第28話 初心者にもやさしいギルドです

西の洞窟、第3階層。

この経路でたどれる、洞窟の最深部──。


「……何があったか、本当に話す気はないのかね」


モイヤーズが、背後から問いかけてくる。


「……」


この口を開いたとして、何を語ればいいのだろう。

わたしが本当はガイド・フェアリーで、〈念話〉を通じてオーロラ・モルフォと会話していたこと?

わたしのために用意された、この試験に干渉するために、謎の覆面冒険者たちが現れたこと?


……いくらモイヤーズが誠実そうな人物だからといって、話すべきことなど、いまは何もない。


3人の襲撃者たちは、躊躇ためらうことなく、わたしの命を狙ってきた。

たかだか、ギルドの加入試験のために──なぜ?


わたしの到着は、彼らにとっては

もし、わたしが急いであの場所に向かわなければ、襲撃者たちはオーロラ・モルフォを闇にほうむっていたのだろう。

彼らの思惑通り、事が運んでいたら──? わたしは、難なく第3階層に進んでいただろう。


自分たちの干渉がバレたら、わたしを殺してもかまわない。

でも、わたしには無事に第3階層に行ってほしかった。

それは──何を意味しているの……?


それでも、推測できることはあった。

たぶん、これは

わたし個人が彼らの標的ターゲットだったのなら──つまり、わたしの抹殺が目的なら、こんな回りくどい方法を取る必要はないはずだ。


だとしたら──


「……着いたぞ。あそこが、この西の洞窟の最深部。〈よどみの神殿〉と呼ばれるエリアだ」


モイヤーズが、向かう先を指差す。

ゆるやかな下り坂を描いてきたトンネルの果てに──広大な地下空間が現れた。


〈神殿〉という名前の由来は、聞かなくてもわかる。

はるかな天井から垂れ下がった岩の柱が、人間が築いた神殿のように、規則的に並んでいた。

どこから光が漏れてくるのか、雲間くもまからす太陽のように、ところどころに光の筋が落ちて、神秘的な光景を生み出している。


その石柱の間、ひと筋の光が射す場所。

まるで、玉座でもいただくかのような小高い岩場の上に、それはあった。


「……あの岩場の上……」

「ああ、あれが目的の宝珠オーブだ」


真珠のような乳白色の宝珠は、光をたくわえているかのように、それ自身、ふんわりと白く輝いていた。


わたしは、〈澱みの神殿〉に足を踏み入れようとして──立ち止まる。

モイヤーズが、表情を変えずに聞いた。


「どうした?」

「……

「そうか」

「それなのに、あなたは動こうとしない」


フッとモイヤーズは微笑んだ。


「罠だ、と?」

「試験の最終ステージに何もないなんて、そんなはずないもの」

「たしかに、その通りだ──ここには、罠が仕掛けられている。当然だが……最終試験にふさわしい内容の、ね」


だが──と、モイヤーズは長い指でメガネを直した。


「これはギルドの加入試験だ。何も君の命を取ろうというんじゃない。わたしが動かなかったのは、君にトラップを踏んでもらわなければ、せっかくのが無駄になるからさ──まあ、勘のいい君が一枚上手うわてだったわけだが」


──せっかくのお膳立てが台無し。


たしか、あの覆面の魔術師も、そんなことを言っていた。

モイヤーズも、覆面冒険者たちと通じている──? いや、あの襲撃者たちから漂っていた、嫌な感じ……憎悪とか嫌悪のようなものが、この人からは感じられない。


「わかりました……じゃあ、わたしが先に」


〈澱みの神殿〉──。

幻想的な景色に目を奪われていたが、足を踏み入れてみると、たしかに

よく見ると、足元には大小さまざまなサイズの穴が開いて、コポコポとガスを噴き出す泥の沼が、そこかしこに顔をのぞかせていた。


「わたしは、ここで待つとするよ──このフロアは見通しがきく。いざとなったら、助けに入るから、安心していい」


モイヤーズは、岩棚の上に飛び乗ると、にこやかに言った。


沼を避けるように、慎重に歩みを進める。

〈遠隔知〉で周囲の気配を探る──でも、何も映らない。

宝珠の置かれた小高い岩場が近づいてくる。頂上へ登るための道は、ひとつ。


「また……、かな?」


わたしは、小さくつぶやく。

敵のいないフィールド、必ず通る場所があるマップ構成、最終試験にふさわしい罠。

また、一歩踏み出した、そのとき──足元がふいに、紫色の光を帯びた。


「来た……


高台の手前に広がる、ひらけた場所にひときわ大きな転移陣が展開された。

〈幻術師の庭〉の隠しフロアで、あの思い出したくもない腐臭を放つスライムと戦ったときと同じ──


「ベッヘェェェェェェェェェェェェェェェェ!」


濁った叫び声とともに、魔物の首が転移陣からニョキッと突き出す。


「同じ……じゃ、ないかも?」


血走った黄色い目玉。

アンモナイトのように幾重にも渦を巻いた角。

白い毛には、ところどころ血のような赤いシミがついている。

巨大なヤギの首が、不自然な角度にせりあがってくる──


「──っ」


ガリッという音がして、転移陣のふちの岩を、獣の爪が削り取った。

オレンジ色の毛並み。筋肉の盛り上がった前脚──怒りに逆立った、たてがみ。

大きな動物のもも肉をくわえた、ライオンの顔。

そして、モンスターの背後から細長い影が伸びて、ライオンが噛みちぎった肉に喰らいついている──大蛇だ。


+++++++++++++++++++++

ブラッド・キマイラ Lv.95 HP30500/30500

+++++++++++++++++++++


「なによ……これ……」


ヤギとライオンの頭を持ち、ヘビの尾を従える──伝説のモンスターそのままの、巨大な怪物。

背後から、動揺したモイヤーズの声がする。


「バカなっ! リリムさん、下がれ! それは──」


そのとき、どこかからウヒヒヒと下品な笑い声がした。

悪趣味な金ピカの甲冑を身につけた、モヒカン頭の男──キャンベルだ。

さっきまで〈遠隔知〉でも感知できなかった……まさか、あの覆面魔術師の〈転移〉?


「何を言ってるんだぃ、モイヤーズ。あれがギルドが用意した、最後の試験課題じゃないか」

「そんなはずはないっ、熟練冒険者のテストでも、あんな怪物を使ったことなど──」

「ああっ、そこだよそこぉ、まさに問題はそこにあるんだ……」


キャンベルは、芝居がかった溜め息を吐いてみせる。


「熟練冒険者のテスト、素人しろうと冒険者のテスト……。そもそも、なんでそんな区別が必要になったんだ? この世界を牛耳ぎゅうじるのに、戦闘職以外の職人どもをうまく使ってやる必要があるのは、も認めてるんだぜ。けどよぉ、このは、なんなんだ? 〈大鷲おおわし鉤爪かぎづめ〉は、泣く子も黙る名門ギルドだろうが。手加減しなきゃ、試験もクリアできない軟弱なんじゃく素人なんざぁ、いらねえんだよ!」

「キャンベルッ、貴様はギルドマスターの方針に逆らうのかっ」

「うるせぇ! あのは、お前ら軟弱者の一派に転がされて、スッカリ腑抜けになっちまったじゃねえかっ。俺たちは、強いギルドでありたいんだよ。ジジイだって、昔は強さでギルメンを選別してたんだろうがっ」


おまえはっ、とキャンベルにつかみかかろうとしたモイヤーズは、足をとられたようによろける。


「くそっ……〈拘束陣〉を──?」

「ほら見ろ、昔はすげえ〈魔術師ソーサラー〉だったはずのおめえまで、いまじゃ簡単に罠にかかる間抜けな〈医師ドクター〉だ。はっ! ! 素人が混じると、ギルドはどんどん毒されちまうんだっ」


さあて、とキャンベルは舌なめずりをして、わたしを見すえた。


「どうする、美人さん? 俺が合図をすれば、戦闘開始。その化け物が、あんたのハラワタを引きずりだす──おっと、ハラワタの前に、ぽっこりお腹におさまった赤ん坊が喰われちまうかもなぁ。ヘヘヘッ。いいんだよ、棄権しても。むしろ棄権してくれよ。俺だって、あんたみたいなかわいい子がズタボロの肉の塊になるのを、好きこのんで見たがる変態野郎ってわけじゃないんだ……。ただ、あんたが自分からビビッたと認めてくれるか──この頑固なモイヤーズが、ドクター・ストップをかけるか──まあ、あるいは、あんたがんだけどさぁ……」


とにかく、とキャンベルは、わざとらしくをとった。


「あんたみたいな素人は、あのエリートギルドには入れませんでした、と──そういう話になってくれりゃあ、俺たちはなんでもいいってわけだ」

「……」

「おほっ、美人がにらむと怖いねえ。いやあ、いいんだぜ、あんたがってんなら、俺は邪魔はしねえ。なんせ、俺さまは、加入試験の立会人だからな」


モイヤーズが、怒りに震えた声を出した。


「彼女に戦わせるわけがないだろうっ、この卑劣漢ひれつかんめっ」

「……やります」


わたしが言うと、モイヤーズが驚いてこちらを振り返った。


「リリムさん──」

「うんざりなんです。こういう人に……こういうに、わたしの運命を決められるのは」


ヒャハハッとキャンベルは、狂喜したように笑った。


「いいねえ、いいねえ! 闘志がみなぎってるねえ! 前言撤回──俺、なんかあんたがの、見たくなってきちゃった。ヒャハハッ、もうヘンタイ、入ってるよねぇオレッ! やっべぇ、なんかしちったぜぇっ」


ほんじゃあ、まあ──と、キャンベルはニヤニヤしながら、わたしを見た。


「とりあえず、死んでよ」


キャンベルが、パチンと、指を鳴らした。

わたしのすぐ後ろで、地響きのような巨獣の咆哮ほうこうとどろいた──

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