ。装備品のみならず、アイテムもタダ、ただし最初だけヨ! アナタ、
「えっと、はい……」
フンフンと管理人は鼻を鳴らすと、装備品をいじっているラチェットを引っ張って、入り口のほうに戻っていく。どうやら、最初の装備品は、自分で選ぶ
マント、ドレス、甲冑、ローブ……これは、水着……?
さまざまな装備品が、ランダムに並べられている。
短剣、大剣、長剣、斧、鎌、槍、弓、クロスボウ……鎖の先にトゲのついた鉄球がついた武器。
わたしに、本当の
初心者と同じように
それに、左腕を失ったままでは、物理攻撃のための武器はたいてい、使えない。
溜め息がちに、アイテムの棚に移動する。
何に使うのかわからない道具が、たくさん並んでいる──コンパス、六分儀、製図板……。
「あれ……?」
棚の隅。
床に置かれたカゴに、ホウキや竹の棒など、細長い道具が乱雑に放り込まれている。
その棒の間に、何か動くものが見えた。ホウキの裏にあった、杖のようなものに手を伸ばす──。
「あなた……」
ギョロリ、ギョロリ
杖の先で、青い透明の塊が慌てたように回転する。
わたしを買った商人ボルゲスが持っていた、水の精霊ルサールカの目玉だった。
──
──こんな姿になっても、きっちり仕事はしてくれます……
闇市でボルゲスが謎の男に連れ去られたあとに、あの卑劣な商人のアジトをギルドが捜索でもしたのだろうか。
ホコリをかぶったルサールカの目玉は、以前に見たときより輝きを失って、汚れたスライムのようになっている。
わたしは、〈意思疎通〉のスキルを発動させて、呼びかけてみた。
〈わたしを、覚えてる?〉
〈ガッ……コッ……〉
〈わからない……なんて言ったの?〉
〈モ……コロ……シテ……〉
〈……〉
〈オネ……ガ……コロ……シテ……〉
──……。
なぜ、話しかけたりしたのだろう。
ルサールカは、思いが通じることを知って、必死に同じ言葉を繰り返している。
きっと、これまで誰にも届かなかった言葉。
このまま、この広大な倉庫に埋れれば、何年も、何十年も、ひとり唱え続けなければならない言葉。
わたしは、彼女の願いを叶えてあげるべきなのだろうか。
それが、唯一の慈悲──ボルゲスに支配され、利用され、この身体を切り裂かれていた頃だったら、わたしは迷わず、彼女の命を断ったと思う。でも──そんな終焉を、ほんとうにわたしたちは、望んでいただろうか。
〈あのね……聞いてほしいの〉
〈モウ……クルシ……ハヤ……ク……〉
〈もう一度、生きられるとしたら、あなたはそれを選ぶ?〉
〈イキ……ル……〉
〈こんなふうに、道具の一部として終わって、本当にいいの?〉
〈ムリ……ムリ……キキタク……ナイ……〉
〈無理かどうか、試してみるなら、わたしは逃げない〉
〈……〉
〈あとは、あなたが決めて〉
〈イキ……ル……イキ……ラレル……ナラ〉
わたしは、ホッと息を吐いた。
〈じゃあ、最後にひとつ〉
〈……?〉
〈あなた、右目? 左目?〉
〈ミギ……メ……〉
管理人やラチェットがこちらを見ていないか、わたしはあたりを見回す──誰の姿も見えない。
わたしは、ルサールカの目玉を、自分の右目に近づけた。
〈スキルを発動したら、
〈……?〉
〈いいから、ちゃんと移ってね〉
まぶたを閉じてしまわないように、目を見開いたまま、わたしはルサールカの目玉を自分の右目に押し込んだ。
「〈
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〈
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ブラッド・キマイラを倒したあとに獲得していたスキル──病室のベッドの上では、使うわけないじゃんと思っていた、異形のスキル。
メキャメキャメキャ……
頭蓋骨の中に何かが入ってくる音が、右耳の奥で響いている。
杖に巻きついていた青い透明の血管が、わたしの
「あっ、わっ、なんか、すごい目がしみる──!」
わたしは、ひとりで声をあげた。
「これ、ホコリすごすぎだから!」
〈……洗い清めもせず、わらわを取り込んだりするからじゃ、このウツケもの〉
「ウツケって……ちょっと、それひどくない?」
棚の向こうから、ラチェットの声がした。
「リリムさーん、なんか言ったっすかぁ?」
「なんでもありませーん……!」
わたしは、自分の頭の中にいるルサールカに言った。
〈とにかく、成功、だね〉
〈まだ……慣れぬ……お前の頭は、少し、小さい〉
〈文句が多いなあ〉
〈……つかれた……わらわは眠るぞ……〉
〈はいはい、おやすみなさい、お姫さま〉
〈リリムよ……〉
〈ん……?〉
〈……感謝する……〉
──うん……生きよう、一緒に。
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リリム
スキル〈嵌合体〉による獲得スキル: 〈鑑定〉、〈湧水〉、〈相転移〉
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