第19話 オカネがないっ
「はいっ、リリムさん。今回も大量納品のクエストクリア、ありがとうございましたぁ。こちらが、今回の報酬になりますっ」
ギルドの納品受付。
わたしは、せっせと〈縫製〉のスキルで作ったコットン・ハット50個を納品した。
金策が必要になってから、初めての大量納品。
だが、
「あの……すみません、わたし、ゴールドが必要で──」
「あ、リリムさん、初めてですか? これ、お金なんですぅ。ギルド紙幣って言って」
「ギルド紙幣?」
そんな通貨、この世界で流通してたっけ?
「はい! 市街のお店なら、どこでも使えるように、行政府からお願いしていますっ。あ、いつものゴールドがよければ、あっちの窓口で交換できますから、安心してくださいねっ」
冒険者ギルド、〈
その極めつけが、
見たこともない転移陣を刻んだ、巨大な石のレリーフと虹色に光る水晶玉。
砂漠地帯の地下に眠る迷宮で発掘してきたという、その不思議な魔道具は、ポータルが設置された場所の間なら、誰でも自由に転移ができるという、とんでもない機能を持っていた。
しかも、行政府は「ポータル・ガイド」という仕事を作って、担当者をポータルのそばに常駐させている。
本来、転移ポータルを利用するには、一度は自分の足で、転移先の場所を訪れたことがなければならないのだそうだ。
ただ、転移可能な者とパーティーを組んでさえいれば、転移先のエリアを訪れたことがないメンバーも一緒に転移することができる。
ポータル・ガイドは、一時的に移動者とパーティーを組んで、最大3名(1パーティーは上限4名だから)のポータル間での移動を可能にしていた──なんだか、すごくチートのにおいがする。
これまでに発掘された転移ポータルは、2基。
ギルドはそれを、森林地帯の村リエスと市場都市マシャンテに設置していた。
まるで、初心者を守るガイド・フェアリーの〈
何かが動き出している。
そんな雰囲気を感じるたびに、わたしは気持ちばかりが焦って、いらだっていた。
旧宮廷薬草園の隠しフロアには、あれから毎晩のように通っている。
公営住宅のわたしの部屋で、一緒に暮らしているレイシーのポポが、安全な道を教えてくれた。
「ポポ」は、転生前、子供の頃にうちで飼っていたインコの名前なのだけれど、本人が気に入ってくれたので、そう呼んでいる。
けれども──わたしの計画は、一向に前進していなかった。
秘密のボーナスステージである、蔵書庫。そこに眠る大量のエンチャント・グリモワで、経験値とスキルを荒稼ぎ──。
そんな甘い期待を抱いていたものの、肝心の一撃必殺アイテムである〈抗魔薬〉がない。
エンシェント・レイシーのおばあさんが、どこかにストックしていなかったか、あちらこちら探し回ったが、王朝時代の壊れた装備品の山を発見しただけで、成果はなかった。
わたしは、蔵書庫の片隅に積み上げられた、魔獣化を解かれた書物を手に取った。
ここは旧時代の知識の宝庫。〈抗魔薬〉の
〈速読〉と〈記憶術〉、それに〈形式知〉を〈維持〉して読書をすると、驚くほど本の内容がスラスラと頭に入ってくる──転生前にこれがあったら、学校の試験で苦労することなんか、絶対なかったのに。
+++++++++++++++++++++
〈形式知〉=言語化された知識を与えられたとき、その内容を理解することができる。また、その知識からスキルを獲得することがある。
+++++++++++++++++++++
──本から、スキルを?
そんなバカなと思っていたけれど、実際、『高次元エーテル光学論序説』を読み終えたとき、わたしは〈透視〉というスキルを獲得した。
そして──数日後。
公営住宅の窓から射す陽光を浴びて、植木鉢でウトウトしているポポに、わたしは叫んだ。
「ポポ、あったよっ!」
〈──フゴッ……ナ、ナニゴトッ〉
蔵書庫から持ち出した、『実験有機魔素化学』の中に〈抗魔薬〉の合成手順が書かれていたのだ。
「素材は……燐光花、ランド・スネークの毒に……オバケトネリコの根? なんだろうこれ……」
見慣れない素材がひとつ。たぶん、何かの薬草だ。
わたしは、診療所のモイヤーズ医師にたずねてみた。
「ふむ……オバケトネリコか。たしか、〈呪詛耐性〉を付与する薬の材料だったと思うが──このあたりでは自生しないんじゃないかな。どうして、そんなものを?」
「いえ、ちょっと、小耳にはさんで……なにかなーって」
モイヤーズは、器用に片方の眉だけを吊り上げて、言った。
「ほう……まあ、興味があるなら、ギルドのマーケット・ボードでも見てみるといい。辺境を旅した冒険者が、売りに出しているかもしれないよ」
マーケット・ボード。
普段は、あまり貴重品の取引に関心がなかったので、考えもしなかった。
マーケット・ボードは、冒険で獲得したレアアイテムを、ギルドに預けて、販売を代行してもらうシステムだ。
売り出し中の品が、掲示板にピンナップで張り出されるので、「ボード」と呼ばれている。
わたしは、ボードの前に集まった職人たちの後ろから、背伸びをしながら、目当ての品物がないか必死に探した。
薬草の出品が集まっているあたり……オオバ……オキナ……オバケ……あった。
オバケトネリコの根。1個100万ゴールド。
──ひゃっ、ひゃくまん……
必要な量は、最低10個。つまり、最低1000万ゴールドを調達しないといけない。
「はあ……」
わたしは、部屋に帰って、ベッドの上で溜め息をついた。
日中、ぶっ通しで〈縫製〉を使っても、ギルドのクエストで手に入ったのは、数千ゴールド。
やっぱり、短期間で1000万ゴールド集めるには、何か特別な金策が必要だ。
〈リリム、ゲンキナイ〉
ポポが心配そうに言った。
「うん……お金がないって、大変だよ」
〈オカネ。ナンダソレ〉
「うーん、人間が道具とか、食べ物と交換する、特別なもの、かな」
〈ムム。オカネ、ドウグト、コウカン。フム。ドウグ、オカネト、コウカン、デキルカ?〉
「できるよ。道具を売ればいいの」
〈ニンゲンノ、ドウグ、チカニ、イッパイアルゾ。チカニ、モウニンゲン、イナイ。リリム、ウッタライイ〉
「──!」
あの、隠しフロアにあった、壊れた装備品の山……!
翌朝──
目の下にクマを作ったわたしは、市場都市マシャンテ中心街の武器屋にいた。
いつか、カイトと訪れた、この街一番の武器屋──その店構えは変わっていないけれど、飾られた商品の数が、こころなしか少なくなった気がする。
「あの……すいません……」
「あい、らっしゃい──お嬢さん、ずいぶん顔色が悪いが、大丈夫かね」
「だっ、大丈夫ですっ。あの、アイテムを買ってほしくて」
「おうよ。困ったときはお互いさまだ。包丁でも果物ナイフでも、なんでも買うぜ」
わたしは〈
「これ……全部で、いくらですか……」
「なっ、なんだ、お嬢さん、冒険者か? てっきり、亭主が隠れて借金でもしてたのかと思ったぜ……どれどれ──」
ひと振りの長剣を手に取った武器屋の親父さんは、ランプのあかりに剣先を向けて、じっくりと眺めた。
「すげぇ……この青みがかった光沢……こりゃおめえ、銀霊石じゃねえかっ! こいつを鍛えられる鍛冶屋は、もういねえって言われてるんだ。お嬢さん、こいつをどこで拾いなすったっ!?」
「それは……言えません。とにかく、いくらで買ってくれますか──?」
「この
「ごっ、500万!?」
──ううーん、わたしのこれまでの労働って、いったい……。
「なんだい、その顔は……。おい、お嬢さん。こんな
「あっ……はっ、はい……」
「しかしまあ、よくも集めたり、だ。こんだけありゃ、当分、遊んでいられる……と言いたいところだが」
武器屋の親父さんは、ほう、と溜め息を吐いた。
「悪いな、お嬢さん。こりゃあ、うちでは扱えねえ」
「え……どうして……」
「うちは、近々、外区のほうに移転するんだ。この中心街は、もうダメだ。これから商売を続けるなら、あっちだからな。だが──このお宝、こりゃどう見ても、王朝時代の遺跡で掘り出してきたもんだろ? 少し前に、行政府がお達しを出したんだ。遺跡の出土品は文化財、発見者はギルドに届け出るべしってな」
「ギルドに……じゃあ、そこでなら」
「あー、ダメダメ。ギルドでは、遺物1個につき、一律、1000ゴールドってことになってる」
「そんなっ!」
「おいおい、俺に噛みつくなよ。とにかくだ。うちは信用第一の、マットウな武器屋だ。いまは行政府に目をつけられるわけにはいかねえ……だが、世の中には
──マットウじゃない……商売人……?
武器屋の親父さんは、サラサラとメモを書いて、バンッとカウンターの上に置いた。
「どうしても、そいつを売りさばきたいなら、明後日の夜、この場所に行ってみな。ただ言っとくが、あんたが自分で行くのは、俺は絶対すすめないね──あすこは、あんたみたいな娘が出入りするところじゃねえ……。そのメモを取るか、取らねえか。それはあんた次第だ。何があっても、俺は責任とれねえからな」
「……ありがとう」
わたしは、引っ張り出した武器を〈
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