第16話 隠しフロア?
「うーん……」
〈暗視〉のスキルを〈維持〉したまま、わたしは暗闇の中を歩いていた。
〈幻術師の庭〉あらため〈市民劇場〉のフィールド、地下2階。
ここまでは、普通の地下室だ。
旧宮廷薬草園の建物を修復している職人たちの仕事は、すでに地下にも及んでいる。
きれいに整えられた地下室で、わたしは壁の石を叩いたり、床のレリーフに触れたりした。
「これもダメ、か」
──はい、バツ。
わたしは、試したパターンを〈記憶術〉のスキルで覚えている。
これが、ここ数日のわたしのルーチン。
毎晩、工事中の建物に忍び込んでは、隠しステージを探すのだ。
とりあえず、住むところを確保し、お腹の赤ちゃんのことを相談できる診療所を見つけたわたしは、ようやく落ち着いて、自分がこれからどうすべきかを考えることができた。
〈
わたしを捨てた冒険者カイトは、その実力でギルド・メンバーの信頼を集めているようだった。予想していた通り、すでにレベル100を達成してレベルキャップに到達。いまは戦闘職のメンバーを引き連れて、難関ダンジョンが連なる北方に討伐に出かけているらしい。
カイトに会って、〈卒業クエスト〉を踏ませる。
そのことは、ずっとわたしの第一目標だった。いくらカイトがわたしの担当初心者だったからといって、あんな非道なチート冒険者に、自分の運命を握られているのは、がまんならない。
でも──今、わたしには別の目標があった。
〈卒業クエスト〉を終えたら、わたしはガイド・フェアリーの国に空間転移で引き戻される。普通なら、そのまま順番を待って、次の初心者をガイドする任務を待つ日々を送ることになる。いつまでも、その繰り返し。そして、その厳格なサイクルには、「子育て」という要素が入る余地はないはずだ。
そもそも、この子は〈継承〉によって、スキルを500個以上受け継いだ、ハーフ・フェアリー。そんな未知の存在を、ガイド・フェアリーの国は受け入れてくれるのだろうか。
あるいはもし、この子が生まれたあとに〈卒業クエスト〉を踏んでしまったら? わたしだけが転移して、赤ん坊だけが残されることにはならないだろうか。ガイド・フェアリーなのはわたし自身で、この子ではないのだから。
そんなことになるくらいなら、カイトには〈卒業クエスト〉を踏んでほしくない。いや、勝手なタイミングで踏まれたら、むしろ困る──。
だから、わたしに本当に必要なのは、クリアさせることじゃない。
〈卒業クエスト〉に関して、カイトをきちんとコントロールすることだ。
そのために、どうするか──正直、名案は出てこない。
ただ、ひとつの仮説はあった。
カイトは、名門ギルドにフルパーティーで加入するために、わたしを売った。レベルを一気に上げるために、何度でも無惨に殺されては、わたしに〈蘇生〉させて、モンスターに立ち向かった。
つまり、カイトの行動原理は「効率」だ。彼が何を求めているのか知らないけど、カイトは強大な力を早く手に入れようと
だったら、わたしがここにいたほうが合理的だと、彼が考えたら?
わたしに力があれば、スキルがあれば──彼は、あえて再びわたしを手放すことはしないかもしれない。
だったら、やるべきことは、2つ。
レベルを、レベルキャップまで上げること。
スキルを、なるべく集めること。
まともな戦闘系スキルを持たないわたしが、この目標を達成できる場所は、たぶん
「……はあ。どうやって入ったんだろ、隠しフロア……」
わたしは、地下室でひとり、つぶやいた。
かつて、エンシェント・レイシーのおばあさんに助けられたときは、〈催眠〉で眠った状態で隠しフロアに連れていってもらった。だから、入り方がわからない。
帰り道で通り抜けた壁は、どこをどう触っても、魔法が発動することがない。そもそも、隠しフロアの出口はだいたい一方通行で、入り口は別の場所にあるものなのだ(ちなみに、これは冒険者を最初のダンジョンに送り出すとき、ガイド・フェアリーが教える情報のひとつだったりする)。
万策尽きたわたしは、何か使えるものがないかと、あらためて自分のスキルを〈自覚〉で確認した。
+++++++++++++++++++++
リリム Lv.91 HP19000/19000
獲得スキル: 〈蘇生〉、〈審美眼〉、〈自覚〉、〈潜水〉、〈飛翔〉、〈火球〉、〈回復〉、〈斬撃〉、〈打撃〉、〈育成〉、〈建てる〉、〈掘る〉、〈テイミング〉、〈治癒〉、〈暗視〉、〈暗黙知〉、〈浄化〉、〈遠隔知〉、〈光源〉、〈範囲回復〉、〈解毒〉、〈麻痺〉、〈鼓舞〉、〈有用判定〉、〈口寄せ〉、〈念話〉、〈意思疎通〉、〈修復〉、〈噛みつき〉、〈高速飛翔〉、〈維持〉、〈記憶術〉、〈方向判定〉、〈速読〉、〈形式知〉、〈調合〉、〈縫製〉、〈調理〉、〈物理防壁〉、〈無痛〉、〈再生〉
+++++++++++++++++++++
……情けないくらい、使えそうなものがない。
+++++++++++++++++++++
〈遠隔知〉=半径1km以内のステータス表示可能な存在を感知し、ステータスを確認することができる。
+++++++++++++++++++++
これは、以前にも試していた。
隠しフロア地下13階層に、まだ眠っているはずの魔獣化した書物、エンチャント・グリモワを見つけられないかと思ったのだけど──感知したのは、街を行き交う冒険者のステータスばかり。
あの地下13階層って、1kmより深いところにあるわけ? それとも、スキルが通用しない隠蔽の魔法でもかかっているのだろうか。
だが、今夜はもう他にできることもない。
わたしは、無駄だと思いながらも、〈遠隔知〉を発動した。
ノイズのように、眠りについている膨大な数の冒険者の名前とHPが見える。〈審美眼〉なら見える称号や保有スキルは、このスキルでは確認できない。そういうのは、ステータスじゃないんだな、とあらためて思う。
HPが低いのは、たいてい子供たち。
そのことは、子供たちのそばに親らしい大人がいることで、なんとなく理解できた。
両親と川の字になって眠る子供。ベビーベッドで眠る赤ん坊と、あやしつかれて眠っている母親──。
ついつい、そういう親子をのぞき見してしまう。ダメダメ、しっかりしろわたし──ん?
+++++++++++++++++++++
レイシー Lv.9 HP420/420
+++++++++++++++++++++
無数のステータスの渦の中で、一瞬、目に入ったステータス。
……レイシーって、エンシェント・レイシーの仲間、だよね?
わたしは、レイシーのステータスが感知できた場所を、もう一度、確認する。
これは……地下?
ちがう、地面の下だけど、これは──!
わたしは、ハッとして階段をのぼる。建物を出て、草木がからまったかつての庭園を抜ける。
朽ちかけた
「井戸……」
ここだ。
ここが、あのチートレベリングできる蔵書庫への、隠された道なのだ──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます