第13話 【断章】あるスキル・シーカーの手記

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まだ見ぬ、我が子孫よ──


この手稿ノートを、文字を解さぬ、オークの子らに託す。

我が生涯の秘密と懺悔ざんげを、この一篇いっぺんしるそう──。


我が父は、一介いっかいの坑夫であった。

保有スキルは、〈掘る〉と〈殴る〉のみ。

掘り起こした原石が、いかなる価値を持つものか、〈鑑定〉することさえままならない、平凡な男だ。


その父が降りた坑道で、落盤事故があったと聞かされたのは、わしが7つのときであった。

マイネル鉱山の地盤はもろく、大人たちは父の遺骸いがいを掘り出すこともできなかった。

母は荒地に土を盛り、誰も入っていない塚を作った。いまはもう、その跡すら残ってはいないだろうが。


母は、荒地での暮らしに見切りをつけた。

この辺境の地は、母の故郷ふるさとだった。だが、まだ幼い我ら兄弟をひとりで育てるには、荒地の生活は厳しすぎた。


子供にとっては、はるかなる旅であった。

乗り合い馬車に揺られて、我ら一家は、遠く西方の森林地帯に移り住んだ。

そこはモンスターのレベルも低く、緑豊かな土地で、人々の気質もおだやかだった。

だが、冒険者でもない他所者よそものが、このエリアに移り住むことは珍しい──レベルの低いものは、足を踏み入れたが最後、その土地から出ることのできない〈初心者返しの呪い〉がかけられているからだ。


わしの前に、ガイド・フェアリーが現れたのは、9つの夏のことだった。

その日、わしと、ひとつ年下の弟のタイモンは、水源の滝に水浴びに出かけた。

森の奥に子供だけでは行ってはならぬと、きつく言いつけられていたが、続く暑さに耐えかねて、わしが弟を連れ出したのだ。


小川沿いに滝を目指す途中、ふいにタイモンが、兄さん、と声をあげた。

振り返ると、引きつった笑顔を浮かべた、醜悪なゴブリンが1匹、我らの背後に迫っていた。


わしの保有スキルは、父親ゆずりの〈殴る〉のみ。

体術の基礎である〈打撃〉ですらない。大人の喧嘩でも、相手のHPを1削るか削らないかという、日用スキルにすぎないものだ。

わしは、正直、立ちすくんだ──だが、弟のタイモンには〈掘る〉のスキルしかない。


とっさに、河原の石を拾ったわしは、飛びかかってきたゴブリンの脳天に、両手で打ち下ろした。

ゴブリンは、生き物とも思えぬ、濁った断末魔の声をあげて、その場に崩れ落ちた。

まだぴくついているゴブリンの頭に向かって、わしは何度も何度も石を打ちつけた──再び、このモンスターが動き出すかもしれぬと思うと、恐ろしくてならなかったのだ。


わしの両腕が、ゴブリンの生臭い体液に染まった頃、コポコポと泡が水面ではぜるような音がして、目の前に光り輝くフェアリーが現れた。

ガイド・フェアリーは、わしの名を呼び、冒険者になる定めだと告げた。戦うすべを学び、大いなる冒険の旅に出よと。


天にも昇る心地だった──だが寸時、考えて、わしは断わる、と言った。


フェアリーは、目を丸くした。冒険者といえば、すべての子供の憧れだ。弟のタイモンは、なぜ申し出を受けないのかと、地団駄を踏んだ。


だが、わしは思った。わしがいなければ、タイモンの面倒は誰が見る。母が働きに出る間、よその家に預けることはできるだろう。だが、我らは辺境からきた他所者だ。ただでさえ、肩身のせまい思いをしている母に負担をかけて、わしだけが気ままな冒険の日々など、送ってよいはずがない。


ガイド・フェアリーは、わしを説得しようと必死だった。

お試しでよいのだ、レベル15までやってみて気に入らなければ、静かに村で暮らせばいい。戦えばスキルが身につき、今後モンスターに出会っても、弟や家族を守ることができる、と。


だが、わしは断ると言い張った。戦えば死ぬかもしれん。死んだら、家族が迷惑するのだと。

それを聞いて怒ったのは、弟のタイモンだった。兄さんの意気地なし、とタイモンはわしをなじった。そして、自分がかわりに冒険者になると、フェアリーにしつこく食い下がった。


困惑したフェアリーは、自らの手でモンスターを倒した子供しか、冒険者にはなれぬのだとタイモンに教えた。それゆえに、自分は兄を冒険者に育てなければならぬと。

すると、タイモンはおのれもモンスターを倒してみせると叫んで、森の茂みへと飛び込んだ。


わしらは、あわててタイモンを追った。だが、背の高い草むらにまぎれて、弟の姿はなかなか見つからぬ。

やがて、離れた場所から、あっ、という叫びが聞こえた。タイモンが窪地くぼちに落ちたのだ。

駆けつけたわしは、声を出すことができなかった。弟が、ウネウネと蠕動ぜんどうする、チューブワームに囲まれていたからだ。

チューブワームどもは、弟の手足の皮膚に吸い付いた──タイモンが金切り声をあげた。やつらの口内に並んだ無数の歯は、回転しながら、獲物の皮膚や肉をゆっくりぎ落とすのだ。


わしは夢中で窪地へ駆け降りた。拾った枝をチューブワームに突き立て、突き立て、その枝が折れると獣のように我が歯で喰らいついた。

気がつくと、モンスターどもは白い体液を垂れ流した肉塊となって転がっていた。


わしの身体を、光が包んだ。ガイド・フェアリーは興奮した様子で言った──おめでとう! いきなり、レベル3になったよ! 〈吸引〉と〈締め付け〉のスキルを獲得! ……わしはタイモンに駆け寄った。息はある。目も開けているが、何も見えていないようだった。痛みと恐怖に、我を失ってしまったのだ。


弟は、それから、あまり口をきかなくなった。

身体こそガイド・フェアリーがかけた〈回復〉のスキルで元通りになったものの、タイモンの中にあった純粋な好奇心や冒険心は、恐れと猜疑心さいぎしんに変わったようだった。ちょっとしたことで癇癪かんしゃくを起こし、大好きな母にまで物を投げつけては、部屋にこもって泣いていた。


わしは、そんな家にいるのが耐えられず、フェアリーに誘われるまま、レベルを上げ、スキルを手に入れた。

レベル15で、妖精の池の七色ガエルを倒すと、ガイド・フェアリーは、初心者から卒業したと認めてくれた。

そして、この先は、わし自身が自由に行く道を決めてよいのだとにこやかに告げて、去ってしまった。


わしは、途方にくれた──ガイド・フェアリーが、次から次へとクエストを持ち込んでくるからこそ、わしは弟から、家族から、逃げていることの言い訳ができたのだ。なにより、このわし自身に対して。

だが、自由とは……? 広い世界に出ていく力を、おのれひとりが身につけて、家族から遠ざかるのが自由か。冒険の道を選んだのは自分ではないかとやみながら、さすらうのが自由か──。


とぼとぼと我が家に帰ると、母が夕餉ゆうげの支度をして待っていた。

大ぶりのパンに、鳥の肉、豆のスープ……。

思いがけぬご馳走に戸惑ったわしは、母の耳にグリーン・クリスタルのイヤリングが輝いているのを見て、さらに驚いた。


母は言った。お前が獲得してきたアイテムを売ったら、母さんの稼ぎの10倍で売れたと。

お前は立派な冒険者になって、もっともっと稼いで、母さんに楽をさせておくれ、と。

わしは怒った。息子が死をも恐れぬ冒険者になって、金を稼ぐのがそんなに楽しみかと。母さんやタイモンのそばにいろというのが、親ではないのかと。


叫ぶように母をなじると、奥の部屋から飛び出してきたタイモンが、わしを殴った。

レベル差がありすぎて、タイモンのこぶしは、わしを傷つけることもできない。だが、弟はわしを殴り続けた。母さんが、なぜ金の話を持ち出したのか、わからないのかと。家族のために金を稼ぐという言い訳を、兄さんに与えているのが、なぜわからないのかと──。


10歳のわしは、こうして、家を出た。

わしにとって、冒険のすべては金だった。10代のうちにレベル100に到達したのも、希少素材を持つモンスターの討伐に参加したい一心からだ。いくつかの職業ジョブを試したが、しっくりきたのは商人だった。北方の素材を南方で売り、西方の素材を東方で売る。それだけで、素材の価値は確実に上がった。


だが、商人として一定の成功をおさめると、次第にわしの心には、むなしさが宿るようになった。

レアモンスターを倒し、珍しい植物を〈育成〉、〈収穫〉し、未開の土地の鉱物を〈採掘〉して、自分の邸宅を〈建築〉しても、なお──やがて、日々が単調に思えて仕方なくなってくる。

効率的な金策など、極めるほどに、そのパターンは決まっている。この世界は、もっと自由なのではなかったのか。ならば、もっと驚くべき商売が、存在するはずではないか。そう、ガイド・フェアリーも言っていた。冒険の果てには、世界を我が手で変えるような、胸躍むねおどる瞬間が待っているのだと──。


わしは商売を部下に任せ、稼いだ金を注ぎ込んで、レアスキルを探す旅に出た。

絶海の孤島、太古の神殿、砂漠に埋もれた都市──〈求める者スキル・シーカー〉たちが残した手記や資料を買い漁って、地図にもない場所を訪ね歩いた。


この世界には、羨望せんぼうを集めつつも、〈チート〉としてさげすまれる、強大な威力を持つレアスキルが、確実に存在する。それを我が手にしたときこそ、同じことの繰り返しが続く、ループする世界から抜け出せるのではないか。わしは、そう考えたのだ。


求める者スキル・シーカー〉たちは、奇妙なレアスキルが眠る、神秘の場所に至る道を、〈マップ抜け〉と呼んでいた。サミッテス大雪山だいせつざんの山小屋で出会ったある〈シーカー〉は、〈マップ抜け〉とは神々の住む旧世界との境界線を超えることなのだと熱弁を振るった。そして、この大雪山のいただきにも、その境界線が存在するはずなのだ、と──。


てつく雪嵐の吹きすさぶ山頂の大岩の前に立ち、わしは古文書に示された秘密のステップを踏んだ。


右、右、後ろ、左、前、右、ジャンプ、前、前、左、左、後ろ、後ろ、ジャンプ


すると、驚くべきことが起こった。最後のジャンプを終えて、雪の上に着地するはずのわしの足は、そのまま落下したのだ。無限の彼方まで広がる地平が、灰色の空間に浮かんで見えた。暗くもなければ、明るくもない──そのまま落下したわしは、突然、地面に転がり落ちて、もんどりうった。


そこは、灰色の空間にただよう浮島に作られた、小さな牧場まきばだった。


銀色の長髪を揺らした、若い男が、羊のような生き物の前にかがみ込んでいた。

だが、近づいたわしはギョッとした。男は、羊と会話していた。まるで人間の子供のような顔をして、木の根元に人間のように座り込んでいる。


わたしは聞いた。あなたが、神なのかと。

すると、長髪の男は微笑んで、と答えた。


血の気の引いたエルフのように青白い肌の男は、ここは試験場テスト・フィールドなのだと言った。

動物、植物、妖精、魔獣──そうしたものを生み出し、育て、調整し、いつの日か、世界に送り出す。その管理が、自分のなのだと。


わたしは男に懇願した。そのスキルを会得えとくする方法を教えてほしい、と。

新しい生命を生み出すスキル──そんなものが存在するのなら、世界は瞬く間に、その形を変えるだろう。


男は、苦笑した。そんなことをしては、あなたの世界のが崩れてしまいます、バランス調整がいちばんの難関なんですから、と。

わたしは、手持ちのゴールドをすべて積み上げ、男の前にひれ伏して頼んだ。男は、乙女のように長いまつ毛をパタつかせると、少し考えて言った。


仕方がありませんね、自然にも、ごくまれに起こる現象なら、大きな害はないでしょう──


その場で、男はわしの額に触れて〈伝承〉を使った。人から人へ、任意のスキルを伝える、伝説の技だ。そして男は、わしにささやいた。


面倒なことになりますから、あまり離れた種をくっつけないでくださいね──


男が、パチリと指を鳴らす。

次の瞬間、わしは雪山の頂上に倒れていた。全身に、雪が降り積もっている。今のは、すべて幻か──?

わしは、自分のスキルを確認した。新しい獲得スキルが、追加されている。〈交雑〉……。


このスキルさえあれば、この世に存在しなかったものを、わしがこの手で生み出すことができる──。

わしは寝転がったまま、拳を天に突き出して、雄叫びをあげた。

この世界の深遠に、我が手で触れたという、猛烈な興奮と慢心──その慢心が、やがて、ひとにしてひとならざる者たちを生み出してしまうとは、そのときはまだ、気がつきもしなかったのだ。


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