第25話 念願のボーナスステージ?

「はぁ……」


マシャンテ西方の森。

洞窟の前で、わたしは深く溜め息を吐いた。


「どうしたのだ、さっきから溜め息ばかり吐いて」


魔術師のローブをまとったモイヤーズが、あきれたように言う。

白衣や、私服のコート姿は見たことがあったけれど、〈医師ドクター〉に転職ジョブ・チェンジしているモイヤーズが〈魔術師ソーサラー〉の装備を身につけているのは、新鮮だった。


「いろいろ……ありまして……」

「ふむ。さっきも言ったが、今日はリリムさんのコンディションを勘案して、わたしがサポートに入る。洞窟の中の罠も、難易度を調整してあるから、あまり心配しなくていい」

「はい……ありがとうございます……」


──サポートって言ってもさ……。


モイヤーズの説明によると、助けに入るのは、2つの場合のみ。


1: わたしのHPが500を切ったとき

2: わたしのお腹の赤ちゃんに深刻な問題が発生するとモイヤーズが判断したとき


そして、どちらの場合も、試験はそこで強制終了。

命は助けてもらえるけれど、実質的にはドクター・ストップなのだ。


ギルドでわたしの加入希望ヒアリングをしてくれたリースさんが、ほがらかに話しかけてくる。


「〈司書ライブラリアン〉の戦い、楽しみにしてますからね!」


リースさんは〈拳闘士ファイター〉だったのだろうか。

今日は丸メガネを外して、軽装に小手こて脛当すねあてを装備していた。


「それにしても、遅いですねえ。立会人が遅刻なんて、前代未聞ですよ」


リースさんは、腕組みをして街のほうに目をやった。


ギルドの加入試験(戦闘職向け)の内容は、シンプルといえばシンプルだった。

西の洞窟を最深部まで探検し、あらかじめ用意されている宝珠オーブを回収して、地上まで戻ってくること。

ただし、洞窟の中には複数の罠が仕掛けられ、モンスターが配置されている。


──わたしが初心者の子供たちを案内していた、最初のダンジョンみたいな感じだよね……たぶん。


けれども、わたしは初心者向けの最初のダンジョンにさえ、入ったことがない。

ガイド・フェアリーが案内するのは入り口までで、あとは冒険者だけの世界になるからだ。


──転生前にプレイしてたときも、クリアするのにどれだけ苦労したか……。


本物の「ゲーム初心者」だったわたしにとって、最初のダンジョンは、他のプレイヤーから「しょうもない素人」扱いされた苦難の場所だった。だからこそ、ダンジョンでのレベル上げをあきらめて、ガイド・フェアリーに守られながら、弱いモンスターばかりと戦っていたのだ。


──洞窟とか、トラウマしかないし……せめて、もっとがあったらなあ……


そう。

わたしには、、マトモなスキルがないのだ。


レオニダス商館の再建を、チートなんじゃないかというくらい早くクリアしたわたしは、結局250万ゴールドを手に入れた。基本報酬200万ゴールド+追加報酬50万ゴールド。

本当は、家の中にあった家具や調度品もすべて〈修復〉したので、追加報酬はもっともらってもよかった。でも、家具の点数を数えるだけで何日もかかりそうだったので、手っ取り早く50万で手を打ったのだ。


マーケット・ボードで、1個100万ゴールドのオバケトネリコの根を2個購入。

公営住宅に飛んで帰って、〈調合〉のスキルで〈抗魔薬〉を10本作った。


そして、ついに、ついに──!


旧宮廷薬草園の隠しフロア、地下13階層。

念願のボーナスステージ──魔獣化した書物がズラリと並ぶ蔵書庫に、わたしは足を踏み入れた。


〈リリム、ドレニスル?〉


レイシーのポポが、キョロキョロしながら聞いた。

どれにするか──たしかに、選べるものなら、よく選びたい。

この部屋のことを教えてくれた、エンシェント・レイシーのおばあさんは、たしか、こう言っていた。


「グリモワは、もともと知識を溜め込むもんだからね──」


だから、獲得スキルを稼ぐには、グリモワは都合がいいというのだ。

そうなのだとすれば、溜め込まれた知識──つまり、魔獣化した本にと、倒したときに獲得できるスキルには、ひょっとしたら何か関係があるのかもしれない。


──なんでもいいから、戦闘で使えるスキルが書かれていそうなものは……?


けれども、この古代の高級そうな皮表紙の書物は、表紙や背表紙にタイトルが印字されていたりはしない。転生前の本屋さんで売っていた本みたいに、帯に宣伝文句でも書いておいてくれればいいのに……。

内容を知るには、本をひもといてみるしかないけれど……表紙を開けば、グリモワが目をましてしまう。


「知識を守る仕掛けとしては、完璧だよね……」


わたしは試しに、〈審美眼〉を発動させてみる。


+++++++++++++++++++++

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

……

+++++++++++++++++++++


名前も、レベルも、ステータスも、見渡す限り、全部同じ。

やっぱり、このガチャ的な状況からは、抜け出せそうもない。


「うーん、仕方ないから、わたしが5冊、ポポが5冊選ぶことにしよ」

〈オオ、ソレハ、オモシロイゾ〉


そして──


「キュルルルルル……」


9冊目のグリモワを〈抗魔薬〉一発で倒したとき、わたしはたしかに、いくつかのスキルを手に入れていた。


+++++++++++++++++++++

リリム Lv.94 HP24500/24500

獲得スキル: 〈遠隔操作〉、〈反射〉、〈透過〉、〈速記〉、〈複写〉、〈迅速〉、〈勤勉〉

+++++++++++++++++++++


「……なんなのこれ……いったい、わたしが何したって言うのよ……」

〈リリム、オチツケ〉


怒りに震えるわたしのすそを、ポポが引っ張った。


〈サイゴノ、イッサツ、リリムノ、バン〉

「……うん……やるだけ、やろうか……」


わたしは、もう一度だけ、〈審美眼〉で蔵書庫を見渡した。


+++++++++++++++++++++

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンシェント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

……

+++++++++++++++++++++


──あれ?


目をこらしてみる。


+++++++++++++++++++++

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800

……

+++++++++++++++++++++


「なんか……ちがうのあった」

〈ムム?〉


わたしは、書架にかかったハシゴを引っ張って、問題の本がある場所までのぼってみた。

エンシェント・グリモワは、他の魔獣化した書物と、外見上、なんのちがいもない。

HPも一緒……でも、名前だけちがう。


「これ……〈抗魔薬〉効くのかな?」

〈サア〉

「さあって……頼りないなあ」

〈ムム。シラナイコト、シラナイゾ。リリム、ヤッテミレバ、イイ〉


──たしかに、それしかない、か。


わたしは、エンシェント・グリモワをそっと手に取った。

急いでハシゴを降りて、床にグリモワを置く。


ブルッ、ブルブルッ


他のグリモワと同じように、書物が開くと、皮表紙のへりから牙が突き出してきた。

ちょっとちがうのは──開いたページの奥に、目玉がギョロリとのぞいていること。


「──っ」


わたしは、グリモワが動き出す前に、急いで〈抗魔薬〉を振りかける。


「ギャギャギャ……」


これまでの本より、濁ったうめき声をあげて、エンシェント・グリモワは動きを止めた。

よかった……どうか、いいスキルが来ますように……。


エンシェント・グリモワ Lv.91 HP0/20800


「あれ……スキル──は?」


まさか、何もなし? そう思いかけたとき、時間差で、獲得スキルが視界に浮かんできた。


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リリム

獲得スキル: 〈自動戦闘オート・アタック〉、〈おすすめ〉

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──はい?


わたしは、あわててスキルの内容を確認してみる。


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〈自動戦闘〉=戦闘中に自動的に行動し、獲得済みのスキルのうち適切なものを利用して、もっとも効果的な攻撃を実行する。ただし、回復系のスキルは実行されない。

〈おすすめ〉=運営からのおすすめ情報が表示されるよ!

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「くっ──」


握った拳が、プルプルと震えた。


──わたしの200万ゴールドをかえせーっ!


……それから、数日。


「はあ……」


わたしは、再び洞窟の前で溜め息を吐いた。

なんなのよ、〈おすすめ〉って……。

 

「おいおい、ひょっとして、開始前からビビっちゃってんのか?」


耳慣れない声がした。顔をあげると、金ピカの甲冑かっちゅうを身につけた戦士が立っている。

リースさんが、困ったような顔をして言った。


「ようやく到着しました……彼が、今日の立会人。外区警備隊副隊長のキャンベルです」

「まっ、ひとつ、よろしくな」


キャンベルはぞんざいに言うと、やれやれ、とかぶとを脱いだ。

オレンジ色のモヒカン頭──この人、どこかで……。


「──っ!」


この男。

カイトと組んで、わたしに経験値稼ぎをさせていた、チート冒険者のひとり……!

わたしを売り飛ばしたお金でギルドに入り、警備隊の副隊長にまでなったというの──?

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