第23話 職業選択の自由?

ぼくらは、を取り戻そうとしているんですよ──


深夜。

眠れないわたしは、静かにベッドを抜け出して、窓を開けた。

満点の星空──家々のあかりは消えて、市場都市マシャンテの街は眠りについている。


森林地帯で聞いた言葉が、繰り返し、頭の中に浮かんでは消える。


当たり前……。

学校の建設現場を指揮していた、あの赤髪の〈建築士アーキテクト〉にとって、当たり前とはなんなんだったんだろう。


近隣で一番の大都市であるマシャンテでさえ、この世界では、夜は暗く、晴れた空には星がまたたいている。

転生前、わたしが暮らしていたマンションの窓からは、街明かりに照らされた灰色の夜空しか見えなかった。

星は、いつもかすんでいた。


いまや、この街の行政府を名乗っている、ギルド〈大鷲おおわし鉤爪かぎづめ〉。

わたしを売り飛ばした、チート冒険者カイトが所属するギルド──。

彼らがやっていることは、この世界のを破壊することばかりだ。


住民票の発給。紙幣の発行。診療所の設置。住民の定期健診の実施。この公営住宅の運営。そして、今度は学校建設──。

旧市街の復興や、転移ポータルの設置といった、派手な事業だけじゃない。

ギルドは、このファンタジー世界の成り立ちを、少しずつ変えようとしている。そして──それは、わたしが知っている、の形を目指しているように思えてならない。


ギルドには、ここではない、あの世界のことを知っている人がいるのだろうか。

もし……もしも、そうなのだとしたら──


わたしは、ひとりで戦う必要は、ないのだろうか。


翌朝、わたしはマシャンテ外区行政府──ギルド本部の建物の前を、行ったり来たりしていた。

あの正面の扉を通れば、案内係がいつものように、「今日はどんな御用でしょう」と聞いてくれる。そのとき──なんと言えばいいのだろう?


こんにちは。わたしは、異世界からの転生者です。

このギルドにも、そういう人がいませんか──?


そんな馬鹿げたことを言って、まともに取り合ってもらえるだろうか。


もし、すべては勘違いで、ギルドの活動が転生前の世界に似ているのも、神さまか誰かのいたずらだったら?

それに、わたしが知らないだけで、この世界では転生者がきらわれる存在だったりしたら?

せっかく、この街になじんで、安定しはじめたわたしの生活は、どうなるのだろう──?


「やあ、リリムさん」

「──っ!」


考え込んでいたわたしは、突然、話しかけられて飛び上がらんばかりに驚いた。

長髪を背後に束ねた、細身の美男子。

診療所のモイヤーズ医師が立っていた。


「……驚かせたかな」

「い、いえ、すみません……」

「ギルドに用かね? わたしも、このあと本部で会議なんだ。よければ一緒に──」

「あ、あの……モイヤーズ先生は、ギルドのメンバーなんですよね?」

「ああ、そうだが」


モイヤーズは、器用に片方の眉だけを吊り上げた。


「それが、どうかしたのかね」

「えーっと……わたしも、ギルドのことを、もっと知りたいなと思って」

「知りたい?」

「あの、いつもお世話になっているので……そう、ひょっとして、わたしにも、何かできることがないかなーって」

「できること?」


なるほど──と、モイヤーズは長い指であごをさすった。


「それは──つまるところ、ギルドに加入したい、と?」

「え……」


ギルドに、加入。

そんなこと、考えもしなかった。

「できること」なんて、とっさに口から出ただけの、言葉のだ。でも、たしかにギルドのメンバーとして活動できれば、わたし以外にも転生者がいるのか、知ることができるかもしれない。

だけど──


「……そう、できたらいいんですけど……無理、ですよね」

「ほう、それはなぜ?」

「わたし、100万ゴールドなんて持ってないし、固定パーティーを組んでいるわけでもないし……」


わたしは、思わず自嘲じちょう気味に言った。


レベル80以上で、フルパーティーを組んでいること。一人当たり100万ゴールドの預託金を払えること。

わたしがカイトの経験値稼ぎの道具にされたのも、おぞましい商人に売り飛ばされのも、この〈大鷲の鉤爪〉の加入条件をクリアするためだったではないか。使うだけ使われて、捨てられて──


「いや、その加入条件は、ギルドが王都から市場都市に移ったあと、されたんだ」

「かんわ……?」

「旧王朝時代の街を復興する大事業は、エリート主義の戦闘職ばかりでは実行できない。幅広い職業ジョブの人間が必要だからね。わたしも〈魔術師ソーサラー〉から〈医師ドクター〉に転職ジョブ・チェンジしたが──いまでは、加入のための試験をクリアすれば、ソロでも加入できる。もちろん、預託金もなしだ」

「そんな──」


──それじゃあ、わたしがカイトと出会うのが、もう少しだけ遅ければ、こんなふうに売られたりせずに……?


「……何か、問題が?」

「いえ……あの、その試験って、どうやったら受けられますか──?」


ギルド本部、2階事務局。

はじめて訪れた、そのフロアには、転生前の会社のようにズラリと事務机が並べられて、人々が書類の山と格闘していた。わたしは、応接セットの置かれた一角に通された。


「いやあ、ありがとうございます。本当に、このところギルドは人手不足で」


応対してくれたのは、わたしに住民票を発行してくれた、丸メガネの生真面目そうな青年、リースだった。


「あの……この、事務作業してる人たちも、みんな……?」

「ええ、ギルドのメンバーです。意外ですか」

「はあ……ギルドの人って、もっと、こう──」

「モンスターを倒したり、すごい製作スキルを使ったり、と思いますよねぇ」


リースは、困ったような顔をして微笑んだ。


「僕も、最初はそういうのにあこがれていたんですけどね。でも、世の中を変えるには、こういう仕事も必要なんですよ」

「世の中を……」

「さて、リリムさんはギルド加入をご希望ということで、試験の前にいくつかおうかがいさせてください。このヒアリングをもとに、職業適性を勘案した試験を受けていただきますので」

「はっ、はい──」

「緊張しないで、思ったことを答えてくださいね──では、まず志望動機からお願いします」


──えっと……


「あの……貴ギルドの活動を拝見しまして、これまでの既成概念にとらわれない、新しいチャレンジに取り組まれている点に、強く心を動かされ、ぜひ、貴ギルドの一員として働かせていただきたいと考えました──」


──ひえーん、なに就活生みたいなこと言ってるんだ、わたし……


「ぷっ、ふふっ、あなた、面白い人ですね。では次に、現在のご職業をおうかがいできますか」

「……えっ?」

職業ジョブです。リリムさん、レベル92なんですよね? 何か、職業ジョブを選んでいらっしゃるのでは?」


──初心者ガイドです……って、それは言えないよね……


困った。なんて言えばいいだろう。

この世界に、どんな職業が存在するか、実はほとんどわかっていない。

もしここが、あのゲームと同じ世界だったとしても、わたしは職業選択を経験したことがない。

なにしろ、初心者マークがはずれて、職業を選べるようになる、レベル15になる前に、転生してしまったのだから──。


何か、わたしにできること。

今あるスキルで、できること──?


+++++++++++++++++++++

リリム Lv.92 HP20500/20500

獲得スキル: 〈蘇生〉、〈審美眼〉、〈自覚〉、〈潜水〉、〈飛翔〉、〈火球〉、〈回復〉、〈斬撃〉、〈打撃〉、〈育成〉、〈建てる〉、〈掘る〉、〈テイミング〉、〈治癒〉、〈暗視〉、〈暗黙知〉、〈浄化〉、〈遠隔知〉、〈光源〉、〈範囲回復〉、〈解毒〉、〈麻痺〉、〈鼓舞〉、〈有用判定〉、〈口寄せ〉、〈念話〉、〈意思疎通〉、〈修復〉、〈噛みつき〉、〈高速飛翔〉、〈維持〉、〈記憶術〉、〈方向判定〉、〈速読〉、〈形式知〉、〈調合〉、〈縫製〉、〈調理〉、〈物理防壁〉、〈無痛〉、〈再生〉、〈腐食〉、〈悪食〉、〈透視〉……

+++++++++++++++++++++


「あの──です」

「はい?」

「〈司書ライブラリアン〉です」


リースさんが、目を丸くする。


──あー、もう「読む」系以外なんっにも思いつかなかった……何言ってんだわたし……


「〈司書ライブラリアン〉か……すごいな。初めて会った」

「え……」

「王都の王立図書館には、何人かいるそうですけど、フリーの冒険者にもいらっしゃるんですねぇ」


リースさんは、感心したように書類に何か書き込んでいる。

あるんだ、〈司書ライブラリアン〉……。


「そうかあ、でもじゃあ、ですね。リリムさん、妊婦さんだしなあ。いつもの戦闘職のための試験でいいんだろうか。ちょっと、モイヤーズ先生にも相談してみますね」

「あ、あの……戦闘職?」

「ええ、だって〈司書ライブラリアン〉ですよね?」

「は、はい……」

「〈司書ライブラリアン〉って、使じゃないですか。僕、見たことないので、ちょっと楽しみです」


──こっ、古代魔法って、なに……?


にこやかに笑うリースさんを前に、わたしは自分の全身が冷や汗でぐっしょりになるのを感じていた──

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