第24話 ワリの悪い仕事

「仕事しごとしごと……」


ギルドの掲示板前。

わたしは、血眼になって依頼書を片っぱしからチェックしていた。


加入試験は1週間後。

とっさに口をついて出た〈司書ライブラリアン〉という職業ジョブ名のせいで、戦闘職としての試験になってしまった。


──司書なんて、どう考えても非戦闘職だよね!?


心の中で叫んでみても、事態は変わらない。

ともにかくにも、わたしには戦闘系のスキルがないのだ。

こうなったら、1個だけでもいい。

頼みの綱であるボーナスステージ、〈幻術師の庭〉の隠しフロアで必要な〈抗魔薬〉の素材を手に入れて、何か役に立つスキルを手に入れなければ。


「オバケトネリコの根は、1個100万ゴールド……100万、100万……」


ブツブツと唱えながら、依頼書に書かれた金額をチェックしていく。


5000、1万、25万、400、50万……200万。


「200万?」


それは、「アライアンス・クエスト」というスタンプが押された依頼書だった。


==================

大規模修繕依頼

レオニダス商館の再建


場所: マシャンテ外区3番地15号

内容: 王朝時代の大規模商館の再建。建物本体と装飾品の修理。一部、家具・調度品の残骸あり。調度品等の修復可能であった場合、1点につき1万ゴールドを追加報酬として支給。

基本報酬: 200万ゴールド

追加報酬: 1万ゴールド(修復した家具・調度品1点につき)


アライアンス・クエスト

この依頼には、複数のパーティーまたは個人の参加が可能です。基本報酬は参加者の人数で等分されます。

==================


「……うーん、4人で分けたら50万……もう参加してる人、結構いるんだろうなあ……」


わたしが依頼書とにらめっこをしていると、ハンマーをベルトに下げた、熟練の職人らしいおじさんが声をかけてきた。


「レオニダス商館か。その依頼書、まだあったんだな。あそこの持ち主も、あきらめの悪いやつだぜ」

「あきらめ?」

「ああ。その条件じゃ、あそこの再建は誰も引き受けんだろうが……まあ、それ以上は金が出せないんだろうな」

「どうして……4人パーティーでやっても、ひとり50万にはなりますよね?」


職人は、もしゃもしゃの顎髭あごひげをひねりながら言った。


「ああ……だが、あそこはからな」

「出る?」

「大したことないゴーストらしいが……とにかく、職人だけのパーティーだと対処しにくい。だが戦闘職の連中を連れていくとなると、どうしても参加人数が増えちまう。仮に、2パーティー8人でいったら、ひとりあたま……25万か。でかい建物の再建ってのは、どうしても時間がかかるからな。戦闘職にとっちゃ、何日も拘束されて、たかだか25万ぽっちってわけだ。せめて報酬が、この2倍はないとがない」


──なるほど。


わたしは、依頼書を掲示板から破り取った。


「お、おい、あんた……」


職人のおじさんの声を背に、わたしはギルドの受付に向かった──。


1時間後。

マシャンテ外区3番地15号──レオニダス商館。

ツタにおおわれた古代の建物は、周辺の建物よりふた回りは大きい。

区画全体の3分の1ほどを占める敷地に、4階……いや、5階建ての威容いようをほこり、屋根の中央には教会のような尖塔せんとうあとがあった。かつては、かねでも吊るされていたのだろうか。


「まったく……名門ギルドだというから依頼を出しているのに、もっとまともな冒険者はおらんのか……」


鉄の門にかけた鎖のじょうをはずしながら、痩せぎすの老人がブツクサと言った。

この建物の持ち主である、ポーション問屋の主人だ。


「あのー……聞こえてるんですけど」

「失礼、あんたにはないんじゃが──ここを購入したとき、すでにかなりの金額を使っていてな。報酬をはずめば、冒険者が集まるとわかってはおっても、これ以上、建物に金をむわけにもいかんのじゃ。本業の商売が傾いては、元も子もないからのう」

「はあ……」

「正面の玄関は扉が外れておるから、あとは好きにしてもらって結構。いまいましいゴーストが湧いてくるのは、地下の倉庫跡じゃ。まあ……正直あんたが途中でをあげても、わしは責めはせんよ。あきらめて帰るときは、また店に寄ってくれ」


老人はそう言い置くと、そそくさと背を向けて歩き出した。

わたしは、敷地に足を踏み入れることなく、鉄の門の格子を両手で握った。


「……〈修復〉」


なんの反応もない。


──んー……。


〈幻術師の庭〉で、隠しフロアの入り口だった井戸を復元したスキル〈修復〉。その説明は、こうだった。


+++++++++++++++++++++

〈修復〉=損壊、故障した道具、構造物、その他のアイテムを、本来の機能をはたす状態に修復する。ただし、〈修復不可〉が付与されたものは修復できない。

+++++++++++++++++++++


ここには、修復できる構造物のについては、。なら、建物全体を修復することだって、できるんじゃないか。そう思って、この依頼を受けてみたのだけれど──やっぱ、そうは問屋がおろさない、ってことだよね……?


わたしが、門から手を離しかけた、そのとき──


ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ


金属がきしむ、鳥肌の立つような音がした。


──来た……?


わたしは、格子を握り直して、再び唱える。


「〈修復〉!」


ドゥウンッ


地響きがして、振動した建物から、パラパラと石のかけらが落ちてくる。


ドゥウンッ……ドゥウンッ……ドゥウンッ


〈修復〉のスキルが対象を復元していく音──

〈幻術師の庭〉で、大理石の東屋あずまやを修復したときには、軽快な心臓の拍動のように聞こえた、その音が、今度は街並みを揺らすほどの轟音になっていた。


「なっ……何をしとるんじゃっ!」


通りの向こうから、持ち主の老人が叫んでいる。

何事かと、周囲の建物から住人たちが飛び出してきた。


ドゥウンッ……ドゥンッ……ドゥンッ……ドンッ……ドンッ……


衝撃音が走るたびに、建物は少しずつ、時を巻き戻すように修復されていく。

びて膨らみ、ところどころ折れ曲がっていた鉄柵が、ウエーブするようにうねって、直立した。

剥がれて土が見えていたエントランスの石畳が整列し、縁石が盛り上がって、元の形状を取り戻す。

1階から順番に、抜けていた窓に格子がはまり、ガラスが入っていく。

屋根から垂れ下がって、建物をおおっていたツタが、しぼむように後退し、屋根に吹かれた銅板が青緑の輝きを見せた。


「もう……ちょっと……」


スキルの発動はHPに関係ないはずなのに、ものすごい疲労感が襲ってくる。

わたしは、鉄格子を握りしめて、力を込めた。


ガラガラガラと音がして、倒壊していた尖塔の石組が復元された。

その塔の頂上に、何か──想像よりも細かい機械のような細工がカシャカシャと組み上がって、最後に両開きの扉がパタンと閉じた。


「──おわった……」


ガックリと力が抜けたわたしは、門の鉄格子に頭のてっぺんを押しつける。

そのとき──


♪キン、コン、キンキン、コン


金属的な音が奏でる、聞いたことのないフレーズが流れはじめた。

塔の先頭にある両開きの扉が開くと、黄銅色に輝く小人の人形が3体、せり出してくる。

小人たちがパタパタと手を動かすと、手に握られたハンマーが小さな鐘を叩いて、音楽を奏でるのだった。


機械人形オートマタッ……こ、こんなものがついておったとはっ」


駆け寄ってきた老人が、興奮した声で叫ぶと、わたしの手を握った。


「ありがとうっ、ありがとうっ、まるで奇跡じゃ!」

「いえ……もうひとつ、やっておかないと……」

「もうひとつ?」


わたしは、修復された扉を開いて、建物に足を踏み入れる。

吹き抜けの玄関ホール。

2階へ続く大階段。

掲げられた肖像画は、たぶん王朝時代の、この建物の持ち主を描いたものなのだろう。


「かっ、家具まで……すべて、復元したというのかっ」


華やかな調度品に目をうばわれている老人や、周辺の住民をおいて、わたしは廊下の奥へ歩いていく。

噴水のある中庭に面した回廊。見渡すと、その一角に、地下に降りる階段が見えた。


──こっちもうまくいきますように……。


地下に降りると、空気がひんやりしている。

〈暗視〉のスキルで目をこらしながら、壁沿いに慎重に進んでいく。

〈遠隔知〉で感知した限り、いま倉庫にいるゴーストは3体。レベルは45だから、たしかにそれほど強くはない。

ただ──戦闘系のスキルがないわたしとしては、正面から戦うのは避けたい。


ゴーストたちの様子を観察してみる。

〈遠隔知〉に映るゴーストのステータスは、床面から現れたり、消えたりしていた。そして、床より下では、ゴーストの存在は


──これって、あそこに何か、冥界めいかいへの入り口、みたいなものがあるってことだよね?


抜き足差し足、倉庫の扉の前まで進む。

ゴーストたちの動きを、〈遠隔知〉で追いながら──あ、また1匹出てきた……ん、戻った……もう1匹消えた……あと1匹……早く消えてよ……よしっ!


「〈浄化〉っ!」


+++++++++++++++++++++

〈浄化〉=半径100m以内の不浄な場所や存在を浄化し、生命のバランスを取り戻す。ただし、〈浄化不可〉が付与されたものは浄化できない。

+++++++++++++++++++++


ブシュウ


炎に水でもかけたような音が、倉庫の中から聞こえた。

おそるおそる扉を開けて、〈光源〉のスキルで照らしてみる。

床の上では、冥界かどこかの異世界から伸びて来ていたらしい、紫色の植物のツルが急速に黒く変色していた。

そして、みるみるうちに炭化しきった植物は、砂のように崩れて、形を失った。


「うおおおおおおおおおおおおおっ」


わたしは、思わず、雄叫びをあげた。

戦闘系つかえるスキルゼロからの、200万ゴールド、ゲット……なんて長い道のりだったことか。


「よーし、待ってろ、わたしのッ」


ついに、〈抗魔薬〉を使ってボーナスステージに挑戦できる。その興奮が、全身を駆け抜けた──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る