第29話 冒険を、もっと楽しもう?
「──っ」
ブシュウウウウウ
自分のふくらはぎが焼けるニオイがする。
〈
ブラッド・キマイラは、ライオンの頭から〈
その炎が、点在していた沼から噴出していたガスに引火したのだ。
〈無痛〉のスキルで、痛みはない。
でも、炎の沼を踏んでしまうたびに、身体が焼けるいやなニオイが漂ってくる。
「──〈治癒〉」
走りながら、わたしは自分の脚を治療する。
〈迅速〉を〈維持〉したままでも、キマイラの攻撃はギリギリかわせるかどうか。
巨体にもかかわらず、この伝説の
繰り出される前脚の爪を避け、〈劫火〉をかわしても──
──避けてばかりじゃ……。
「〈腐食〉っ!」
〈遠隔操作〉で、ブラッド・キマイラの脇腹に〈腐食〉のスキルを叩き込む。
「ベッヘェェェェェェェェッ」
ヤギの頭が、不快な叫び声をあげる。
巨獣の肋骨をおおっていた、白いヤギの毛が〈腐食〉で溶け落ちて──なにあれ?
哺乳類の毛の下に隠されていたのは、緑がかった
〈腐食〉への耐性でもあるのか、ウロコには傷がつく様子もない。
「反則でしょっ──」
わたしが叫ぶと、背後でキャンベルがキヒヒと
「どうしたどうしたっ! 〈
その瞬間、キャンベルの頬をかすめて、ひと筋の稲妻が走った。
〈拘束陣〉に捕らえられたモイヤーズが、魔法を放ったのだ。
「……それ以上、口を開くなキャンベル。お前が言葉を吐くたびに、ギルドの名誉が
「クフフッ、プハハハッ。
「みくびるなっ! あのようなモンスター、この場所からでも──」
「いいのかぁ? せっかく
「くっ──」
キマイラのヤギの頭が、突然、甲高く
「ベヒヒヒヒン!」
ブワァァァァァァァァァァァァァァァァ
前歯の突き出たヤギの口から、赤い霧が噴き出されて、あたりに満ちていく。
わたしは、頬についた霧のしずくを手でこする──これは……血?
ドクン
わたしの心臓が、前ぶれなく、高鳴った。
ドックン、ドックン……
速くなる鼓動。身体が熱い。ハァ、ハァと口で息をしてしまう。
──なに……これ……。
血の霧でかすんだブラッド・キマイラに向けて、また〈審美眼〉を発動させる──
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ブラッド・キマイラ Lv.95 HP29300/30500
スキル: 〈劫火〉、〈毒牙〉、〈食いちぎり〉、〈ひっかき〉、〈
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──ん……このスキル……?
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スキル検索: 〈
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ドクン、ドクン、ドクン……
耳の奥で、血管が収縮する音がうるさいくらいに響いている。
過敏になった肌をなでるように、血の
その瞬間、音もなく、光る
「──しまっ……!」
身をよじったわたしの左腕に犬歯を突き立てたキマイラが、すばやく
「──っく!」
左腕の感覚が、一瞬で消える──〈
「リリムさんっ!」
モイヤーズが叫ぶのが聞こえる。
──〈治癒〉……。
出血が多すぎて途切れそうになる意識の中で、スキルを使う。HPが戻っても、このレベルで損傷した身体は、〈治癒〉では元に戻らない。
──〈再生〉するしか……ない……?
でも、それはずっと避けてきた手段だった。
〈再生〉を使えば、ガイド・フェアリーの羽まで戻ってしまう──誰も、人間として扱ってくれなかった、本当のわたしの姿に……。
キマイラのライオン頭は、まだモグモグと口を動かしている。
いまのうちに、手を打たないと──でも、どんな手を?
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リリム Lv.94 HP12500/24500
スキル: 〈蘇生〉、〈審美眼〉、〈自覚〉、〈潜水〉、〈飛翔〉、〈火球〉、〈回復〉、〈斬撃〉、〈打撃〉、〈育成〉、〈建てる〉、〈掘る〉、〈テイミング〉、〈治癒〉、〈暗視〉、〈暗黙知〉、〈浄化〉、〈遠隔知〉、〈光源〉、〈範囲回復〉、〈解毒〉、〈麻痺〉、〈鼓舞〉、〈有用判定〉、〈口寄せ〉、〈念話〉、〈意思疎通〉、〈修復〉、〈噛みつき〉、〈高速飛翔〉、〈維持〉、〈記憶術〉、〈方向判定〉、〈速読〉、〈形式知〉、〈調合〉、〈縫製〉、〈調理〉、〈物理防壁〉、〈無痛〉、〈再生〉、〈腐食〉、〈
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──だめ……あたまが……回らない……。
思考力を奪われて、自分のスキルリストを見るだけで、頭がクラクラしてしまう。
ふと、あの
──神さまだか誰だか知らないけど……こんなときこそ、何か〈おすすめ〉してよ……。
「〈おすすめ〉……」
何も、起こらない──?
こんなスキルに頼ったわたしがバカだった──苦笑しかけたとき、視界に違和感があるのに気づく。
視野の右下に、赤い矢印が浮かんでいた。
下を指し示して、ポワポワと、注意を引くように
矢印に意識を集中すると、視界の下からフワッと、リストのようなものが浮かび上がってきた。
──メニュー、みたいなもの……?
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- 【Guide】〈自動戦闘〉で、冒険をもっと楽しもう!
- 【HowTo】合成可能なスキルを獲得しました!
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「……」
脳天気な文面に、思わずイラッとさせられる。
でも──「合成可能」って……?
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【HowTo】合成可能なスキルを獲得しました!
スキル合成で、ワンランク上のスキルを獲得しよう。
合成可能なスキル:
- 〈口吻〉+〈悪食〉 実行しますか?(YES / NO)
- 〈鱗粉〉+〈解毒〉 実行しますか?(YES / NO)
- 〈鱗粉〉+〈麻痺〉 実行しますか?(YES / NO)
- 〈極光〉+〈反射〉 実行しますか?(YES / NO)
まとめて実行?(YES / NO)
今後、このおすすめを表示しない(YES / NO)
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──いや、これ「今後表示しない」とか、トラップだよね……。
「まとめて実行」に目を向けて、YESとつぶやく──
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スキルの合成に成功しました。
獲得スキル:
- 〈口吻〉+〈悪食〉=〈外部消化〉
- 〈鱗粉〉+〈解毒〉=〈範囲解毒〉
- 〈鱗粉〉+〈麻痺〉=〈範囲麻痺〉
- 〈極光〉+〈反射〉=〈プラズマ蒸発〉
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「グルルルルゥアアアアアアッ!」
合成されたスキルの内容を確認する間もなく、わたしの左腕を飲み込んだキマイラが
時間がない──でも、もうひとつの〈おすすめ〉が言いたいことは、タイトルだけでわかっている。
──いちか、ばちか。
「〈
スキルを発動した瞬間、わたしの身体が勝手に〈跳躍〉した。
飛びかかってきたキマイラの爪が、足先スレスレで空を切る。
視界の端に、実行されるスキルのリストが浮かんでいた。
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実行スキル:
- 〈跳躍〉×4
- 〈はりつき〉
- 〈噛みつき〉
- 〈腐食〉×10
- 〈外部消化〉
- 〈プラズマ蒸発〉
回復系スキルは実行されません。
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──回復系スキル……なんか、強調するのね、そこ……。
〈跳躍〉──攻撃をかわした先から、高台の岩場の下へ。
〈跳躍〉──高台の岩場の中腹へ。
〈跳躍〉──って……敵に向かってる!?
キマイラの背中から生えた、ヤギの首にわたしの右手が届く──〈はりつき〉。
振り落とそうと巨獣が暴れ回るけれど、右手は太い首筋の筋肉からはなれることがない。
目が回りそうになりながら、この先に来るスキルの内容を確認する。〈自動戦闘〉がやろうとしていることは──?
「これって……うそっ──!」
「ガルゥアアアアアアッ!」
キマイラの尾──巨大な毒蛇が、右脚にかぶりついてきた。
同時に、わたしも〈噛みつき〉でヤギの首筋にむしゃぶりつく。
「ヒャハハハハッ、ついに気でも狂っちまったかっ! モンスターに喰いつく冒険者なんて、初めて見たぜっ!」
キャンベルが膝を打って爆笑している。
モイヤーズは必死の
「リリムさんっ──もうやめるんだっ!」
ベリリッ
キマイラの毛の下にあった表皮──毒蛇のウロコを喰い破ったわたしは、獣のようにペッと吐き捨てた。
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〈噛みつき〉=相手の表皮を食い破り、肉に歯を立てる。
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〈自動戦闘〉が、ウロコの剥がれたブラッド・キマイラの傷口に〈腐食〉を次々に叩き込んでいく。
「ギュリィアアアアアアアッ!」
キマイラが、苦しげなうめき声をあげた。
〈血戯〉で上気させられた顔のまま、わたしは涙目になって、モイヤーズに懇願した。
「おねがい……見ないで──」
「なっ──?」
わたしの
「ンゴボッ……」
恥ずかしすぎる音を鳴らして、長く巻いた、蝶のような〈口吻〉がわたしの口から飛び出してくる。
〈口吻〉の先端は、まるで意思を持っているかのように、キマイラの傷口に吸いついていく──。
ゴキュッ、ゴキュッ……
〈腐食〉した化け物の肉を吸い出す、不気味な音。
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〈外部消化〉=〈口吻〉を繰り出して相手の肉を吸い出し、消化する。ただし、対象には〈腐食〉が付与されている必要がある。
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──もうやだ……死ぬほどキモい……。
みるみるうちに、ヤギの頭は風船がしぼむように小さくなると、グニャリと曲がった。
キマイラのHPが激減して、ドウッと地面に崩れる。
「ングッ──かはぁっ」
ようやく、〈口吻〉を引っ込めた〈自動戦闘〉は、腐った果物のように陥没したキマイラの背に向かって、最後のスキルを発動する──〈プラズマ蒸発〉。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
耳をつんざくような高音がして、キマイラのへこんだ肉の間に、青白く光る火の玉が浮かび上がった。
火の玉は、ゆっくりとキマイラの身体に沈み込むように降りていく──
プシュッッ
想像もしなかったような、軽い音。
キマイラの太い筋肉や骨、臓器が、青白い光に触れただけで蒸発していく──。
「シュギャアアアアアアアッ──」
巨獣の断末魔の声が、地底の神殿にこだました。
臭気を漂わせる腐肉の塊の上にへたりこんで、わたしは、巨大な獣の身体を貫通した丸い穴を、魂が抜けたように見つめていた──
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