第29話 冒険を、もっと楽しもう?

「──っ」


ブシュウウウウウ


自分のふくらはぎが焼けるニオイがする。


よどみの神殿〉は、大地が火を噴く地獄のフィールドに変わっていた。

ブラッド・キマイラは、ライオンの頭から〈劫火ごうか〉を吐き出す。

その炎が、点在していた沼から噴出していたガスに引火したのだ。


〈無痛〉のスキルで、痛みはない。

でも、炎の沼を踏んでしまうたびに、身体が焼けるいやなニオイが漂ってくる。


「──〈治癒〉」


走りながら、わたしは自分の脚を治療する。

〈迅速〉を〈維持〉したままでも、キマイラの攻撃はギリギリかわせるかどうか。

巨体にもかかわらず、この伝説のけものは動きも俊敏しゅんびんなのだ。

繰り出される前脚の爪を避け、〈劫火〉をかわしても──尻尾しっぽの毒蛇にはばまれて攻撃することさえできない。


──避けてばかりじゃ……。


「〈腐食〉っ!」


〈遠隔操作〉で、ブラッド・キマイラの脇腹に〈腐食〉のスキルを叩き込む。


「ベッヘェェェェェェェェッ」


ヤギの頭が、不快な叫び声をあげる。

巨獣の肋骨をおおっていた、白いヤギの毛が〈腐食〉で溶け落ちて──なにあれ?


哺乳類の毛の下に隠されていたのは、緑がかっただった。

〈腐食〉への耐性でもあるのか、ウロコには傷がつく様子もない。


「反則でしょっ──」


わたしが叫ぶと、背後でキャンベルがキヒヒときたならしい笑い声をあげる。


「どうしたどうしたっ! 〈司書ライブラリアン〉の秘儀ひぎで、自分がギルドのメンバーにふさわしいって証明してみせるんじゃなかったのかぁ? それとも──で俺に尽くしてくれるっていうんなら、その化け物を止めてやってもいいんだけどなっ、ハヒャッ!」


その瞬間、キャンベルの頬をかすめて、ひと筋の稲妻が走った。

〈拘束陣〉に捕らえられたモイヤーズが、魔法を放ったのだ。


「……それ以上、口を開くなキャンベル。お前が言葉を吐くたびに、ギルドの名誉がけがれるっ」

「クフフッ、プハハハッ。みじめだよなあモイヤーズ。俺みたいな後輩に主導権を握られて、が殺されるのを見物するしかないたぁ、たいした〈医師ドクター〉だぜ」

「みくびるなっ! あのようなモンスター、この場所からでも──」

「いいのかぁ? せっかくがやる気になってんだぜ? あんたが手を出したら、試験は即終了。俺たちの思惑おもわく通り、あの子は落第らくだいってわけだ」

「くっ──」


キマイラのヤギの頭が、突然、甲高く


「ベヒヒヒヒン!」


ブワァァァァァァァァァァァァァァァァ


前歯の突き出たヤギの口から、赤い霧が噴き出されて、あたりに満ちていく。

わたしは、頬についた霧のしずくを手でこする──これは……血?


ドクン


わたしの心臓が、前ぶれなく、高鳴った。


ドックン、ドックン……


速くなる鼓動。身体が熱い。ハァ、ハァと口で息をしてしまう。


──なに……これ……。


血の霧でかすんだブラッド・キマイラに向けて、また〈審美眼〉を発動させる──


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ブラッド・キマイラ Lv.95 HP29300/30500

スキル: 〈劫火〉、〈毒牙〉、〈食いちぎり〉、〈ひっかき〉、〈〉、〈嵌合体〉……

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──ん……このスキル……?


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スキル検索: 〈血戯ちそばえ〉=血の霧を吐き、相手を極度の興奮状態にする。〈命中率低下〉、〈回避率低下〉、〈すばやさ低下〉、〈混乱〉、〈催淫〉、〈麻痺〉、〈昏睡〉を付与することがある。

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ドクン、ドクン、ドクン……


耳の奥で、血管が収縮する音がうるさいくらいに響いている。

過敏になった肌をなでるように、血のしたたりりが頬をつたうだけで、集中力ががれていく──

その瞬間、音もなく、光るきばが並んだ巨大な口が、目の前に迫ってきた。


「──しまっ……!」


身をよじったわたしの左腕に犬歯を突き立てたキマイラが、すばやくあごをひねった。


「──っく!」


左腕の感覚が、一瞬で消える──〈〉というスキル名のままに、二の腕から先が失われていた。


「リリムさんっ!」


モイヤーズが叫ぶのが聞こえる。


──〈治癒〉……。


出血が多すぎて途切れそうになる意識の中で、スキルを使う。HPが戻っても、このレベルで損傷した身体は、〈治癒〉では元に戻らない。


──〈再生〉するしか……ない……?


でも、それはずっと避けてきた手段だった。

〈再生〉を使えば、ガイド・フェアリーの羽まで戻ってしまう──誰も、人間として扱ってくれなかった、本当のわたしの姿に……。


キマイラのライオン頭は、まだモグモグと口を動かしている。

いまのうちに、手を打たないと──でも、どんな手を?


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リリム Lv.94 HP12500/24500

スキル: 〈蘇生〉、〈審美眼〉、〈自覚〉、〈潜水〉、〈飛翔〉、〈火球〉、〈回復〉、〈斬撃〉、〈打撃〉、〈育成〉、〈建てる〉、〈掘る〉、〈テイミング〉、〈治癒〉、〈暗視〉、〈暗黙知〉、〈浄化〉、〈遠隔知〉、〈光源〉、〈範囲回復〉、〈解毒〉、〈麻痺〉、〈鼓舞〉、〈有用判定〉、〈口寄せ〉、〈念話〉、〈意思疎通〉、〈修復〉、〈噛みつき〉、〈高速飛翔〉、〈維持〉、〈記憶術〉、〈方向判定〉、〈速読〉、〈形式知〉、〈調合〉、〈縫製〉、〈調理〉、〈物理防壁〉、〈無痛〉、〈再生〉、〈腐食〉、〈悪食あくじき〉、〈透視〉、〈遠隔操作〉、〈反射〉、〈透過〉、〈速記〉、〈複写〉、〈迅速〉、〈勤勉〉、〈自動戦闘オート・アタック〉、〈おすすめ〉、〈跳躍〉、〈はりつき〉、〈口吻こうふん〉、〈極光〉、〈鱗粉〉

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──だめ……あたまが……回らない……。


思考力を奪われて、自分のスキルリストを見るだけで、頭がクラクラしてしまう。

ふと、あのスキルが目にとまった。


──神さまだか誰だか知らないけど……こんなときこそ、何か〈おすすめ〉してよ……。


「〈おすすめ〉……」


何も、起こらない──?

こんなスキルに頼ったわたしがバカだった──苦笑しかけたとき、視界に違和感があるのに気づく。


視野の右下に、赤い矢印が浮かんでいた。

下を指し示して、ポワポワと、注意を引くようにねている。


矢印に意識を集中すると、視界の下からフワッと、リストのようなものが浮かび上がってきた。


──メニュー、みたいなもの……?


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- 【Guide】〈自動戦闘〉で、冒険をもっと楽しもう!

- 【HowTo】合成可能なスキルを獲得しました!

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「……」


脳天気な文面に、思わずイラッとさせられる。

でも──「合成可能」って……?


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【HowTo】合成可能なスキルを獲得しました!

スキル合成で、ワンランク上のスキルを獲得しよう。


合成可能なスキル:

- 〈口吻〉+〈悪食〉 実行しますか?(YES / NO)

- 〈鱗粉〉+〈解毒〉 実行しますか?(YES / NO)

- 〈鱗粉〉+〈麻痺〉 実行しますか?(YES / NO)

- 〈極光〉+〈反射〉 実行しますか?(YES / NO)


まとめて実行?(YES / NO)

今後、このおすすめを表示しない(YES / NO)

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──いや、これ「今後表示しない」とか、トラップだよね……。


「まとめて実行」に目を向けて、YESとつぶやく──


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スキルの合成に成功しました。


獲得スキル:

- 〈口吻〉+〈悪食〉=〈外部消化〉

- 〈鱗粉〉+〈解毒〉=〈範囲解毒〉

- 〈鱗粉〉+〈麻痺〉=〈範囲麻痺〉

- 〈極光〉+〈反射〉=〈プラズマ蒸発〉

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「グルルルルゥアアアアアアッ!」


合成されたスキルの内容を確認する間もなく、わたしの左腕を飲み込んだキマイラがえた。

時間がない──でも、もうひとつの〈おすすめ〉が言いたいことは、タイトルだけでわかっている。


──いちか、ばちか。


「〈自動戦闘オート・アタック〉──っ!?」


スキルを発動した瞬間、わたしの身体が勝手に〈跳躍〉した。

飛びかかってきたキマイラの爪が、足先スレスレで空を切る。

視界の端に、実行されるスキルのリストが浮かんでいた。


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実行スキル:

- 〈跳躍〉×4

- 〈はりつき〉

- 〈噛みつき〉

- 〈腐食〉×10

- 〈外部消化〉

- 〈プラズマ蒸発〉


回復系スキルは実行されません。

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──回復系スキル……なんか、強調するのね、そこ……。


〈跳躍〉──攻撃をかわした先から、高台の岩場の下へ。

〈跳躍〉──高台の岩場の中腹へ。

〈跳躍〉──って……敵に向かってる!?


キマイラの背中から生えた、ヤギの首にわたしの右手が届く──〈はりつき〉。

振り落とそうと巨獣が暴れ回るけれど、右手は太い首筋の筋肉からはなれることがない。


目が回りそうになりながら、この先に来るスキルの内容を確認する。〈自動戦闘〉がやろうとしていることは──?


「これって……うそっ──!」

「ガルゥアアアアアアッ!」


キマイラの尾──巨大な毒蛇が、右脚にかぶりついてきた。

同時に、わたしも〈噛みつき〉でヤギの首筋にむしゃぶりつく。


「ヒャハハハハッ、ついに気でも狂っちまったかっ! モンスターに喰いつく冒険者なんて、初めて見たぜっ!」


キャンベルが膝を打って爆笑している。

モイヤーズは必死の形相ぎょうそうで叫ぶ。


「リリムさんっ──もうやめるんだっ!」


ベリリッ


キマイラの毛の下にあった表皮──毒蛇のウロコを喰い破ったわたしは、獣のようにペッと吐き捨てた。


+++++++++++++++++++++

〈噛みつき〉=相手の表皮を食い破り、肉に歯を立てる。

+++++++++++++++++++++


〈自動戦闘〉が、ウロコの剥がれたブラッド・キマイラの傷口に〈腐食〉を次々に叩き込んでいく。


「ギュリィアアアアアアアッ!」


キマイラが、苦しげなうめき声をあげた。

〈血戯〉で上気させられた顔のまま、わたしは涙目になって、モイヤーズに懇願した。


「おねがい……見ないで──」

「なっ──?」


わたしののどの奥から、何かがせりあがってくる──。


「ンゴボッ……」


恥ずかしすぎる音を鳴らして、長く巻いた、蝶のような〈口吻〉がわたしの口から飛び出してくる。

〈口吻〉の先端は、まるで意思を持っているかのように、キマイラの傷口に吸いついていく──。


ゴキュッ、ゴキュッ……


〈腐食〉した化け物の肉を吸い出す、不気味な音。


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〈外部消化〉=〈口吻〉を繰り出して相手の肉を吸い出し、消化する。ただし、対象には〈腐食〉が付与されている必要がある。

+++++++++++++++++++++


──もうやだ……死ぬほどキモい……。


みるみるうちに、ヤギの頭は風船がしぼむように小さくなると、グニャリと曲がった。

キマイラのHPが激減して、ドウッと地面に崩れる。


「ングッ──かはぁっ」


ようやく、〈口吻〉を引っ込めた〈自動戦闘〉は、腐った果物のように陥没したキマイラの背に向かって、最後のスキルを発動する──〈プラズマ蒸発〉。


キィィィィィィィィィィィィィィィィィィン


耳をつんざくような高音がして、キマイラのへこんだ肉の間に、青白く光る火の玉が浮かび上がった。

火の玉は、ゆっくりとキマイラの身体に沈み込むように降りていく──


プシュッッ


想像もしなかったような、軽い音。

キマイラの太い筋肉や骨、臓器が、青白い光に触れただけで蒸発していく──。


「シュギャアアアアアアアッ──」


巨獣の断末魔の声が、地底の神殿にこだました。

臭気を漂わせる腐肉の塊の上にへたりこんで、わたしは、巨大な獣の身体を貫通した丸い穴を、魂が抜けたように見つめていた──

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