第20話 第二の犠牲者
「……次」
片目に眼帯を当てた用心棒が、ボソリと言う。
男は重たそうなのれんを片手で持ち上げて、中に入れとうながす。
わたしは、スッと息を吐いて、テントの中に足を踏み入れた──
マシャンテ中央街地下6階層。
どこまでも続く、神殿のような暗黒の大空間。
ここは、マシャンテの街をかすめるように流れる大河ダリアの水を引き込んだ、地下水道だ。
その一画、小舟でしかたどりつけない場所に、目的の水上マーケットはあった。
丸太で組まれたイカダをつないで作られた土台の上に、大小さまざまなテントが並ぶ。
暗がりを照らし出す無数のランプは、赤、オレンジ、ピンク──さまざまな色の輝きを放って、
「……」
わたしは、無言で〈
闇市の鑑定士は、
「ほほォ……なかなか
鑑定士の瞳が、一瞬、水晶のようにきらめく。〈真価〉──たぶん、〈鑑定〉の上位スキル。
「……銀霊石の剣ミスラ。
〈──1点、500万〉
鑑定士は、ハアッ、とピエロのように真っ赤な口を広げて笑った。
「〈念話〉ッ! イイッ! おもしろィお客さんですネェッ……イイでしょォ、1点500万ゴールドからッ」
白い手袋をした鑑定士は、サラサラと札に何かを書き込むと、手際良く遺物に紐でゆわえつけた。
わたしは、無言のままテントを出ようとした。
その背に、鑑定士が声をかけてくる。
「オークション開始まデ、お気をつけテ……かわいィ声は隠せてモ、
──大丈夫、大丈夫……。
思わずゾッとしてしまったわたしは、自分に言い聞かせる。
こういう場所では、ビビッたらダメだ。
今夜のわたしは、魔導士のように、つばの広い三角帽子で顔を隠していた。
その上、性別を感じさせないようにシャツを重ね着して、ボッテリしたウィザード・ローブを身につけている。
声を変えるスキルはないけど、会話はすべて〈念話〉でこなす──だから、大丈夫。
他人には、背の低い奇妙な魔導士に見える……はず。
ひときわ大きなオークション会場のテントは、闇市のほぼ中心にあった。
サーカス小屋のようにグルリと観客席が設置され、顔を隠した怪しげな人々が、熱狂的な声をあげている。
「600万ッ」
「650万だッ」
「700万──」
とんでもない金額を、口々に叫ぶ。
わたしの羽を買おうと競い合っていた貴族たちの、何倍も
観客席の隅に、わたしはひっそりと腰をおろした。
「よろしいですかっ、では235番の方、1000万で落札っ──!」
──この人たちは、落札することより、この興奮を求めてるのかな……。
目の前の光景が、どこか遠くのもののように感じる。
わたしは、居心地の悪さをごまかすように、テントの中を見渡した。
立ち上がって熱狂する人々の中にも、ところどころに、じっと動かない者がいた。
手下らしい男たちに、何かささやく
両手をステッキの上に置いた、青白い男。
ボロボロのフードを
──ヴィドー……?
わたしは、目を見開いた。
観客席の反対側。中央の舞台をにらみつけるように目を細めている、頬に傷のある男。
わたしの背をやさしく切り裂き、羽を刈りとった、無骨な狩人が、そこにいた。
──どうして……
わたしが〈念話〉を送ろうとした、そのとき、
「──次の品物は、驚くべき
オオオオオォォォォと会場がどよめく。
ガラガラと男たちに引き出されてくる、車輪のついた
その中には、オレンジ色の大きな羽で身を隠すようにしゃがみこんだ、ガイド・フェアリーがいた。
──な……なに……なんで……?
「いかがですかっ、この
顔を見せろっ、と誰かが声をあげる。進行役が手を振ると、助手が檻の天井の鉄輪に通った鎖をジャラジャラと引きあげた。
鎖は、檻の中のフェアリーの首輪につながっている。両手で首輪をつかんで、苦しげに羽をばたつかせる乙女の姿を見て、会場の熱狂はさらに高まった。
「どうですっ、すばらしい商品っ! ただし、それだけお値段もはります。出品者のご希望で、最低落札価格は、なんと本日最高の5000万からっ!」
会場がどよめいた。熱狂というより、あまりの高値に困惑した反応だった。
ブーイングの声が、ほうぼうからあがる。
「5000万、5000万、はいっ5000万ゴールドッ! どなたも、お手はあがりませんかっ──」
進行役が叫んでも、なかなか反応する者はいない。
すると、進行役は小さく溜め息を吐いて、再び声を張り上げた。
「出品者は本日、どうしてもこちらの商品を
──バラ……?
その言葉に戸惑ったように、会場が寸時、静まり返った。
「い……いやっ、そんなのいやぁっ──!」
檻の鉄格子をつかんで、オレンジの羽のガイド・フェアリーが絶叫する。
その悲痛な叫びが、火薬に飛び散った火花のように、会場の狂乱を燃え上がらせた。
「羽に2200っ」
「2500っ」
「わしは身体に2500出すっ」
わたしは、全身の震えを押し殺しながら、必死に考えた。
どうにかしなくちゃ、どうにか──。
──ヴィドー……
ハッと顔を上げて、狩人の姿を探す。いない──ヴィドーの大きな影は、どこにも見えない。
〈遠隔知〉で姿を探しても、会場の人波の中で名前を見つけることができなかった。
そうしている間にも、3400、3600と金額は積み上がっていく。
檻の中のフェアリーは、人々の狂気じみた声を聞くまいと、身を縮めて必死に耳をふさいでいる──。
何か、わたしにできること──場内を見回したわたしは、髭面の山賊のような男の部下に、目を止めた。
そっか……いちかばちか……!
わたしは、男めがけてスキルを発動した。
+++++++++++++++++++++
〈口寄せ〉=他者の口をかりて、発話することができる。ただし、自分よりレベルが低いものの口しか使えない。
+++++++++++++++++++++
「〈けっ、警察だあっ!〉」
男の口をかりて、あらんかぎりの大声を出す。
あまりの大声に、オークション会場がしんとなり、客たちの注目が一斉に男に集まった──と、そのとき、わたしの斜め前に座っていた客が、隣の客に耳打ちした。
「おい……
──ああああっ、もうっ!
「〈ギ、ギルドの
わたしは、男の口をかりて、あらためて叫ぶ。
今度は通じた。オークション会場は、一瞬にして大混乱におちいった。
テントの出入り口に客たちが殺到して、我先に逃げようとする。押しつぶされた人々から、ゾッとするような悲鳴が聞こえる。
中央の舞台に駆け降りると、逃げる助手やボディーガードたちに悪態をつきながら走り去る進行役とすれちがった。
もう誰も、
わたしは〈腐食〉のスキルで鉄の檻を崩すと、丸くなって震えているガイド・フェアリーの肩に触れた。
フェアリーは小さく悲鳴をあげた。
「ひっ──」
「……大丈夫、わたしは味方──とにかく、ここから逃げよう」
首輪についた鎖を〈腐食〉させて、ガイド・フェアリーを助け起こす。
そのとき、耳に染みついた、あの粘っこい声が響いてきた。
「おやぁ? おやおやおやぁっ? そこにいるのは、わたしの
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