第26話 ハッタリと、忍耐と

「ったくよぉ、ギルメンがこたぁあったが、まさか妊婦さんが加入試験とは、時代も変わったぜ」


モヒカン頭の戦士──キャンベルが聞こえよがしに言った。

モイヤーズが注意するように咳払いをしても、どこ吹く風だ。


西の洞窟、第1階層。

先を歩くわたしの後ろを、ギルドの人々が数十メートル離れて見守っている。


「なあ、リース。カノジョ、ひとり暮らしなんだてぇ? カワイイのにもったいねえよなあ。俺、に行っちゃおうかな。ヘヘッ」

「キャンベルさん、やめましょうよ、そういうのは──」


生真面目なリースさんの言葉をさえぎって、キャンベルが大きな声を出す。


「あんただって、ほんとはひとりじゃ不安だよなあ?」

「……」

「ぁんだよ、シカトかよ」


モイヤーズが、耐えかねたように声を荒らげた。


「リリムさんは集中しているのだ。君も、立会人の職務に集中したまえ」

「へいへい……わかりやしたよ、センセ」


──あんなやつが、警備隊の副隊長だなんて……。


経験値を分け合えるパーティーの仕組みを利用して、わたしを奴隷のようにこき使ったカイト──そのカイトの誘いにのって、一緒にわたしを利用した男のひとり。

最初から最低なやつだったけど、その印象通りのゲスな男……。


キャンベルは、わたしがあのとき売り飛ばしたガイド・フェアリーだとは、まったく気づいていないようだった。

無遠慮にわたしの顔をのぞきこんで、かわいいだの、肌がきれいだの、虫唾むしずが走るような言葉をかけてくるくせに、自分がかつて人間扱いもせずに傷つけた相手だと、思い出しもしない。あのときは本当に、わたしのことなど、まともに見てもいなかったのだ──。


ヒュッ


突然、風を切る音。

右手の脇道から射かけられた矢が、まっすぐわたしの頭めがけて飛んできた。


「あぶな──」


リースさんの声が聞こえた。

わたしは──〈物理防壁〉に当たって速度の鈍った矢を、


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〈迅速〉=自らのすばやさを10倍にする。

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──危ない危ない。あいつへの怒りでボケッとしてたよ……。


もともと、ガイド・フェアリーは、かなりすばやい種族──だと思う。10倍になると、どれくらいの数字になったのか、細かいことはわからないけど、〈迅速〉はかなり便利だった。


わたしは、脇道の奥に向かって叫んだ。


「あのぉ、いきなり頭とか狙うのは、危ないと思うんですけど、

《──っ!》


〈遠隔知〉で識別していた人物──「マックス・ザクセン」という名前が、動揺したように揺らいだ。

洞窟の中に、複数の人間がいることは、入ったときからわかっていた。たぶん、罠や仕掛けを担当しているギルドのメンバーなのだ。

よくわからないけど、わたしが適当に言った〈司書ライブラリアン〉という職業ジョブは、この世界ではかなりものらしい。ハッタリでも、少しは「すごい感」を出しておかないと──


「ヒュー、やるねえ」


キャンベルが小馬鹿にしたように口笛を吹いた。

……たしかに、こんな罠はまだ、序盤の子供だましにちがいない。

そして本当は……本格的な戦闘になったら、わたしにできることは、ほとんどない。


いまのわたしは、いつになく多くのスキルを発動して〈維持〉していた。


〈遠隔知〉と〈暗視〉、〈透視〉は、敵や罠の配置を把握するため。

〈記憶術〉と〈方向判定〉は、洞窟の中で迷わないため。

〈物理防壁〉、〈無痛〉、〈迅速〉、〈反射〉は、ふいに攻撃を受けたときのため。


あとは……よくわからないけど、スキル獲得に有利そうな〈暗黙知〉と〈勤勉〉。


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〈暗黙知〉=言語化されない経験的動作を再現可能にする。また、自身に対して複数回発動されたスキルを獲得することがある。

〈勤勉〉=スキル獲得の可能性がある行動を取った場合、その獲得率が10倍になる。

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何が起こるかイメージをつかみきれていない〈自動戦闘オート・アタック〉、それに──あのふざけた〈おすすめ〉は、発動していない。


「おっとっと……」


足元の落とし穴を〈透視〉で回避したわたしは、進む先に感知できるモンスターの気配を確認した。


+++++++++++++++++++++

ジャイアント・グラスホッパー Lv.75 HP9500/9500

+++++++++++++++++++++


ギルドの加入条件として、唯一緩和されていないのは、レベル80以上であるということ。

わたしのために難易度調整してくれたといっていたから、普段ならレベル80に近いモンスターが配置されるのだろう。


だけど──相手のレベルが75でも、正攻法では勝てる気がしない。


わたしは足を止め、壁にもたれて座った。

じっと、目を閉じる。

あとから、松明の炎をかかげながらやってきたリースさんが、わたしを蹴飛ばしそうになって、「わあ、びっくりしたぁ」と声を上げた。


キャンベルが、わたしの前にしゃがみこんだようだ。


「なんだぃ、落とし穴もソツなくけたと思ったが──もう怖くて進めないのかい?」

「……」

「おいおい、またシカトかよぉ」

「……うるさい」

「なんだと?」


いきなり、あごをつかまれる。

こんなやつの思い通りになる気はない。わたしは、頑固に瞳を閉じたままでいた。


「すました顔しやがって……先輩への礼儀ってもんを俺がやろうか?」

「キャンベル! いい加減にしろっ」


無作法な戦士をしかばしたモイヤーズが、冷静な声で話しかけてくる。


「リリムさん……もし、体調がすぐれないなら、試験はここまでに──」

「いえ……もう、終わりますから」


まだ、わたしの顔を手でつかんでいるキャンベルが、あざけるように言った。


「終わる? 何言ってんだ、おま──」


パンッ


突然、頬をはたかれたキャンベルが、目を白黒させる。

はたいた者など、からだ。

わたしは、目をあけた。


パンッ、パンッ、パンッ


誰も手を触れていないのに、キャンベルの顔の上下左右から打撃が加わる。

見えない相手に殴られながら、金ピカの悪趣味な甲冑を着たキャンベルが、ハッとしたようにわたしを見る。

顎をつかんだ手に、握り潰さんばかりの力が込められた。


「お、おま……おまえっ、おまえが、これを……?」

「……汚い手で触らないで」


ジッと、キャンベルの目を見上げてにらむ。

キャンベルは、背筋に寒気が走ったように、一瞬たじろいだ。

チッと舌打ちをすると、投げ捨てるようにわたしの顔から手を離す。

リースさんが、バランスを崩したわたしをあわてて抱き起こした。


「なんてことするんだ!」

「そのアマが攻撃してきやがるからじゃねえかっ」


ふむ、とモイヤーズが長い指で顎をさすりながら言った。


「しかし……いまのは、見たことのないスキルだな。実に面白い……」


わたしはざわついているギルドのメンバーを無視して立ち上がると、スタスタと歩き出した。

〈遠隔知〉で注視しているのは、この先にいるモンスターのステータス──


ジャイアント・グラスホッパー Lv.75 HP14/9500


一直線に、洞窟の開けた場所に入ったわたしは、ごく初歩の攻撃魔法を唱える。


「〈火球〉!」


ドウッと音を立てて、巨大なバッタが倒れた。

バッタの脚はちぎれてあちこちに散乱し、溶けかけたはね無惨むざんに垂れ下がっている。


+++++++++++++++++++++

ジャイアント・グラスホッパー Lv.75 HP0/9500

+++++++++++++++++++++


「これは……」


モイヤーズがつぶやくと、リースさんが目を輝かせて言った。


「こっ、これが〈司書〉の古代魔法ですかっ?」

「あはは……」


わたしは、笑って誤魔化ごまかす。

古代魔法なんかじゃない。これは、ただの〈遠隔操作〉だ。


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〈遠隔操作〉=半径500m以内の、名前と位置が知覚可能な対象に対して、任意のスキルを発動する。対象との物理的接触が発動条件であるスキルも使用可能。

+++++++++++++++++++++


座り込んでいる間、わたしは巨大バッタに向かって、ひたすら〈腐食〉と〈斬撃〉を繰り返していた。


+++++++++++++++++++++

ジャイアント・グラスホッパー Lv.75 HP9320/9500

ジャイアント・グラスホッパー Lv.75 HP9060/9500

ジャイアント・グラスホッパー Lv.75 HP8950/9500

ジャイアント・グラスホッパー Lv.75 HP8740/9500

……

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この方法なら、一撃一撃では大きなダメージを与えられなくても、遠くからジワジワHPを削ることができる。


わたしを売り飛ばした冒険者、カイトが最初にやったチートに、なんか似てるかも、と、ふと思う。

カイトもまた、低ダメージの打撃を繰り返しながら、わたしにひたすら〈蘇生〉させることで、圧倒的にレベル上位のモンスターを倒したのだった──。


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リリム

獲得スキル: 〈跳躍〉、〈はりつき〉

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「……なるほど、ただの美人の妊婦さんじゃねえってことか」


自分が、ただの〈打撃〉で殴られたとは知らないキャンベルは、薄気味の悪そうな顔でわたしを見ている。


地下第2階層に降りていく通路を前に、わたしはフウッと息を吐いた。どうか、この調子で、なんとかなりますように──

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