第27話 襲撃者たち

「……なるほど」


西の洞窟、第2階層。

目の前に突然現れたのは、断崖絶壁だった。

地底河川が岩石を浸食したのだろう──第3階層どころか、第6階層くらいまで沈み込んでいるのではないかと思うような、深く急峻きゅうしゅんな谷。その谷底から、乱流が流れているのであろう轟音ごうおんが響いている。


対岸までは……100mといったところだろうか。

のぞきこむと、崖沿いに打ち込まれたアンカーに、かろうじてぶら下がっているような細い通路が見える。

通路を通って右手に延々と進んだ先、高低差にして20mほど下ったところに吊り橋があった。


──度胸試どきょうだめし、ってこと?


転生前は、高いところなんて、どちらかといえば苦手だった。

でも、フェアリーに転生してからは、ずっと空を飛んで暮らしてきたのだ。だから、別に度胸は問題ないんだけど……いまのわたしには、羽がない。


──〈飛翔〉の発動条件を満たしてないんだよね……。


それもこれも、チート冒険者のカイトや、いま、わたしのことを嫌な目で見ている、このキャンベルのせい……ダメダメ。いまは試験に集中しなきゃ。


「あの橋を渡るか、しっぽを巻いて逃げ帰るか──ふたつにひとつだって、見りゃわかるだろ。いくなら、さっさと行ってくれよ」


キャンベルが、いかにも迷惑そうに言う。

わたしは、崖の左右をキョロキョロを見渡す……うん、こっちの岸は十分に長いみたい。


ギルドの人々から離れて、崖沿いに歩く。だいたい、100m。


「おいおい、橋は反対だって──」


キャンベルの声を無視して、わたしは獲得したばかりのスキルを使ってみる──〈跳躍〉!


タンッ


地面を軽く蹴ると、フワッと身体が宙を舞う。羽があったときの、懐かしい風の感覚──


「あぶないっ」


リースさんの叫ぶ声がして、ハッとする。

思ったより高くんでしまったわたしの目の前に、天井から突き出した岩が迫っていた。

とっさに身をよじって──


「……」

「……おいおい、あいつ、ほんとに人間なのか?」


キャンベルがボソリと言うのが聞こえる。


「あはは……すみません……」


とっさに〈はりつき〉で、岩につかまったわたしは、昆虫のようにカサコソと壁を降りるしかなかった。


でも、実験のはあった。


「じゃあ、いきますね──」


わたしは、ギルドのメンバーにそう言うと、対岸に向かって〈跳躍〉した。

地底の谷を吹き抜ける風が、頬をなでる。

自分の脚が、しっかりと衝撃を吸収して、スタッと着地するのを感じた。これも、スキルの効果なのだろう。


「待ってたほうがいーですかぁ?」


わたしが大きく手を振ると、キャンベルがケッと言って唾を吐いた。


「……問題ない。わたしがそちらに行こう」


長髪のモイヤーズが、片手をかかげて、何かのスキルを発動させた。

髪の毛が、重力を失ったように、フワリと宙に浮く。

モイヤーズは、そのまま真っ直ぐ谷に向かって歩いてくる──。


「すごい……」


モイヤーズの足は、、谷の上の空中を渡ってくる。一直線に、わたしのほうに。


「そ、それはなんのスキルなんですかっ?」

「〈浮遊〉だが……むしろ、わたしこそ君のスキルについて、いろいろ聞きたいところだがね」


──それは……そうだよね……。


先に行っててくださーい、と対岸で手を振るリースさん。

わたしは、モイヤーズに見守られながら、洞窟を進む。

次がたぶん、この第2階層の終着点だ。〈遠隔知〉で、モンスターが感知できる。


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オーロラ・モルフォ Lv.79 HP12300/12300

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さっきの巨大バッタは、洞窟の中でウロウロしていたが、このモンスターは泰然自若たいぜんじじゃくとでも言ったらいいのか、まったく動く気配がない。


──HPが高い分、時間はかかるけど、同じ手で……。


そう思ったとき、わたしの頭に声が響いた。


〈そこにいるのは、フェアリーの子ですね〉

「──っ!」


わたしが足を止めると、モイヤーズが片眉を吊り上げた。


「どうした?」

「えっと……ちょっと、待ってください」


わたしは、オーロラ・モルフォに〈念話〉を返す。


〈……いまのは、あなたが?〉

〈ええ……ここにいる人間たちには、ので、困っていました〉

〈どういうこと?〉

〈ひとを害するのは、ルナ・モルフォ……わたくしたちに敵意はないのですが、人間にはわれらの区別はつかぬのでしょう。話もできぬまま、同胞の多くが殺されました。わたくしも罠にかけられ、ここまで連れてこられて……〉

〈そんな……〉

〈ああ、わからない。なぜこのような洞窟で、わたくしを飼おうというのでしょう……他のもののように殺す気がないのなら、せめて星あかりのある地上へ……〉

〈それは……この人たちは、あなたを飼う気は、ないんです。ただ、わたしを試すために──〉

〈ああ……!〉


オーロラ・モルフォは、納得したように嘆息する。


〈それで、得心がいきました。わたくしは、そなたにたれればよいのですね〉

〈そんなことありません! わたしが、どうにかして──〉

〈よいのですよ、フェアリーの子よ。捕らえられたときから、覚悟はできています。冒険を志すものは、与えられた試練を乗り越えて、成長していく。それが、この世のことわり……わたくしたち、人ならざるものは、みな、その崇高な使命を支え、高めるために生まれてくるもの……〉

〈だけど、わたしはフェアリーで……本物の冒険者じゃないし……あなたが命を捧げる必要はぜんぜん、ないんです!〉


フフフとオーロラ・モルフォが上品に笑うのがわかった。


〈ちがいますよ、フェアリーの娘。冒険者とは、ガイド・フェアリーに導かれたのです〉

〈え……〉

〈本物の冒険者とは──ああ、人間たちが来ましたが……どうやら、この者たちは、そなたを待つ気はないようです〉


ハッとして〈遠隔知〉で確認する。

ギルドのメンバーらしい人間たちが、3人でオーロラ・モルフォを取り囲んでいる。全員、レベル100の熟練冒険者──。


「この先で、モンスターがギルドのメンバーに襲われています。どういうことですか?」


わたしが言うと、モイヤーズは狐につままれたような顔をした。


、襲われているだって?」

「……先に行きますね」


わたしは〈迅速〉を活かして、ひとりオーロラ・モルフォの元に急いだ。


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オーロラ・モルフォ Lv.79 HP5320/12300

オーロラ・モルフォ Lv.79 HP4680/12300

……

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反撃している様子もないオーロラ・モルフォのHPは、どんどん下がっていく。


〈わたしが行くまで、持ちこたえて──何か抵抗を……〉

〈……言ったでしょう……わたくしは……人間を傷つけるつもりは……ありません〉

〈でもっ〉

〈よいのです……これもまた……さだめ……〉


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オーロラ・モルフォ Lv.79 HP1280/12300

……

+++++++++++++++++++++


「待ちなさいっ!」


第2階層、最後の空間に飛び込んだわたしは、叫んだ。

短剣ダガーを持った、覆面姿の冒険者のひとりが、チッと舌打ちをする。


「……予定より早い」


別の魔術師らしい覆面の冒険者が、杖をわたしに向けた。


「仕方ないわね……せっかくのが台無しだけど、ここで消えてもらうよ──」

「消えろったって、そうはいかないわ……よ……?」


動こうとしたわたしは、よろけそうになる。足が、地面にピッタリと貼りついて、持ち上げられない。


「〈拘束陣〉……」


3人目の覆面男が、ボソリとつぶやく。


──しまった……!


魔術師の杖から、渦を巻く炎が噴き出して、わたしめがけて向かってくる。

わたしが、思わず目をつむった、そのとき──


「なんなのよ……!?」


驚愕した魔術師の声。

わたしは、ぎゅっと閉じていた目を開く──何か、青白く輝く大きなものが、視界をおおいつくしている。

巨大な蝶──


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オーロラ・モルフォ Lv.79 HP880/12300

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「どうして……」

〈そなたには……きっと……まだ、なすべきことが……〉


激昂した魔術師のわめき声が聞こえる。


「ああもう、ウザイウザイウザイ!」


連続して攻撃魔法が撃ち込まれる。

オーロラ・モルフォの周りには、うっすらと青白く光るガスのようなものが漂って、わたしたちへの攻撃を軽減しているようだった。


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オーロラ・モルフォ Lv.79 HP650/12300

オーロラ・モルフォ Lv.79 HP430/12300

……

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〈治癒を──〉

〈おやめなさい……むしろ……最後の一撃は、そなたが……〉

〈そんなの……〉

〈やるのです……我らには……真の冒険者のかてになることこそ……ほまれ……〉


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オーロラ・モルフォ Lv.79 HP350/12300

オーロラ・モルフォ Lv.79 HP260/12300

……

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〈真の……冒険者とは……逸脱いつだつしたもの……さあ、早く……!〉


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オーロラ・モルフォ Lv.79 HP120/12300

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〈ごめん……なさい……〉


わたしは、オーロラ・モルフォの胴体に手をのばして、ギュッと抱きしめると、言った。


「〈斬撃〉……」


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オーロラ・モルフォ Lv.79 HP0/12300

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リリム

経験値は獲得できませんでした。

獲得スキル: 〈口吻こうふん〉、〈極光〉

スキル〈暗黙知〉による獲得スキル: 〈鱗粉〉

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短剣を持った冒険者が、わたしを指差して吹き出した。


「ヒャハッ、なんだコイツ、せっかく守ってくれたモンスターを自分で殺しやがった! クレイジーだぜ!」

「……あんたらぁっ!」


わたしは、〈遠隔操作〉で3人の覆面冒険者に〈腐食〉を叩き込んだ。


「アガァッ!」


短剣を持った冒険者は、顔の右半分を侵蝕されてうめき声をあげる。

だが、魔術師は〈腐食〉に耐性でもあるのか、効果がない。

〈拘束陣〉を張ったもうひとりは、いつの間にか姿を消していた。


「まったく……ややこしいことになったね……」


魔術師は、そうこぼすと短剣を持った冒険者の肩に手を置いて──次の瞬間、ふたりとも姿を消した。


──〈転移〉……。


モイヤーズが、ようやく追いついてくる。


「リリムさん、いったい──これは……?」


わたしは、動かなくなったオーロラ・モルフォのやわらかい触覚をなでた。


あの覆面冒険者たちの目的はわからない。でも、たしかなことがひとつだけある。

この世界に、またわたしが許したくない人間が、3人増えてしまった。


ブッセ、ハシェット、そしてジェンナー……。

〈遠隔知〉で知覚した、彼らの名前を、わたしはしっかり記憶に刻んだ──

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